1.きっかけは喫茶店⑤
♦甘い蓮
綾はもやもやと約束の日を向かえた。
男「君なら来てくれるだろうと思ったよ」
緊張と自分に負けた悔しさから、綾の表情は堅かった。
カウンター席に隣同士で座った。
男は夜に仕事があると言っていたな、だからスーツなのね。
相変わらずの香水が漂ってくる。
綾「手の傷は良くなったんですね」
包帯が取れて、薄っすらと瘡蓋が残っている。
男「ああ、刃物の傷は慣れているしね」
綾「………(な・なんで?)」
コーヒーを飲んでいるが、緊張のためか味がしない。
男「君の名前は?」
綾「…秋山綾……」
くすっと男が鼻で笑う。
男「綾ね、このご時世、初対面の男に気安くフルネームを言うのはどうかと思う」
綾(…こやつは!)
蓮「私は、蓮だよ。よろしくね、綾」
綾(もう呼び捨てかい)
蓮「何歳?」
綾「…27です」
蓮「あの病院で仕事しているの?」
綾「はい」
尋問…?
散々一方的に個人情報を聞き、蓮が腕時計に目を向ける。
蓮「ごめん、仕事の時間だ」
蓮が亭主に綾の分を含めて、お金を渡す。
お釣りを貰う時に、
綾「自分の分は、」
蓮「男に奢られるもんだよ」
唇が奪うことのできる距離を詰められ、綾の背筋に緊張が走る。
蓮がにこりと笑い、喫茶店を後にした。蓮の姿が闇へと消えていった。
綾は蓮との待ち合わせなしに、喫茶店を訪れていた。
今日は平日休み、ランチタイム時。蓮が居るはずもないと強く思い、サンドイッチを頬張る。
蓮「酷いじゃない、誘ってくれないなんて」
綾の頬に蓮の髪が触るくらいの顔の近さ。
綾は目を大きくし、驚き、口が止まる。
蓮「マヨネーズを付けている顔が可愛い」
綾がナプキンで拭く間もなく、
蓮の指がぬぐう。
ぺろ…
綾(…な・め・た?)
綾「あ、あの」
蓮「夜だけ歩いている訳ではないの。仕事は一日中」
亭主「おや、お天道様が出ている時に来るなんで珍しいね」
コーヒーを蓮に差し出す。
蓮「まだ注文していないですよ」
亭主「いつもお世話になっているから、サービス」
蓮「ありがとうございます、こちらこそ、です」
亭主「あなた方が居るから、安心して商売できていますからね」
綾(…意味深)
(深堀してはダメなやつだ)
綾がサンドイッチを食べ終えた頃、
蓮の携帯が鳴る。
電話の相手を確認し、電話には出ずに、ポケットへしまう。
蓮「本当は、君ともっとおしゃべりしたいのに、呼び出しだ」
綾(…いえ、こちらは間に合ってます)
蓮は優しい笑顔を綾に向け、
蓮「これ、彼女の分もね」とカウンター席に5千円札を差し出す。
綾「…え? あの…」
蓮「女性に払わせる文化の中で生きていないんだよ」
綾の頬に唇を近づけて答える。
綾が首を横に向けるとキスできる距離。
横目で目がすれ違う。
一瞬で引き込まれる瞳。
蓮は喫茶店を出た。
残り香が漂っていた。
綾(深く関わってはいけない人だ…)
(だけど、ドキドキする)




