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第八章:怪談と肝試しの夜

修学旅行の最後の夜だった。

誰もがどこか浮き足立っていて、こっそり規則を破る生徒もちらほら見受けられた。


そんな中、雅恵がみんなを集めて肝試しを提案する。


雅恵「ねえ、あっきぃに聞いたんだけど、ここの近くに小さな祠があるんだって。」


いたずらっぽく笑いながら、さらに続けた。

雅恵「地図にも載ってないし、今はもう祀る人もいないんだって。

でも、せっかくだから試してみない? 真夜中にそこまで行って、お参りして、無事に帰ってこられるかどうか!」


ニコールはすぐに乗り気になり、美月も興味津々な様子だった。

優夜は、こういうのがどうにも苦手だった。

けれど、一人じゃなければ、何とかなると思った。

ヒロは親友の三上翔を連れてきており、意外にも菫まで加わっていた。

ただし、彼女がここにいる理由は明白だった。

──ヒロがいるから。


雅恵は露骨に顔をしかめ、どうやって菫を怖がらせてやろうかと、ひそかに企んでいた。


そんな空気を感じ取ったのか、明が口を開く。

明「……その祠は、どの地図にも載っていない。」


真剣な眼差しで皆を見回す。


明「そもそも、そこに祀られていた神は、とっくの昔に忘れ去られた。

僕も父から聞かなければ、知らないままだったくらいだ。」


ヒロ「でも、お前の家が知ってるなら、完全には忘れられてないってことだろ?」

腕を組み、眉をひそめて言った。


明「名前すら残っていない神だ。父も知らない。名を呼ぶ者も、祀る者もいない。ただ、その跡地だけが残っている。」


明の瞳が鋭さを増す。


明「……問題なのは、その場所に“何が”棲みついているか、だ。

……ヌケガラって、知ってるか?」


一瞬、部屋の空気が張り詰めた。


千恵子「抜け殻……?」


優夜「セミの?」


明「いや。妖怪に魂を喰われた人間のことだ。」


その声は低く、どこか警戒を孕んでいた。


明「魂を抜かれた人間の体には、何も残らない。ただの“抜け殻”だ。」


不安げに腕を抱える小百合。

口元を歪めて思案する美月。

ニコールは母国語のドイツ語で何かを小さく呟いた。


明「ヌケガラは幽霊じゃない。でも、生きているわけでもない。」


その視線が、暗がりを探るように動く。


明「ただ……存在している。動く。息をする。でも、そこに意識はない。記憶もない。人間らしさも、何もない。」


普段なら鼻で笑うような話でも、ヒロは今、口を挟めなかった。

でも、考えていることが顔で分かっていた。


ヒロ(信じるわけかよ……)


