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第七章:狐面の女と胸に『死』を刻む男

数日が経ち、花音の成長は目覚ましいものだった。

もともとの素質が、技の習得を加速させていたのは間違いなかった。


だが、それだけで妖怪と渡り合えるかといえば、話は別だった。


優夜「本当に覚えが早いな。」


花音は汗で額に張りついた髪をかき上げ、どや顔で笑ってみせた。


花音「それは先生がいいからでしょ?」


冗談めかした口調だったが、その胸には別の思いが渦巻いていた。

どれだけ訓練を積もうとも、実際に妖怪と対峙したことはまだ一度もない。

それがどれほどの恐怖で、どれほどの覚悟を求められるのか、想像するしかなかった。


翌日からは修学旅行が始まる。

そのため、今日の練習が終われば、しばらくは訓練もお預けになる。


優夜が道具を片付けていると、不意に道場の扉が開いた。

入ってきたのは明。


明「ごめんけど、今日は花音さんとは一緒に帰れないよ。」


優夜「ん?」


明「花音さんに話さなきゃいけないことがある。」


優夜は肩を軽くすくめて、あっさりと頷いた。


優夜「そっか。じゃあ、また明日な。」


軽く手を振って、彼は道場を後にした。


花音は無言で明の後を追った。


明「雷花様が待っている。」


そう告げた明は、道場の裏手へと歩を進める。

そこには木々が生い茂る細道が続いていた。


明「神社の敷地を越える必要がある。この境内は強力な結界で守られていて、妖怪たちは足を踏み入れることができない。」


花音は小さく頷き、前を行く明の背中に視線を向ける。


花音「私も……戦いの感覚を知りたい。」


明「知ることになるよ。妖怪の中でも一番弱いのが“悪霊”と呼ばれる存在。Cランクに分類されている。」


湿った落ち葉を踏みしめながら、淡々と説明が続く。


明「悪霊たちは、封印の綻びからこの世界に滲み出してくる。普通は日光を嫌って動き出すことはないんだけど……最近は違うようだ。」


花音「……私を狙ったみたいに?」


かつて、学校の屋上で起きた出来事が脳裏に蘇る。


明「そう。花音さんのこと、かなり詳しく“嗅ぎ回って”たからね。」


その言葉に、花音の背筋がぞくりと震えた。


花音「どうして……? 私が光の女神の力を受け継いでるから?」


明「それも理由の一つかもしれない。でも、雷花様はこうも言っていた。『悪霊には知性がない。だからこそ、誰かに操られている可能性が高い』って。」


花音「誰かに……?」


明「悪霊は人の魂を喰らうことで、やがて実体を持つ“Bランク”へと変わる。その前に、僕たちが止めなきゃいけない。」


花音は拳を握りしめた。


-----


冷たい風が木々を揺らした。

暗い森の中に漂う妖怪の気配は、次第に濃度を増していた。


二人がたどり着いた先には、すでに雷花が立っていた。


雷花「光の女神よ、変身なさいませ。」


花音は深く息を吸い、一歩前へと踏み出す。

指先のかすかな震えを自覚しつつも、彼女は覚悟を決めた。


隣では明が笏を取り出し、呪文を唱える。

瞬く間にその衣が神主の装束へと変化し、場の空気が一変する。


花音も目を閉じ、自身の内に眠る神の力へと意識を向けた。

温かく、そして厳かな光が身体を包み込み、感覚が一気に研ぎ澄まされていく。


ゆっくりと目を開けた時、彼女の姿はすでに変わっていた。

腰に差された刀は、まるでその手に握られることを待っていたかのようだった。


鞘にそっと触れた瞬間、花音の背筋を冷たい戦慄が駆け抜けた。


花音(……いる。)


森の奥深く、闇に潜む不吉な影が、確かにそこに存在していた。


雷花「感じまするな。」


花音「ええ……どれくらいいるのかわからないけど、少なくとも一体じゃない。」


じわじわと迫る悪意に、肌が粟立つ。


その時、闇の中に浮かぶ赤い光が視界に入った。


花音「っ……!」


心臓が、鼓膜を突き破るほどに跳ね上がった。

深紅の眼光が、まるで獲物を狙う獣のように、暗闇の中からじっとこちらを見据えていた。


次の瞬間、鼻をつく悪臭が辺りに広がった。

焦げた肉と腐敗した硫黄が混ざり合ったようなその匂いに、花音は思わず顔をしかめた。


花音「うわ……っ、気持ち悪い……なんでこんなに臭うの?」


明「これは予兆だ。臭いが強い時は、奴らがすぐにでも襲いかかってくる合図。」


その言葉を裏付けるように、森の奥から禍々しい気配が一気に膨れ上がった。


雷花「来たるぞ。」


ズンッ!!


