1.きっかけは喫茶店⑬
♦裏の世界に触れる
蓮と連絡が途絶えて、1週間。
こんなに長く連絡をくれないなんで初めてだ。
心配になり、綾から連絡をしようと何度も試みてトーク画面を出すが、画面をオフにする。
蓮の負担になりたくないと蓮は仕事で忙しいのだと自分に言い聞かせている。
綾(このまま連絡こなかったら…。
最初から関わってはいけない世界の人だもの。
私のことは忘れて、存在すらなかったことになるのだ…)
マイナスな思いが沸き上がる。
玄関の傘立てには、以前借りた傘がある。その傘を見る度に胸がモヤモヤする。
意を決して、綾は傘を持ち喫茶店へ向かった。
冷たい夜風は綾の気持ちを落ち着かせる。
綾(このまま蓮さん会わなくなっても、仕方ないよね。
最初から私と蓮さんは不釣り合いだもの)
喫茶店へ入り、お客さんが居ない。
まだ閉店時間前のはずでは。
ドアの音を聞き、亭主がカウンター越しに顔を出す。
亭主「あら、こんばんは。今日はひとり?」
綾「…はい」
亭主「ごめんね、今日はもうお店閉めるんだよ」
綾「そうでしたか、すみません」
亭主「蓮さんから聞いていない? 最近、ここら辺の組の中に“天狗になっている”組がいてね。
その組を収めるのに忙しいんだって」
綾(知らなかった…)
不安そうな表情の綾を見、亭主は続ける。
亭主「蓮さんの言い付けで、今週は夜営業を短くするようにってね」
綾(組の論争、怖いな)
蓮の傘を持つ手に力が入る。その様子を見た亭主は、優しく話掛ける。
亭主「蓮さんに会いに来たの?」
綾「借りた傘を返しにきました。すみません、状況知らなくて」
亭主「蓮さんの優しさだよ。綾さんに心配かけたくないからね」
蓮の世界に踏み入れることの恐怖心と、
蓮の優しさに触れたいと切望が葛藤している。
バンッ!!
喫茶店のドアが叫ぶ。
綾の肩が掴まれ、後ろを振り向かせられた。
男A「この女ぁ…」
男B「ここは長岡組が入り浸っている店か。廃れた店じゃねぇ…。組の人間はいねぇなぁ」
男たちは綾を下から上を嘗め回す様に見る。
男A「おい、女。長岡組と仲良くしてンのか?」
男が綾の顔を覗き込み、綾は怯えて視線を逸らす。
男A「すこしお話ししましょうかね?」
薄気味笑いを交えて言うので、益々綾は怯える。傘を持つ手が震えている。
男Bがカウンター席に座ろうとした時、
男Bの頭がカウンターテーブルに押し付けられる。
男B「…つっ…!」
黒いスーツを着て、ネクタイを緩めている。
黒い長めの前髪から見えた細い眼は、冷ややかで怒りが込められている。
男の頭を押さえている手は、血管が浮き出るほど強く力が入っていることが見て分かる。
「おい、英司。頭潰すなよ」
また一人喫茶店に男が入って来た。
そして、綾の傍に立っている男Aの胸倉を掴み、自分の顔の方へ向かせる。
「お前ら、俺らの縄張りに入るとはどういうことか分かってんのか?」
さり気なく男Aと綾との間に入る。
綾(誰…? 蓮さんではない…)
男Aは強すぎる力で胸倉を掴まれているため、声が出せない。
男A「な、長岡組…」
男たちが取り押さえられている空間に自分が居ることが恐怖でしかない。
綾の恐怖心は増すばかり。
綾は思わず顔を伏せた。
伏せた数秒後、香水が漂った。
蓮「英司、将也、潰すなよ」
ゆっくりと歩みを進め、綾の前に行く。
蓮は綾の肩を抱き、綾の身体を向かい合わせた。
蓮「ごめん、本当にごめん。
大丈夫? 怪我していない?」
質問攻め中、蓮は綾の頬を撫で、顔や体を見渡した。
やっと視線を蓮の顔へ上げた綾の瞳には、心配した蓮の顔が入った。
綾の目頭が熱くなるのを感じた。
蓮「英司、将也、そいつらを可愛がってやれ。外でな」
蓮の言葉で、4人の男たちは外へと出て行った。
亭主は荒れた店内を片付けている。
綾はカウンター席に座らされ、目の前に蓮が立つ。
まるで蓮以外を視界に入らないようにしているようだ。
蓮は綾の髪を撫で続けている。
蓮「連絡取らなくってごめん。
心配した…?」
綾は頷く。
蓮「ごめん、綾を巻き込みたくないし、
でも、綾を欲しいし…」
綾(ほ・欲しい…??)
蓮は綾の椅子の端を両腕で掴み、綾を囲む。
視線の高さを合わせ、
蓮「ずっと考えていたんだ。綾を俺の世界と繋げるのは良くないんだって。
堅気の人間だから、住む世界が違うって。
会ってはいけないと言い聞かせていた」
蓮は眉間に皺を寄せて、苦しそうに言葉を発する。
蓮「危ない目に合わせて、綾に一生の傷が付いたら…
俺は生きていけない」
綾(こんなにも私のことを考えてくれていたんだ)
蓮「どうしたらいいのか分からない…」
蓮は顔を伏せ、小さく肩を震わせている。
綾(さっきまで凄んでいたのに、別人みたい)
蓮「…あや……」
蓮の肩に綾の手が乗る。
綾「蓮さん、私のことを考えてくれてありがとうございます」
蓮がゆっくり顔を上げる。
綾「蓮さんの気持ちすごく嬉しいです」
蓮「…綾」
綾「蓮さんと連絡を取れなくてすごく不安でした」
蓮「…ごめん」
綾「このまま会えなくなっちゃうんじゃないかって、
不安でした」
蓮「うん…」
蓮は真っすぐ綾を見る。
綾は涙目で蓮の視線に答える。
蓮「俺の世界は危険が多いし、安全ではない。
今日みたいに怖い思いすると思う」
綾「蓮さんが助けてくれますよね?」
蓮が驚いて目を見開くと同時に綾の頬に涙が伝う。
蓮「ああ…、守るし、危険な目になんて遭わせねぇよ。
綾が許す限り傍に居る」
綾の頬の涙の筋を蓮の親指が拭う。
蓮は綾の肩に手を置き、恐る恐る身体を引き寄せた。
まるで赤ちゃんを抱き寄せるかのように優しく。
蓮「綾…」