明「一見すると、人間に見える……ほぼ、な。」


一度、言葉を切った。


明「でも、皮膚は異様に張り詰めていて、まるで骨に直接紙を貼りつけたみたいに見える。髪は薄く、ボロボロで……動きはぎこちない。

……カタカタと揺れる人形のように。

歩き方を忘れたみたいに、ぎこちない関節で這いずり、爪を立てて……床に引きずる音と傷跡を残す。」


誰かが息を呑む音が聞こえた。


明「そして……目がない。」


雅恵「目がない?」

搾り出すように問う。


明「そうだ。」


彼の目が、遠くの何かを見るように細められる。


明「ただ、真っ暗な空洞があるだけだ。何もない。何も映らない。そこには、ただ……空っぽの闇だけがある。」


その瞬間、花音の背筋を冷たいものが駆け抜けた。


花音「嫌だな……」


明は目を閉じる。

まるで、忌まわしい記憶を呼び起こすかのように。


その沈黙に、誰もが息を潜めた。


明「でも、一番やばいのは……やつらが発する音だ。

喉の奥で絡まるような、湿った音。

まるで水に沈んだ喉を通して、必死に呼吸をしようとしてるかのような……

……ゴボッ、ゴボッ……」


誰もが硬直したまま、その情景を心に描いた。

耐えきれなくなったのか、優夜がぎこちなく笑い声を漏らす。


優夜「ははっ……」


だが、その音すらも、この張り詰めた空気には馴染まない。

誰も続けて笑おうとはしなかった。

優夜自身もすぐに口を閉ざす。


明は彼を一瞥すると、まるで何気ない天気の話でもするかのように、さらりと語りだす。


明「僕、一度だけ見たことがある。」


優夜の動きが止まった。

美月が驚いたように瞬きをする。


明「僕が……八歳の時だった。」


無意識のうちに、自分の膝を指でなぞる。


明「家には、絶対に入ってはいけない部屋があった。

扉には封印が施されていて、雨戸も閉じられていた。父は、あの部屋には近づくなと言っていた。……君を守るためだって。

でも、子供ってバカだろ?」


雅恵「典型的な話ね……」


明「ある日、僕はその封印を破った。

なぜかは分からない。ただ、どうしても……入らなきゃいけない気がしたんだ。」


沈黙。


明「中は……異様に寒かった。」


空気が冷えたような錯覚を覚え、小百合が腕をさすった。


明「そして……そこにいたんだ。」


菫が小さく息を呑む。


明「ヌケガラが。壁の隅で、座っていた。」


空気が凍りついた。


明「立ってはいなかった。ただ、背を向けたまま、そこに……いた。」


彼の目が細められる。


明「その指が、ずっと壁を引っ掻いていたんだ。

ザリ……ザリ……ザリ……」


ゆっくりと、自分の袖を指先でなぞる。

それだけで、薄気味悪い音が脳裏に響くようだった。


誰もが耳をすませるように、息を止めた。


花音は思わず枕を抱きしめる。


明「……そいつは、ずっと壁を見ていた。」


声がさらに低くなった。


明「でも、突然、動きを止めたんだ。

ゆっくりと……ありえないくらいゆっくりと……そいつは首を回し始めた。

体じゃない。首だけだ。」


菫「え……」

彼女の顔が青ざめる。


明「人間なら、絶対に動かせない角度まで、首だけをねじるようにして……

そいつの、空っぽの目が、僕を見た。

逃げろ、逃げろって、体が叫んでるのに……動けなかった。

そして……」


その時、明が突然、パンッ!と手を叩いた。


「っ!!」


反射的に、何人かが跳ね上がった。


明「──そいつが僕に飛びかかってきた。」


優夜が荒い息を吐く。

翔が緊張を誤魔化すように、小さく笑って頭を振る。


明「……その後、何があったのかは覚えていない。」


誰もが息を呑んだまま、彼の言葉を待った。


明「ただ、寒さだけは覚えている。」


