第1話 静寂からの逃走
夏の風物詩である蝉の鳴き声が忌々しく思う程に暑い日。白い半袖シャツと真っ黒なズボンを履いた青年である葉山 颯太が暑さに文句を言いながらも歩いている。視界の奥は陽炎によってゆらゆら揺れている。
「暑い……うるさい……」
そんな文句を言いながらも暫く歩いていると人通りが一切なく建物の影が多い道を歩き始める。初めて歩く道なので一応頭の中でルートを考えつつも歩いていると視界の端に何かが写った。それを見てみると少しだけだが元気が戻ってくる。
「お、ラッキー」
そこには、アイスの自動販売機があった。ズボンの後ろポケットに入れている財布から百円硬貨を3枚取り出すとチョコミントアイスを買う。紙を剥がしゴミ箱に捨てて1口食べると知覚過敏で少し歯が冷たく感じた。少し周りを見ると近くに木陰に置かれた木製のベンチを見つけるとそれに座りアイスを食べ始める。
「ふぅ……涼しい……」
そうして涼んでいると、突如として背後から銃の破裂音がした。その音に驚き思わず体がビクッとしてしまう。そして、音の正体を見るために勢いよく背後を見るが誰も居ない。周囲を見ても人影のひとつも無い。不気味と思い足早に家への帰路を辿るのであった。
今思えば、あの忌々しい程に鳴いていた蝉の鳴き声が破裂音の後にはピタリと止んでいた。
「ただいまー」
家に帰るとリビングからテレビの音が聞こえる。どうせ母がテレビに録っておいた韓流ドラマを見てるんだろうなと思いつつもそそくさと手洗い場へといき手を洗い2階へと急いで上がる。部屋につけば、机の下にあるパソコンの電源をつけて制服から部屋着へと着替えるとパソコンが起動するまで少し時間があるのでそれまでに部屋に置いてある冷蔵庫から水が入っているペットボトルを取り出し席に着く。
パソコンな画面にはたくさんのアプリが見える。その中でも開くのは、画面に映し出されたのは、『フェアリルオンライン』。剣と魔法が織りなすファンタジーRPGで、全世界で数億人がプレイする超人気ゲームだ。その人口の多さから、真夜中でも数百人単位のガチ勢プレイヤーがログインしている程である。
しかし、昼間の今、チャット画面は異様なほど静まり返っている。最初はラグを疑ったが、何度アプリやパソコンを再起動しても状況は変わらない。薄気味悪さを覚え、運営からの告知を確認するが、先週の夏休みイベントのお知らせと過去の告知しかない。
「あれ……」
本格的に気味が悪くなってきていろいろとサイトを転々としても一切情報が出てこず友達に電話しても出てこない。動画配信サービスを見ると、有名配信者が配信をしてたので見てみたが憮然としていてライブコメントの動きもない明らかにおかしい。ほかの配信者を見ても全く同じ状況で世界中で同じ状況になっている。今思えば、人がいない通路を通ったのだが車の音も生活音の一切聞こえなかった。
急いで立ち上がり下に降りようとドアに手をかけると玄関からドアが開く音がしたので父親が帰ってきたのかと思い直ぐに開けようとするも少ししておかしいと分かる。現在、父は海外赴任中でありに部活中に現地での写真が送られてきていたので日本に居るわけがないのだ。となると今は入ってきたのは誰だ?と考えるとドアノブから手を離す。そうしていると、男達の声が聞こえてくる。
「にしたって、本当に居るんですかバルバトスさん」
「居るよ。いくら彼女だって絶対ではない。数京ぐらいの魂を同時に認識するなんて不完全な状態なら無理だ
よ」
音を立てず慌ててタンスの中に入り隠れて数秒後、軋む音が少しづつ近づいてくる。部屋の中に入ってきたのでタンスのドアの微かな隙間から引きを潜めて部屋の中を覗き見ると黒いローブを来た2人組が居た。1人は青髪の少年でもう1人は所々にタトゥーが入っている大柄の黒人の男が居た。
「ここには居ないみたいですね」
「そうだね」
大柄の男の方が敬語を使っているようで小さな子が上司なのだろうか。そうして大男が少し部屋を物色した後に部屋を出る。その跡を追うように小さい子も部屋を出ようとした刹那、一瞬だが目が合いこちらを微笑みかけてきた気がした。
