第16話 旅の理由
朽ち梁亭からほど近い路地の奥、カウンターが五席だけの薄暗い飲み屋がある。煤けた壁と古びた木の香りが漂う中、夕暮れ前の淡い陽が細い窓から差し込んでいた。
外ではまだ働き盛りの喧騒が続いているが、この店の中だけは時間が緩やかに流れている。
アルテアとミロが再びその扉をくぐると、店主のダレンが使い込まれた木の器を無骨な手で拭きながら迎えた。彼の顔は、いつものように無愛想だった。
「わからないかぁ……」
アルテアは肩を落とし、がっかりした表情を隠さなかった。青い瞳に失望の色が浮かび、フードの下で金髪が小さく揺れる。彼女の声には、微かな苛立ちが滲んでいた。
ダレンは手を止め、彼女を一瞥すると、低く掠れた声で応じた。
「あくまで経過報告だ。近隣の街や村でも情報を集めている最中だ。まだ時間はかかる」
「うん……レオヴァンさんの情報網でも探してくれるらしいし、待ってみるよ……」
アルテアは小さく頷き、昨日レオヴァンから受け取った金貨の報酬と共に「銀髪の騎士」の情報を頼んだことを思い出した。商会長の広い人脈にも望みをかけているのだ。
彼女はフードを軽く引き直し、気持ちを切り替えるように息を吐いた。
ミロがカウンターの端に腰を引っ掛け、ダレンをジロリと睨みつけた。ボサボサの髪が額に落ち、子供らしい敵意が剥き出しだ。
「アルテア、俺が紹介したのに言うのもなんだけど、このおじさん、本当に大丈夫? アルテアは“いい情報屋”って言ってたけどさ」
いい情報屋。その言葉にダレンの頬が心なしか赤く染まったように見えた。彼は目を逸らし、器を拭く手を少し速め、軽く鼻を鳴らした。
アルテアはミロを見てクスリと笑い、穏やかに説明した。
「昨日、お金の入った袋を見せたのに『知らない』って即答したでしょ。下種な情報屋ならもっと金を出させようと知ってるふりをするよ。でも即答したってことは情報という商売で信用を大事にしてるってこと。
……いい情報屋だよ、ダレンは」
ダレンは何も言わず、ただ黙々と器を拭き続ける。ミロは「ふーん」と鼻を鳴らしつつ、納得したような、しないような顔でアルテアに目を移した。そして、純粋な好奇心が抑えきれず、口を開く。
「ところでさ、その騎士さんを何で探してるの?」
アルテアは一瞬目を細め、遠くを見るような表情を浮かべた。過去の記憶がちらりと頭をよぎったのか、彼女の唇がわずかに動く。やがて、柔らかく笑って答えた。
「借りたものを、返したいんだよ」
「返せって言われたわけでもないのに、返すの!?」
ミロが目を丸くして言うと、アルテアは笑いながら首を振った。
「お金ならいいんだけどね」
「いや、金もちゃんと返せ……」
ダレンが短く呟き、口を挟んだ。声に皮肉が滲んでいるが、どこか冗談めいている。
アルテアは彼をチラリと見て小さく笑い、それ以上は語らずに立ち上がった。ダレンは黙って二人を見送り、カウンターに残された金貨をそっと懐にしまった。