そう言って、ゆっくりと目を伏せる。


明「そして……何かが僕に触れた感触も……

気がついた時には、もう暗闇の中だった。」


低く落ちたその言葉に、花音が小さく息を吸う音がした。


明はほんのわずかに前のめりになる。


明「目が覚めたら、僕は布団の中だった。……父さんは、僕が高熱を出していたって言った。

ただの悪い夢だったんだって……そう言われた。」


首を横に振る。


明「でも……」


言葉を切ると、まっすぐに前を見据えた。


明「部屋の扉は開いたままだった。

中は……誰もいなかった。」


千恵子が唇を噛む。


明「だけど……壁には爪痕が残っていた。」


ゴォォォ……


突如、窓の外で風が吹き荒れた。


ガタガタッ


窓枠が激しく揺れる。


女子全員&優夜「ひっ!」


そして、沈黙。

今度は誰もが、あえて口を開こうとしなかった。

息をする音すら、場違いに思えるほどだった。


その空気を破ったのは、雅恵だった。

彼女はわざとらしく手を叩き、にっと笑う。


雅恵「……よし! もう十分怖かったし! そろそろ行こうか、肝試し!」


……だが、誰もすぐには返事をしなかった。


千恵子「や、いや、私無理。」

両手を前で振り、首をぶんぶんと横に振る。

千恵子「そんなとこ行くわけないじゃん。」


小百合「誰が行くか。絶対に嫌。」

また腕をぎゅっと組み、眉を寄せた。


翔は肩をすくめ、鼻で笑った。

翔「馬鹿馬鹿しい。どうせただの夢だろ。」


そう言いながら、ちらりと明を見る。


そして、短く告げた。

翔「俺は行く。」


ニコールは迷うように雅恵を見て、それから花音と美月へと視線を移す。

そして、戸惑いながら袖を指でつまんだ。


ニコール「まさちゃん、のんちゃん、みっきも行ったら……私も行きます。」


そう言ったものの、彼女の声は頼りなかった。

手はぎゅっと縮こまり、目が不安そうに周囲を泳いでいる。


きっと彼女の中では、明の話はただの作り話なのだろう。

あるいは、そう思い込もうとしているのかもしれない。


でも、花音は知っていた。

知ってしまっていた。


明の言葉には、たまに“本物”が混じる。

そして、その“本物”は、知らない方がいいものばかりだった。


彼が語った「ヌケガラ」という存在は、決して関わってはいけない“何か”に思えた。


花音はそっと目を伏せる。

知りたくなかった。

知りたくなかったのに──


花音「……行こうか。」


-----


夜はすでに更け、空には雲がかかり、月明かりが木々の隙間からぼんやりと漏れている。

彼らは慎重に足音を殺しながら、約束の場所へと向かった。


そこは森の奥、木々に囲まれた小さな開けた場所だった。

夜風が梢を揺らし、葉がざわめく。


雅恵「じゃあ──」


不敵な笑みを浮かべ、手の中の小さな器を掲げる。


雅恵「ルールを説明するね。女子はパートナーを選べるけど、人数が合わないから一人だけ行かなくて済む人がいるの。」


器を軽く振ると、中の小さな紙片たちがからからと音を立てた。


雅恵「この中にジョーカーが一枚だけ入ってるから、引いた人はここでのんびり待機。怖い思いをしなくて済むよ!」


明が無言で器を受け取り、皆に差し出す。

ためらいながらも、一人ずつ手を伸ばし、慎重に紙を引いていった。


花音もそっと一枚取り、ゆっくりと開く。


花音(……ヒロ?)


一瞬、心臓が跳ねた。

まさか、ヒロと一緒になるなんて。

驚きと小さな喜びが胸を満たし、思わず微笑みかけたその時──


ふと視線を感じ、目を上げると、菫と目が合った。

彼女の表情はあからさまに不機嫌だった。


紙を握りしめる指が、ほんの少し強くなる。


花音(……きっと、ヒロと組みたかったんだろうな。)