激しい衝撃が花音の身体を貫いた。


花音「っぐ……!」


何が起こったのか理解する間もなく、身体は宙に投げ出され、そのまま地面へと叩きつけられる。

肺から空気が一気に抜け、視界がぐらりと揺れた。


明「花音さん! いや、花音様!」


意識を保とうと必死に踏ん張る中、花音の身体に覆いかぶさる影が見えた。

黒く揺らめく霧のような姿。

だが、実際は鋼鉄のように硬質で、まるで枷のように身体を地面へと押さえつけている。


花音「なんで……霧なのに、こんなに重いの……」


雷花「当然のこと。神の武器が悪霊を斬れるのであれば、悪霊の力もまた神を傷つけることができるものと心得よ。」


その言葉をなぞるように、鋭い爪が花音の肩に深々と食い込んだ。


花音「っ──!」


激痛が走り、思わず悲鳴が漏れる。

漂う血の匂いに反応するように、悪霊の唇が不気味に歪んだ。


明「まずい……!」


大幣おおぬさを振るうが、悪霊の身体は微動だにしない。


雷花「光の女神よ、刃を抜き給え。」


花音「くっ……無理……!」


歯を食いしばりながらも、どうにか振り払おうと足掻く。

しかし、悪霊の顔は目前まで迫っており、下手に動けば喉元を噛みちぎられかねなかった。


花音(このままじゃ……殺される!!!)


焦燥が全身を駆け巡った、その時──


シュッ──ッ


ズドンッ!!


稲妻のような一閃が、悪霊の身体を貫いた。

雷花の矢だった。


悪霊「っぐあああああ!!!」


断末魔の叫びと共に、悪霊の身体は花音から引き剥がされ、霧のように掻き消えていく。


肩に刻まれた傷が焼けるように痛む。

花音は、耐えきれず、変身を解除した。


明がすぐに駆け寄った。


明「大丈夫か?」


花音「大丈夫なわけ、ないでしょ……」


目尻に涙が滲んだ。


花音「明日、修学旅行なのに……こんな傷じゃ……!」


明「心配……それかよ……」


花音「だって、こんなボロボロの状態で新幹線乗りたくないもん……!」


明「回復がずいぶん早くなっている。この程度の傷では、女神が命を落とすことはないだろう。朝になれば、痕すら残っていないかもしれないよ。」


花音「本当に?」


彼が何かを言いかけた瞬間、雷花の冷えた声が響いた。


雷花「……これは最悪の結果にござりまするな。斯様な些事で傷を負うとは。」


花音と明がハッと顔を上げ、彼女を見つめる。


雷花「このままでは、ただの足手まといとなりましょう。」


胸が締めつけられるような痛みが花音を襲う。

悔しさがこみ上げ、拳をぎゅっと握りしめた。


花音「……わかってる。でも、私は──」


カサッ──


雷花「また来たるぞ。」


花音は痛みをこらえ、震える手で刀を握りしめる。


花音(もう、同じ失敗はしない)

