1.きっかけは喫茶店⑥
♦蓮と車
相変わらずの繁忙期。
冬本番の夜道は堪える。
病院を出たら、雪がチラついている。
綾(風邪も絶好調に流行るわけだ)
凍える手に手袋をしようと、道の脇で足を止めた。
キュ…!
勢いよく綾の脇で車が停まる。
黒光りした高級車。
「寒くない?」
見てはいけなと分かっていても、声を掛けられてら顔を向いてしまう。
後部席の窓を開け、ひらひらと綾に手を振る笑顔の蓮。
綾「…こんばんは。寒いですね、雪も降りだしましたし、」
蓮「送ろうか?」
綾「いえ、大丈夫です。電車ですぐですので」
会釈をし、一歩踏み出した時、
バタンとドアが鳴った。
一瞬で蓮は綾の前に立ち塞がった。
蓮「こんな寒空を女性に歩かせるのは嫌だ」
綾(すごく個人的な見解)
断ったら何をされるのか恐怖を覚えたので、綾は高級車へ乗った。
運転手はテレビに出てきそうな、如何にも夜の仕事人。
目つきが悪く、ネクタイは派手。車のシートに収まらない肩幅。
綾(恐怖心しかない…)
蓮「家の近くまででいい?」
綾「あ、は・はい…」
綾が顔を横に向けると、30㎝以内に蓮の顔があり、思わず身体を離す。
綾(パーソナルスペース近いっ!)
綾は黙ったまま、外に視線を向けている。
蓮が話さないので、余計に緊張する。
どんな表情しているのか、どんな座り方をしているのか気になるが、視線を合わすと怖い。
蓮「ここかな?」
綾のアパート前に停まった。
綾「あ、ありがとうございました。助かりました」
ん、と子どもに答えるように優しく喉を鳴らす。
ドアに手を掛けた時、思い出したように
綾「この前はご馳走様でした」
蓮「?」
綾「あの喫茶店で、私はサンドイッチを奢っていただいて」
蓮「…」
蓮、少し考え、綾の顔に焦点が合っていない。
綾「あの、(たくさんの人を奢っているから、私のことは記憶にないのかな)」
ドアに掛けた綾の手を、蓮の手が重なり、キスのできる距離まで顔を近づける。
蓮「君はちゃんとお礼を言うマナーのある女で良かったよ」
芸能人並みの整った顔立ちに見つめられると、ほとんどの女性は恋に落ちるのであろう。
蓮がにこやかに、またねと言い、綾は車を降りた。
綾の頬は熱い。寒さ焼けではない、恋のドキドキだ。
綾がアパートの部屋に入ったのを確認すると、車を走らせた。
運転手「可愛らしい女っすね」
蓮が軽く舌打ちをする。
蓮「可愛らしいじゃねぇよ、可愛いんだよ」
運転手が冷や冷やしながら、ですよねと相槌を打つ。
運転手の言葉を上の空で、蓮は窓の流れる景色を眺めていた。