途端に、花音の胸の高鳴りが冷めていく。


雅恵「……ちぇっ、つまんない。」


紙片をひらひらと掲げる。


雅恵「うち、ジョーカー引いちゃった。」


言葉とは裏腹に、その顔からは深い安堵が感じ取れた。

きっと、内心ではホッとしているのだろう。


彼女は最初に肝試しを提案した張本人だったが、明の話を聞いた後は、明らかに気が進まなそうだった。


雅恵「じゃあ、みんな、頑張ってね!」


一方で、ニコールは翔を引いたようだったが、美月が素早く彼女に耳打ちする。


美月「ねぇ、交換しない? 翔くんと行きたいって。」


ニコールは一瞬迷ったものの、「はい」と頷く。


こうして、ニコールは明と、美月は翔とペアになることになった。


残されたのは、菫と優夜。


菫「……最悪。」

小さく吐き捨てる。


優夜「こっちのセリフだよ。」


彼も眉をひそめ、視線を逸らした。

お互いに気が合わないのが見て取れる。


花音はちらりとヒロの横顔を見たが、何も言えなかった。

胸の奥に、言葉にならないざらつきが残ったままだった。


明「じゃ、僕たちが先に行くね。」


明がスマホを掲げ、地図アプリを開いた画面を見せる。


明「正確な場所はわからないけど、見つけたら地図にマークをつけておくから。」


ニコールが懐中電灯代わりにスマホのライトをつけ、ぼんやりと照らされた小道を二人で進んでいく。


雅恵「気をつけてねー!」


軽い調子で手を振り、そして、いたずらっぽい笑顔を見せながら背中に向かって叫ぶ。


雅恵「ヌケガラに気をつけろよー!」


明はニコールと共に暗闇へと消えていった。


ヒロ「マサ。」

低く、しかしはっきりとした声が響いた。


ヒロ「ヌケガラなんていない。いい加減、そういうのやめろ。そんなこと言い続けるなら、お前も花音と俺と一緒に行くことになるぞ?」


ぞわり──

雅恵の顔から、一瞬にして血の気が引いた。


雅恵「……」

口を開きかけたが、結局何も言わず、しゅんと肩をすくめた。


-----


明とニコールは、細く頼りない小道を辿りながら歩いていた。

スマホの光が前方を照らすが、その明かりがかえって闇を深く感じさせる。

踏みしめる落ち葉の音が、やけに大きく響いた。


ニコール「……こわいです。」


横目で彼女を見て、優しく微笑んだ。

明「大丈夫だよ。僕のそばにいれば、平気だから。」


ニコール「どうして?」


明「僕は神主だからね。」


ニコールは少し間を置いてから、弱々しく笑った。


ニコール「じゃあ……もし本当にヌケガラが出たら?」


明「出ないよ。あれは子どもの頃に高熱を出した時に見た幻覚だ。それっきり、二度と見てないし。だから、きっとただの夢だったんだろうね。」

肩をすくめ、穏やかな笑みを浮かべた。


明「単に、怖い話をするのが好きなだけさ。」


その言葉に、ニコールの緊張が少し和らぐ。


それでも、彼女はなおもためらいがちに尋ねた。


ニコール「でも……妖怪は、本当に見えますか?」


明は一瞬立ち止まり、彼女の方を振り向いた。


そして、口元を少し緩めて温かい笑みを見せながら、問い返した。


明「もし『見える』って言ったら、信じる?」


唇を噛みしめ、少し考えてから答えた。

ニコール「……たぶん、信じません。」


明「なら、それが答えだよ。」

軽く笑うと、ポケットから小さなお守りを取り出し、彼女に差し出した。


明「これ、持っておきな。悪霊除けのお守り。信じるか信じないかは関係ない。持ってるだけでいいんだ。」


ニコールは慎重にそれを受け取った。

まるで壊れ物のように、そっと手のひらにのせて。


ニコール「ありがとうございます……」

礼を言い、二人は再び歩き始めた。


数分後、明が足を止めた。


彼はスマホの画面を見つめながら、眉をひそめた。


明「この辺りのはずだけど……」

周囲を見渡すが、闇が深すぎてよくわからなかった。


ニコール「ねえ、明くん。あなたのお父さんは、こういうことに詳しいですね。」

ふと、思い出したように言った。


手に持ったスマホの光を木々に向けながら、短く答えた。

明「もう死んだよ。」


ニコール「えっ……?」

彼のあまりにも淡々とした口調に、ニコールは言葉を詰まらせる。


明「だから、たぶん詳しくなかったんじゃないかな。」


ニコール「……ごめんなさい。」


明「気にしないで。」

それ以上、明は何も言わなかった。


ただ、前方に何かを見つけたように目を細めると、歩を進める。


明「──あれだ。」


ニコールも慌てて後を追い、スマホの光を向けた。


そこにあったのは、苔むした小さな祠だった。

木材は黒ずみ、ところどころひび割れている。

祠の表面に刻まれた文字は、風化して読めそうにない。


だが、確かにそこに何かが祀られていた痕跡があった。


ニコール「……ここで祈ったら、この神様はまた思い出されますか?」


明はじっと祠を見つめたまま、考えるように答えた。


明「……どうだろうね。」


次に両手を胸の前で合わせ、二礼し、二拍手を打ち、最後にもう一度ゆっくりと頭を下げた。

ニコールもそれに倣って、ぎこちなく手を合わせた。


その瞬間、彼女の中に言葉では説明できない、不思議な感覚が広がっていった。


二人はしばらく黙ったまま、そこに立ち尽くしていた。


明「……この神は、僕が探している神々のうちの一柱の一部なんだ。」


ニコール「……どういう意味ですか?」


困惑したように首を傾げたニコールに、明は答えた。


明「神が二つに分かたれたんだ。そのもう片方を見つけないと、何が起こったのかもわからない。」


明の声は静かだったが、その言葉には確かな重みがあった。


明「なぜ、神は二つに分けられたのか……」


彼はそっと祠に触れた。

冷たく、ひび割れた木の感触が指先に伝わってくる。


明「……何があったんだ。」


まるで、そこに眠る神へ問いかけるように。


だが、その問いに答える者は、もうどこにもいなかった。


──否。


明(本当に、そうだろうか?

雷花様はその瞬間を見届けていたはずなのに。

なぜ、沈黙を守るのか?)