花音「……やるしか、ない……!」


傷だらけの身体を奮い立たせ、再び神の力を解き放つ。

次の瞬間、闇を裂いて飛び出してきた妖怪に向けて、刀が閃いた。


今度は間に合った。

花音の目が、闇を切り裂くように動く。


だが、それでも追いつけなかった。

悪霊の姿は、ただの影にすぎなかった。輪郭すら曖昧で、光の届かぬ草原を異様な速さで駆け抜けていく。

どこへ向かうのか。

どこから襲ってくるのか。

読めなかった。


だからこそ、花音は考えるのをやめた。

刀の重みは、己の中に刻まれた感覚と繋がっている。

神の力が共鳴し、刃に光が宿る。


迷いなく斬りつけた。


わずかに手応えがあった。

だが、それは理想には程遠い。


悪霊の霧のような体は、一瞬揺らめいたものの、致命傷にはならない。

そして、それを証明するように動いた。


鋭く、速く、容赦なく。


花音「っ……!」


反応しようとした。

だが、遅かった。

体が、動かない。

いや、間に合わなかった。


咄嗟に身を投げ出し、地面を転がる。

冷えた土と湿った草が頬を叩き、泥の臭いが喉を焼く。


なんとか膝をつき、咳き込みながら息を整える。


花音「……これは、戦いじゃない……ただの、惨劇だ……」


遠くで見ていた明の顔が強張る。

手にした大幣おおぬさを握りしめ、息を詰めた。


明(こんな状態で、他の神々も戦うのか? もし全員がこのレベルなら……僕たちに未来はない……)


雷花は、その思考を隠そうともしない。

青ざめた顔に、きつく結ばれた唇。


“光の女神”と呼ばれる花音の姿は、今や神どころか、戦士にすら見えなかった。


そして、

最悪の展開が訪れる。


再び、妖怪が襲いかかる。


花音「……!」


鈍い衝撃が手元に走り、刀が吹き飛ばされた。

落ち葉を蹴散らし、地面を転がる刀。


それを取りに行く間もなく……

焼けつくような激痛が、腕に走る。

妖怪の牙が、深く肉に食い込んでいた。


花音「っ……!!」


夜を裂くような悲鳴が響いた。

引き裂かれるような痛みとともに、身体が無理やり引きずられる。


花音「離せッ! このクソ妖怪!!」


必死に拳を振り上げ、悪霊の体へ叩き込む。

だが、手応えは薄く、まるで岩を殴ったようだった。


抜けない。

振り払えない。


焦りが喉を締めつける。


花音「あっきぃ!! 助けて!!」


その叫びが響いた瞬間、明が駆け出していた。


手にした大幣おおぬさが輝き、浄化の儀式の準備は整っていた。


しかし――


雷花「もうよろしい。」


夜に響く冷えた声。

ため息をつき、弓を手に取る。


雷花(……もう、見ていられませぬ)


