1.きっかけは喫茶店⑪
♦水も滴るいい女
真冬には珍しく雨が降った仕事帰り。
雪が降ると思っていたので、傘は持っていない。
病院の入り口端に、雨に打たれている地面を見ながら、綾は考えていた。
綾(濡れて帰るか、傘を買うか…)
暫く空を眺めていたが、雨は一向に止む気配はない。
はぁ…、
溜息をつき、気合を入れて一歩雨へと踏み出した。
「待てっ!」
綾は腕を勢いよく掴まれたため、バランスを崩してよろける。
綾(この香水は、)
綾が顔を上げると、優しい表情の蓮が映った。
綾「…れ、蓮さん…」
蓮「お疲れ、綾。こんな冷たい雨に濡れようとするなんて、他の男が声掛けてしまうじゃねぇか」
蓮は綾の肩を抱き、もう片方の手で傘をさしていた。
綾「なんで…?」
蓮「ん?
濡れた髪を誰かに見られるのが嫌だ」
蓮は病院前に停めていた黒塗りの車に誘導した。
綾が雨に当たらないよう、蓮の身体に引き寄せる力が強かった。
運転席には部下が待機している。
後方席に2人は座った。
蓮「喫茶店に行くか?」
綾「はい…」
肩を抱かれていた手の感触が、まだ残っている。
蓮は、綾をじっと見ている。
綾は緊張しながら、蓮へと視線を動かす。
綾「あ、あの、何でしょうか…?」
蓮「綾が濡れていないか見ている」
綾「蓮さんが傘をさしてくれたので、濡れてないですよ」
蓮「可愛いから、見ている」
綾(は?)
3秒ほど間があり、綾は正面に顔を向ける。
綾(甘い、甘い、ヤクザが甘いなんて…!)