明「なぜ、神ですら“滅びる”ことがあるのか……。僕が探しているのは、その答えなんだ。だから、ここに確かめに来たかったんだ。」


ニコール「……ごめんなさい。何の話か、全然わかりません。」

少し困ったように眉をひそめた。


その言葉に、明はくすっと笑った。

明「僕も、よくわからないよ。」


突然、強い風が吹き抜けた。

木の葉が宙に舞い、闇夜の中で一瞬だけ踊る。

やがて、そのうちの一枚がふわりと舞い降り、ニコールの目の前に落ちてきた。


それは、真紅のカエデの葉だった。


無意識に手を伸ばし、指先でそっと受け止める。


ニコール「……?」


不思議そうに葉の表面をなぞると、そこに刻まれた文字に気がついた。

燃えたような跡。

まるで誰かが炎の細筆で書いたかのように、淡く光る文字が浮かび上がっていた。


白夜。


ニコール「しろ……よる?」

戸惑いながら、その奇妙な言葉を口にした。


明「今、なんて言った?」

驚いたように、彼が振り返る。


ニコールは少し怯えたように顔を上げた。


ニコール「え、えっと……この葉っぱに、何か書いてあります……」


彼女がそっと葉を差し出すと、明は慎重にそれを受け取り、目を細めた。


明「……これは『びゃくや』って読む。闇の神の名だ。」


ニコール「闇の神……ですか?」


ニコールが困惑した表情で聞き返すと、明の顔つきが険しくなった。


明「どこで拾った?」


ニコール「どこと言って……風に乗って、勝手にこちらに……」


その言葉を最後まで聞かず、明はスマホを持ち上げて森の奥へと光を向けた。

しかし、光は遠くまで届かなかった。


そこには何もなかった。

ただ、黒く沈む森の静寂だった。


なのに、確かに何かがここにいた気がした。


夜の空気が、いつもと違っていた。


ゆっくりとスマホを下ろし、低く呟いた。

明「……僕たちは、ここで二人きりじゃない。」


ニコールの心臓が、一瞬止まりかけた。


ニコール「ど、どういう意味ですか……明くん、怖いこと言わないでください……!」

思わず後ずさりしながら、辺りを見回した。


どこかに、見えない”誰か”がいるのではないか。

目には映らないが、確かに存在している”何か”が。


明「誰かが、僕の問いに答えた。」


明は手の中のカエデの葉をじっと見つめる。

まるで、今まで解けなかった謎が、ふとした瞬間に繋がったかのように。

やがて、顔を上げた。


明「二つに分かたれた神……」

ひと呼吸置いて、彼は決定的な言葉を告げる。

明「それは、闇の神だったんだ。」


-----


明とニコールが皆のもとへ戻ってきた。


花音のそばを通り過ぎると、明はふと足を止め、身を屈めて低い声でささやいた。


明「気をつけて。……何かが、いや、誰かが僕たちを見ている。

姿は見えなかったけど、一つだけ確かなことがある。

……人間じゃない。」


花音の背筋に、ぞわりと冷たいものが走った。


明の真剣な表情が、それが冗談ではないことを物語っている。

思わず彼の顔を覗き込んだが、それ以上の説明はなかった。

だが、その緊張感を打ち破るように、ニコールが興奮気味に口を利いた。


ニコール「ねえ、見てください! これ、変じゃないと思いませんか?」


彼女がひらりと掲げたのは、一枚の赤いカエデの葉だった。


花音は眉をひそめ、それをじっと見つめる。

そして、葉の表面に焼き付けられた文字を読み上げた。


花音「……白夜?」


ニコール「闇の神の名前だと明くんが言いました。」


ヒロ「ちょっと待て。」


会話を横で聞いていたヒロが、ニコールの手から葉を奪い取った。


ヒロ「橘、お前……さすがに悪ノリが過ぎるぞ。こんなもん用意しなくたって、この森は十分不気味なんだからよ。」


しかし、明はそれには答えず、スマホを操作しながら美月と翔に祠の場所を説明していた。


ようやくヒロの言葉が耳に届いたのか、彼はそちらに目を向け、淡々と告げた。

明「僕じゃない。」


ニコール「本当です!