無駄な戦い。

だからこそ、雷神は終わらせる決意をした。


弓を引き、雷の矢を生み出す。

その動きに、迷いはない。


狙いを定め、矢が宙を切り裂く。


一直線に飛ぶ光が、妖怪の胸を貫いた。


悪霊「ギイイイイイ……!」


その体は歪み、粒子となって霧散する。


静寂が戻る。


花音は地面に倒れたまま、荒く息を吐いた。

痛みが全身を支配している。


だが、それ以上に胸を締めつけるのは、圧倒的な敗北感だった。


女神なのに、戦えなかった。


武器すら守れなかった。


雷花「……光の女神よ。」


唇をぎゅっと噛む。


雷花「……今のは、完全なる失敗にございます。女神として、あまりにも。」


言い訳は、できなかった。

できるはずがない。


雷花が一歩近づく。


雷花「修学旅行が終わりましたら、毎晩ここへ参りなさい。」


花音「……え?」


雷花「このままでは話になりませぬ。武器の扱いも、戦い方も、何もかもが未熟すぎます。女神として生きるのならば、それを自覚なさいませ。」


それは宣告だった。


花音は震える腕を胸に引き寄せ、夜空を見上げる。

空の彼方で、星々が遠く輝いていた。


唇をきゅっと結び、小さく、だが確かに呟く。


花音「……分かった。」


雷花は満足げに頷き、背を向ける。


花音は目を閉じ、深く息をついた。

そして、もう一度目を開いた時、その瞳には、決意の光が宿っていた。


-----


新幹線が京都駅のホームに滑り込む。

低く響いていた駆動音が静まり、代わって駅の喧騒が耳を満たした。

乗客たちは次々と車両を降り、長時間の移動で強張った身体を伸ばした。

制服姿の高校生たちも、その流れに紛れてホームへと足を踏み出した。


雅恵「京──都──!! ついに到着──!!」

弾んだ声が、群衆の中でもひときわ大きく響いた。

彼女はつま先立ちになって、両手を高く突き上げる。


美月「ちょっと落ち着けって……」

ため息まじりに呟きながら、絶えず流れる人波を眺めた。


少し離れた場所では、明が地図を折りたたみながら言う。


明「最初の目的地は清水寺。すぐ混み始めるから、早めに行動したほうがいい。」


男子「だな。」

隣の友人も頷き、リュックを片肩にかけ直した。


-----


清水寺へと続く道には、京都の魅力が詰まった風景が広がっていた。

人混みに揉まれながら歩くうち、花音はふと東京での日々を思い出す。

慌ただしく行き交う人々や、絶え間ない話し声が、帰宅ラッシュの渋谷を歩いていた時の感覚と重なっていた。


人をかき分けて、ようやくたどり着いた清水寺の舞台。

そこから見下ろす景色には、燃えるような紅葉が広がっていた。


花音「……綺麗。」

ぽつりと漏れた声は、そよ風に乗って、どこか遠くへと流れていった。


-----


一方そのころ、ヒロたちのグループは、道中の茶屋に立ち寄っていた。

ニコールは、湯気の立つ抹茶を慎重に一口すすり、眉をひそめる。


ニコール「……苦いです。」


隣にいた三上翔が、ニヤリと笑った。


翔「好みじゃなかったか?」


その様子を見ていた菫は、二人へと視線を移す。

修学旅行中、仕方なく組まされたこのグループに、少し不満を感じていた。

特にニコールと翔は、自分にとって「必要のない存在」だと思っている。


けれど、雰囲気を壊したくなかったので、口には出さなかった。


ニコール「はい……なんて言いますか、木の味がします。」


翔「ははっ!」

笑いながら、小さな和菓子を差し出す。


翔「だから、これと一緒に食え。」


菫は隣の親友に身を寄せ、そっと耳元で何かを囁いた。

親友の目が、わずかに細められる。


-----


次の目的地、伏見稲荷大社では、千本鳥居がどこまでも果てしなく連なっていた。


女子1「ねえ、あとどれくらい登るの?」


女子2「上まで行くわけじゃないよ。写真を撮れるくらいの場所まで。」


そんな会話を交わしながら、一行はゆっくりと鳥居の間を進んでいく。

優夜と親友の牧野原涼は、すでに前方へ駆けていってしまっていた。

とはいえ、数分ごとに立ち止まっては、遅れている皆を待たなければならないのが常だった。


花音たちも、鳥居の間で記念撮影を始めていた。


雅恵「ねえねえ、このポーズどう?」


わざとらしくふざけたポーズを取って見せると、明が即座に冷静なツッコミを入れる。


明「完全に妖怪。それじゃ本物の妖怪に紛れ込んでいるようにしか見えないよ。」


雅恵「うち、妖怪じゃないってば!」


そのやり取りに、美月が思わず吹き出した。


美月「もう一回やり直しって!」


花音「ふふっ。」


笑い声が響く中、修学旅行は順調に進んでいった。


-----


そして、夜が訪れる。

一日中歩き回った彼らは旅館へ戻ると、倒れ込むように布団に身を沈めた。


計画通り、すべてが順調だった。

──少なくとも、この次の夜までは。


-----


温泉から上がった花音は、脱衣所で浴衣を身に着け、袖をそっとまくり上げた。

前腕に手を添え、指先でなぞるように撫でる。


修学旅行の前に負った傷は、もうほとんど消えていた。

肌には、うっすらと跡が残る程度だった。


花音(……もう、消えた。本当だったんだ……)


