愚者のダンス 〜命懸けの鬼ごっこ〜
残酷な描写・表現があります。
「隆史、俺はお前に言ったよな?」
「……春臣さん」
人影は春臣さん、俺の母の弟だった。俺は安堵する。
「人生ってのは、自分以外は全員他人だと知ることで、そうと知った上で相手と信頼関係築くのが、処世術だって」
彼は無表情で淡々とした口調で言う。俺の知らない表情だ。
「どうしたの、急に」
俺は、何も考えずに近付いた。
春臣さんは唇に笑みを浮かべる。
「こうして見る分にはお前は変わってない。見かけは大人の男になったけど、俺にとっちゃ可愛い甥だ。だけど」
春臣さんの目は、笑っていなかった。
ドキリとした。
「俺はお前に色々教えたつもりだけど、一番肝心な事を教えてやらなかったんだよな」
「……春臣さん?」
何故だ。
何故だか判らないけれど、緊張する。
「生きていくのに必要なのは、覚悟と心構えと信頼だと言ったけど、他にもっと必要な事がある。だけどそれは人間として当然だと思っていたから、わざわざ口にしなかった」
そう言って、春臣さんは俺を、コンクリートの壁に押し付けた。背中がひんやりと冷たい。
「何を……?」
戸惑いながら、見上げた。
「人と信頼関係を築くにはな、コミュニケーションと相互理解が必要不可欠なんだよ。お前は、それが判っていない」
「何が言いたいんだ、春臣さん」
ギラつき血走った目が鬼気迫っていて、脅えを感じてしまった。
異常だ。
「一つ聞きたいんだけど、お前は今回まだ人を殺してないよな?」
不意に全身が冷たくなった。
何故。
何故、春臣さんが知っている。
「俺は今回通算十回目の人生なんだよ。お前にはその意味が判る筈だよな?」
……まさか。
「やっとお前が何をやっていたのか判った。やっと見つけて捕まえた。もう、お前に人を殺させない。
姉さんが悲しむ」
「春臣……さん」
襟元を掴まれ、声が上擦った。
「大丈夫、一人では死なせないからな。俺が一緒に死んでやる。地獄の果てまで付き合ってやるから」
「待っ……!」
腹に灼熱感が走り、激痛と共に血が溢れ出す。
「がぁあっ!」
目の前がくらむ。
足ががくりと折れ、バランス崩して宙を描く腕を掴まれ、更に壁に押し付けられて、えぐられ、傷を広げられる。
「すぐに楽にしてやるからな」
笑顔で言う晴臣さん。
やめてくれ。
悲鳴は声にならなかった。
喉を、頚動脈を掻き切られた。
涙が溢れ、視界が歪み、世界が暗くなっていく。
見ることも、話すこともできない。
耳は激しいノイズ混じりだがかろうじて機能していた。
「これからは、お前が殺す前に、俺が殺してやるから」
それは悪夢のような死刑宣告。
「お前に会ったら、すぐ殺してやるからな」
それは、説明どころか弁明すらさせて貰えない、無慈悲で残酷な命を懸けた鬼ごっこの、一方的な開始宣言。
何故。
何故、俺を殺すんだ。
何故、殺されなくてはならないんだ。
説明も説得もない。
春臣さんが笑って俺に、
「判っているよな」
と言ったらゲームスタート。
逃げなければ、問答無用で殺される。
信頼関係を築くには、コミュニケーションと相互理解が必要不可欠だって言ったのは、春臣さんだろう?
なのに俺にその機会は与えられないのか?
無慈悲な慈愛に満ちた表情で、春臣さんは俺を殺す。
刺殺、絞殺、溺死、撲殺。
次はどんな方法で殺される?
俺は脅え、ガタガタ震えながら生き、あがいている。
俺は中途半端だ。
狂人にも神にもなれない。
気が狂えたら楽になれるのに、あくまで正気な凡人のままだ。
そして、踊る。
終りのない愚者のダンスを。
果てなき迷宮、混迷の中で。
誰か俺を助けてくれ。
神が、悪魔がこの世にいるのなら。
俺を救ってくれないのなら、どうか永遠に終らせてくれ。
「隆史」
微笑みを浮かべて、彼が現れる。
「判っているよな」
次のゲームの始まりだ。
俺は逃げながら、心の中で叫ぶ。
誰か、俺の声を、言葉を聞いてくれ。
誰か、俺の存在に気付いてくれ。
愛されなくて良い。
救ってくれなくても良い。
慰めはいらない。
同情も愛情もいらない。
ただ、この悪夢を終らせてくれ。
泣いたりはしない。
最近ようやくこの状況にも慣れてきた。
逃げながら、冷静に考える。
いつ、どのタイミングで反撃に転じよう。
冷静さが必要だ。
牙を向くその瞬間までは、憐れな子羊を演じてやる。
最高のタイミング、最高のシチュエーションで、反撃する。
一撃で仕留める。
工藤とやった時を思い出せ。
失敗したのは、一撃で致命傷を負わせられなかったあの時だけだ。
二度目はない。
攻守転じる絶好の機会を逃すな。
愚者はダンスを踊り続ける。
その生命、命運、人生が終焉を告げるその時までは。
――The End.
既に削除済みの「愚者のダンス」の最終話として書いていたものです。
タイムリープものの「悪夢の夜 希望の夜明け」主人公工藤の恋人をストーカーして殺しては自殺→またストーカーして殺害を繰り返していた青年が今作の主人公。
容姿も才能も家庭環境も普通だったのに、何故か突然タイムリープできるようになり、俺だけやり直せるなら最強じゃね?と調子に乗ったがために、狂ってないのに狂人のようになってしまった哀れな人。
中身はヤバイ人でもあります。