風に乗って、勝手に飛んできたんです!」


明は再び視線を森へ向けた。

まるで、そこに潜む何者かの気配を探るように。


そして、ゆっくりと頷いた。

明「……この森から直接的な危険は感じない。でも……みんな、お守りは持っておいた方がいい。」

そう言うなり、彼はポケットからいくつもの小さなお守りを取り出し、無造作に配り始めた。


翔「え、なんでそんなに持ってんの……」


美月と翔は困惑しながら受け取り、肩をすくめると、そのまま神社へ向かって歩き出した。


優夜は明の手元を見て、呆れたように呟いた。

優夜「こいつ、どんだけの量を常備してんだよ……」


しかし、菫の手にも自然とお守りが渡された瞬間、優夜がぼそっとこぼした。

優夜「……なのに、僕の時は普通に買わせたんだよな……」


一同が苦笑する中、ヒロも手を伸ばす。

ヒロ「俺の分もくれよ。」


だが、明は首を横に振った。

明「君には必要ない。」


ヒロ「は?」


明「君のそばには、もう女神がいるから。」


ヒロは一瞬、言葉の意味を理解できずに固まった。

そして、反射的に花音を見る。


ヒロ「……は?」


じっと彼女を見つめた後、口元を歪め、ふっと笑った。

ヒロ「まさか。そこまで美人じゃなくない?」


その言葉が口をついて出た瞬間、花音の頬がぷくっと膨れた。


花音「ねえちょっと! どういう意味!?」


ヒロ「はは、冗談、冗談。」


ヒロは適当に流そうとしたが、その時、

パキ、パキ……ッ


何かが弾けるような、関節を鳴らす音が響いた。

二人がぎくりとして振り向くと、少し離れたところで、菫が腕を組んで立っていた。


彼女の目は細く鋭く光り、まるで毒を含んだ刃のよう。


菫「……あんた、今なんて言ったの?」


ヒロは、反射的に顔を覆った。


ヒロ「……くそっ。」


今さらながら、ようやく自分の立場を思い出した。

自分は、菫と付き合っていたのだ。


何とか誤魔化そうと、そそくさと菫の方へと歩いていく。


菫は不機嫌そうに腕を組み、無言のまま彼を待っていた。


雅恵は、その様子を見ながら小さく呟く。

雅恵「……うわ、キモ。」


優夜が横目で彼女を見る。


優夜「好きなのか?」


雅恵「は? ありえない。」

鼻で笑った。

雅恵「あんな女が去年やったことの後、好きになれるわけないじゃん。」


優夜「違う。花音さんのことが好きなのかって聞いてる。」


雅恵の動きが一瞬止まった。

まるで、そんな可能性を考えたこともなかったかのように。


雅恵「……さあ?」


-----


翔と美月が戻ってきた時、二人は何かを熱心に話し込んでいた。


しかし、美月はそのまま友達のもとへ向かったのに対し、翔はヒロと菫のいるほうへ歩いていった。


美月「すごく暗くて、不気味だったって……」

肩をすくめながら、少し声を震わせて言った。


雅恵「でも、特に何もなかったんでしょ?」

興味深そうに覗き込む。


美月「うん……ただ暗かっただけ。でも、翔くんがずっと落ち着かせてくれてたから。」


そう言って、ちらりと翔のほうを見る。

彼はすでにヒロたちと話していたが、その横顔にはどこか落ち着いた雰囲気が漂っていた。


花音は腕を組み、小さくため息をついた。

ここにいればいるほど、胸の奥の不安が膨らんでいく。


花音「……やっぱり肝試し、やりたくないなぁ。」


ぼそっと呟くと、ニコールが明るく彼女の肩をポンっと叩いた。