やっと玄関のドアが閉まる音がしてやっと自分が大量に汗を流していたことに気づく。相手は何も凶器を持って居ないのにまるで喉元にナイフの先が当てられているようなそんな恐怖を感じた。余りの恐怖に足の震えが止まらず呼吸が今更荒くなる。そうして日が暮れやっと少し落ち着くといまだに感じる恐怖で産まれたばかりの子鹿のように震える足を無理矢理動かしてなんと階段を降りてリビングに向かうと母親が見つけた。良かった……何もされていないと思った。だが、様子がおかしい。外を見て呆然としている。その様子は先程の配信者と瓜二つで。
「母さん!」
大声で叫んでも返事は無い。少ししてやっと落ち着いてきたのか足の震えが収まり母親の肩を揺らすが反応がない。
「えっと……救急車……救急車……」
119を押し応答を待つが幾ら待てど誰も出ない。もしかして世界中でこんなことが起きているのだろうかと嫌な予想を振り払い慌てて外に出て自転車を漕ぐ。
「はぁ?…」
人通りの多い道に行き助けを求めようとしたのだがそこにあるのは燃え盛る車やビルだらけで大きな事故が起きたのがよくわかる。ただ不審なのは人が一人もいないのだ。死体も生きている者も無いのだ。周囲を見渡すものの子供一人もいない。自分のような者を探して自転車を漕いで急いで近くの県立病院に行った。だが、現実は非情で病院に車が突っ込んでおりガソリンがエンジンに引火したのか病院で火事が起きている。病院の周辺には、体が焼き爛れて亡くなっている者もあり周囲からはまったりとした、鼻の奥にしがみついて離れないような濃い死臭と硫黄のような匂いが漂いにこの世の地獄のような光景も相まって膝を着いてある程度消化されたラーメンが出てくる。
「う"っ……ゔぉえっ……」
数回吐いた後には何も出ないのか吐くだけで胃液のせいか喉が焼けるように痛い。ハンカチで口を拭うと足音が聞こえ思わず音源の方へ向くと先程まで死体だと思っていたものが数体立ち上がり街の方へと向かっていった。その状況に少し固まるも何かわかるかもしれないと思いついて行くことにした。
2時間後、着いたのは中央区で大量の人間が集まっている。犯人を観察しようと近くにあったミリタリーショップから双眼鏡や自己防衛の為のガスのエアガンを持って近くのビルの屋上へと行くと集まっている場所の周辺を眺める。
そして、待つこと約20分後。黒ローブを着た集団がどこからが出てくる。その中には昼に見た2人が居て昼間のことを思い出し足が震える。一か所に集まり何か話した数秒後、居たはずの住民が瞬きをする間に消えてしまった。
「は?……」
まるで消失マジックを見せられてるかのような出来事に唖然としてしまいそのまま固まって見ていると青髪の子供とまた目が合った。昼間と同じ全身の毛が逆立ちとてつもない恐怖を感じた。そこから逃げる様に急いでその場から離れようとしていた。だが、急に右肩に激痛が走り前へと強い衝撃のせいで顔から転ぶ。右肩を見ると矢が途中まで貫通しておりにじんわりと血が滲み始める。
痛みで顔が歪み過呼吸になりながらもそのまま走ろうとしたと同時に何かしらが着地した音が背後から聞こえた。
「君、昼に目が合った子でしょ」
昼間と同じあの声を聞き背筋が凍る。顔が恐怖で引き攣りまた足が震える。ここは10皆ビルの屋上なのに来るのがあまりにも早すぎる。仮に階段を上がったとしても出入口は視線の先にある。つまり、後ろの男の子はあそこから跳んで来たという事。我ながら意味不明な考察だ。だが、そうとしか説明できない状況を目の前にし今にも逃げ出してしまいたいという衝動が思考を塗りつぶしている。だが、恐怖の許容量を超え足が動かないのだ。
「え…あ…」
恐怖のあまり声が出ず口が金魚のようにパクパクと動くだけ。
「うん、間違ってない」
子供のような純粋な笑みを浮かべる。通常ならほほえましいその笑顔も今の状況だと恐怖の象徴にしか見えない。
「君にお願いがあるんだ」
「お……お願い?」
「うん。僕をいつか殺しに来てね」
少年はそう言い終わると、強い力で引っ張られてビルの屋上から投げ飛ばされた。人間、ストレスが限界まで行くと逆に冷静になると聞くがこのことなんだろうと考える。
周囲の光景が流れるのが遅く感じる。それと同時に脳裏には走馬灯が流れ親と一緒に行った遊園地や小さい頃に友達と一緒にやったイタズラなど様々なものが脳裏をよぎっていく。現実に目を向け最後に見えた光景は青空のように綺麗な水色の髪をした少年が泣きそうな程に顔を歪めた光景だった。
先ほどの恐怖で頭が壊れてしまったのだろう。少年の顔を見てしまうと口が勝手に動き出す。
「絶対にたす」
そこで俺の意識は消えてしまった。