ニコール「大丈夫ですよ、のんちゃん! 雅弘くんと一緒に行けるからです!」


雅恵「そうそう。ヒロ、なんでも論理的に説明しようとするから、怖さも半減するじゃん?」

ニヤリと笑いながら言う。


肝試しに参加しなくていい彼女は、どこか余裕の表情だった。


花音「……ヒロの理屈っぽさなんて、今回は役に立たないよ。何が起こってるのか、もう全然論理的じゃないんだから……!」


彼女は知っている。

ただの肝試しなんかじゃない。

この森のどこかで、確かに“誰か”が自分たちを見ている。

それが妖怪か、それとも別の存在なのかはわからないけれど。


-----


そのころ、明は優夜に道案内をしながら、分岐点にある祠の場所を説明していた。

菫は腕を組み、その話を半分も聞いていなかったが、道に迷うのは嫌なので、なんとなく隣に立っていた。


しかし、二人がまだ出発もしていないうちから、すでに険悪な雰囲気が漂っていた。


菫「マジで行きたくないんだけど。」


優夜「僕だってだよ。」

無表情のまま、彼女の腕を軽く引く。

優夜「ほら、行こう。」


菫「ちょっ、離してよ! 一人で歩けるし!」

乱暴に腕を振り払った。


優夜はため息をつき、肩をすくめると、そのまま一人で歩き始める。

菫も仕方なく後をついていくが、すぐに周囲の音が変わり始めたことに気づいた。


サラ……カサ……


葉が風に揺れる音、木の枝がわずかに軋む音、そして、どこか遠くで響くフクロウの鳴き声。


森に包まれ、徐々に周囲の気配が薄れていく。

無意識に腕を抱え込み、足を速めた。


菫「ちょっと、歩くの早すぎるんだけど。」


優夜「早く終わらせたいんだよ。嫌なら戻れば? 僕は途中でリタイアなんかしないけど。」


菫「は? 何言ってんの? 一人で戻るわけないでしょ!」


優夜「なら文句言うな。マジで、なんで僕たちが組まされたんだろ。」


菫「それ、こっちのセリフなんだけど? あんたと一緒なんて最悪。」


優夜「……お互い様だろ。」


ピリピリとした空気を漂わせながらも、二人はそれ以上口論せずに歩き続けた。

足元の落ち葉を踏む音だけが、静寂の中で響く。


しかし、菫はこの沈黙が何よりも嫌だった。

ふと口を開く。

菫「ねえ……どうせ誰も見てないんだから、適当に戻っちゃえばよくない?」


優夜「誰も見てない? いや、いるだろ。」


菫「……誰が?」


優夜「神様だよ。」


菫の足が止まる。

驚いたように優夜を見ると、彼は真顔でそう言っていた。

菫「……何それ、バカバカしい。」


乾いた笑いをこぼした。

菫「神様が見てるとか、子どもみたいなこと言わないでよ。」


そして、月明かりが差し込む中──


彼らの周りを囲む木々の影が、ほんの一瞬、僅かに揺らいだように見えた。


優夜の視線は、暗闇の森を何度もさまよった。


枝の折れる音、草の擦れる音。

どれもただの自然の音に違いない。

それでも、聞くたびに胸の奥がざわついた。


だが、それを表に出すわけにはいかない。


ちらりと肩越しに視線をやると、菫もまた警戒するように辺りを見回していた。

その唇はいつものように強気に結ばれていたが、目元には明らかに不安の色が浮かんでいる。


優夜(こいつ、絶対僕よりビビってる……)


そう思った瞬間、無性に意地悪を言いたくなった。


優夜「……お前、そんなにビビるなら最初から来るなよ。」


軽い調子で言い放ちながら、心の中で小さく舌打ちする。


優夜(こんなことより、マサと組めばよかった……)


菫「は?」


腰に手を当てて、ジロリと優夜を睨みつける。


菫「ビビってんのはそっちでしょ。さっきからずっとキョロキョロしてんじゃん。」


優夜「確認してんだよ! お前が変な方向に行かないように!」


菫「は? あたしがあんたを見張ってんの! 迷子にならないようにね!」


ぷりぷり怒る菫を横目に、優夜はそっと耳を澄ませた。


ザァッ


風が吹き抜け、木々がざわめく。

しかし、そこに混じって、何か別の音が聞こえた気がした。

まるで、誰かが囁くような。


優夜「……今の、聞いたか?」

足を止めた。


菫「な、何も聞こえてないし! っていうか、あ、あんたのせいで変なもの呼び寄せたんじゃないの?」


優夜「ふざけんな! お前が無駄に声でかいからだろ!」


お互いにムキになって言い合う。


──クスクス……


だが、その瞬間だった。


空気が張り詰める。

風の音ではない。

木のざわめきでもない。


確かに、誰かが笑った。


遠く、どこかで。

女性の声。


クスクスと、楽しそうに囁くような……

それでいて、不気味な気配を孕んだ笑い声。


菫「……っ!!」

思わず息を呑んだ。

菫「……さっさと終わらせよう。このままだと心臓もたないわ。」


その声は、もう強がる余裕もなくなっていた。


優夜「同感。お前と一緒にいると二重でストレスだしな。」


菫「あんたもね。」


彼女も負けじとつぶやきながら、優夜の後を追った。

二人の声は、森の中に小さく溶けていった。


そのすぐ背後で、何かが微笑んでいるとも知らずに。


やっとのことで辿り着いた祠の前。

息を切らしながらも、優夜と菫は肩を並べ、手を合わせた。


森を包む不気味な静寂。

だが、それも長くは続かなかった。


──クスクス……


再び、あの笑い声が聞こえた。


優夜の瞳が大きく見開かれる。

反射的に視線を巡らせたその瞬間、彼は見てしまった。


木々の間に佇む、一人の女。

紅い着物に身を包み、暗闇の中で、まるで宙に浮いているかのように立っている。


彼女の顔は赤い和傘に隠されていた。

その傍らでは、小さな燐光がゆらゆらと揺れ、蛍のように舞っている。


そして、なによりも目を奪ったのは、

彼女の髪。

風に靡く長い髪は、淡い桃色を帯び、まるで炎のように揺らめいていた。


喉がひとりでに動く。

優夜「スー……」


隣で低く唸るような声が返ってきた。

菫「その名前で呼ぶな。」


瞼を開けた菫もまた、同じものを目の当たりにし、動きを止めていた。


菫「ユウ……」

呆然と、かすれた声が漏れる。


優夜「……その呼び方はやめて。」

彼の声も、ほんのわずかに震えていた。


そして、菫がようやく言葉を絞り出す。

菫「……あれ、誰?」


女は微動だにしない。

しかし、ゆっくりと和傘を傾け、ついにその“素顔”をあらわにした。


だが、そこに顔はなかった。

ただ一枚の、白い狐面。


ゾクリ──ッ

背筋を氷の刃でなぞられたような感覚が走る。


次の瞬間、

女はしなやかに和傘を振り、紅葉が舞い散るような旋風が巻き起こった。


視界が覆い尽くされる。

赤い葉が乱舞し、狂ったように渦を描き、やがて風に乗って消えていった。


何も、残らなかった。

まるで最初から、そこには誰もいなかったかのように。


菫が息を呑み、青ざめた表情を浮かべる。

しかし、その恐怖はすぐに別の感情へと変わった。

怒り。

ギリ、と奥歯を噛みしめ、拳を握りしめる。


菫「……許さない。」

低く、唸るような声。

菫「絶対に許さない……あいつの仕業だ。」


優夜「……あいつ?」

まだ呆然としながら菫を見た。


彼女の瞳には、強い怒りの光が宿っていた。


菫「誰が他にいるってのよ。」

険しい顔で優夜を睨む。

菫「ヒロの、あのクソ生意気な双子の姉さんに決まってる!」


一瞬、理解が追いつかずにまばたきをした。

優夜「……マサ?」


菫「そうよ、あの子以外に誰がこんな陰湿な真似するっての?」

怒りを隠そうともしない彼女は、躊躇なく踵を返した。


菫「文句言いに行く!」

そう言い放ち、ずんずんと元来た道を引き返していく。


優夜は慌ててその後を追いながら、もう一度だけ背後を振り返った。


──ヒラリ。

再び紅葉が舞う。


妙なことに、葉はまるで意志を持つかのように彼の周りをゆっくりと旋回していた。

そして、その中に紛れて“それ”は囁いた。


風の音とも、ただの幻聴ともつかぬほどの声で。

狐面の女「封印を解け──闇の神よ。」


心臓が一瞬止まりかける。

優夜(今の……なんだ?)


だが、それを考える暇もなく、菫が怒りを滲ませた声で叫んだ。

菫「ねえ! さっさと来なさいよ!」


優夜「……ああ。」

彼は深く息を吸い込み、わずかに揺れる紅葉を一瞥した後、足早に菫の後を追った。


彼の背後で、風が吹き抜ける。


そしてまた、どこからともなく、

クスクス……と、かすかな笑い声が響いた。

キャラクター紹介 008


白石しらいし すみれ)


誕生日: 3月3日(16歳)

所属: ○○高校・2年2組

身長: 165cm

血液型: AB型

兄弟姉妹: 妹(中学3年生)

趣味: バレーボール


性格:

女の子らしくて甘え上手だが、かなりの自信家。

自分が一番でいたい気持ちが強く、好きなものは独占したがる。

口が悪いわけではないが、思ったことはストレートに言うタイプ。

可愛らしさとキツさが同居する、猫っぽい性格。


備考:

♢ ヒロを独占したいという気持ちが強く、周囲に対して敵意を隠さない

♢ 自分の友達とは上手くやっているが、ヒロの友人グループにはなじめない

♢ 特に花音に対して強い警戒心と対抗意識を持っている

♢ 怖がりで霊的なものが苦手。にもかかわらず見栄を張ってしまう

♢ 強がっているが、実は繊細で寂しがり屋な一面もある

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