まさか二日で消えるとは思っていなかった。

そう思いながら、花音はブラシに手を伸ばす。


ニコール「のんちゃん、私の分のブラシも取ってくれませんか?」

ドライヤーの音の合間から、ニコールの声が届いた。


彼女の金色の髪が、温かい風にふわりと揺れている。


花音「うん、いいよ。」

もう一つのブラシを手に取り、ニコールに渡すと、自分も鏡の前のスツールに腰を下ろした。


ゆっくりと濡れた髪を梳かしながら、ふと問いかける。


花音「修学旅行、楽しんでる?」


ニコールはちらりと花音を見て、小さく肩をすくめた。


ニコール「はい、すごく綺麗な場所で、楽しいです。ただ……私はのんちゃんたちのグループにいられたらよかったなと思います。せめて同じ部屋ならよかったなと思います。」


そう言って、どこか寂しそうに眉をひそめる。


ニコール「菫さんとその友達、あんまり良いルームメイトじゃありません……」


花音は少し困ったように笑って、また髪を梳き始めた。


──支度を終えた女子たちは、それぞれの部屋へ戻るために廊下を歩いていた。


花音と雅恵が並び、その少し後ろをニコールと美月がついてくる。


雅恵「うちはね、思うんだけど──」


何かを言いかけた、その瞬間。

ぴたりと、言葉が止んだ。


花音「……まさちゃん?」

不審に思って振り返った花音は、その場で息を呑んだ。


雅恵も、ニコールも、美月も、まるで時間に縛られたかのように、その場で動きを止めていた。


花音(また……これ……!)


心臓が大きく跳ね上がる。


過去に一度だけ経験した、時間が止まる現象。

それが再び、目の前で起こっている。


原因はただ一つ。


花音「あっきぃ……!」


彼が“時間のコンパス”を起動させたのだ。

それが意味することは、ひとつしかない。


この世界と“影の世界”を隔てる結界の裂け目から、新たな妖怪が侵入してきた。


迷うことなく、花音は走り出した。


旅館の廊下を全速力で駆け抜けながら、耳を澄ます。


──聞こえてくるはずの、”時間のコンパス”の音。


けれど、何も聞こえなかった。


足音だけが廊下に虚しく響き、壁に吸い込まれていくようだった。


花音「あっきぃ?!」


静寂を裂くように、花音が叫ぶ。


だが、返事はない。


その代わりに、頭の中に直接、声が響いた。


『花音さん! 僕は旅館の外にいる!』


明の声だった。

彼はテレパシーを使ったのだ。


-----


花音は迷うことなく、勢いよく障子戸を開け放ち、夜の冷たい空気の中へと飛び出した。

同時に、血の中に眠る神の力を解き放つ。


黄金の光が彼女を包み、瞬く間にその姿を変えていった。


明はすでに戦いの構えを取っていた。

手には大幣おおぬさを握りしめ、その瞳は研ぎ澄まされた刃のように鋭い。


明「雷花様は神社に残った。ここは僕たちで何とかするしかない。」


花音は無言で頷き、腰の刀を抜いた。


その瞬間、闇の中から悪霊が飛び出してくる。


それは形の定まらない黒い霧の塊で、まるで意思を持つ影のように蠢いていた。

燃えるような赤い瞳が、虚空に浮かんでいる。


そして、一瞬で間合いを詰めてきた。


花音(……速い!)


反射的に身を翻し、斬撃を繰り出す。

だが、刀は空を切った。


隣で明が大幣おおぬさを振るう。

空間に舞い散る紙片が悪霊をわずかに弱らせた。


明「ええと……どうするんだっけ……」


呟きながら、大幣おおぬさを背中にしまう。


そして、気を引き締めるように息を吸い、手を組む。


その瞬間、黄金の符術が宙に浮かび上がった。

彼の手の動きに合わせて、光の紋様が形作られていく。


封印術だった。

それを悪霊に向かって放つ。


だが、

一瞬のズレ。

わずかに狙いが逸れ、封印の光は妖怪の体を掠めただけだった。


明「くそっ!」


飛び退くのと同時に、悪霊の爪が彼のいた場所を切り裂いた。


花音は歯を食いしばる。


花音(このままでは……間に合わない!)


そんな時――


「封印を信じて!」


どこか遠くから、花音しか聞こえない女性の声が響いた。


花音は迷いを捨てた。

思考を手放し、ただ己の直感に従う。


身体が自然と動いた。

足の角度も、刀の軌道も、まるで最初から決められていたかのように、すべてが完璧だった。


気がつけば、悪霊の逃げ道を完全に塞いでいた。


そして、

一閃。


刀が悪霊の闇を裂いた。


花音「今だ、あっきぃ!」


明が再び印を結ぶ。


明「……封!!」


彼の掌から放たれた封印の紋様が、妖怪に直撃した。


黄金の鎖が瞬時に妖怪の体を絡め取り、容赦なく締め上げる。


悪霊「ギャァァァァァ……!」


耳を裂くような悲鳴が夜空に響いた。


悪霊はもがき、暴れ、逃れようとするが、聖なる力の前ではどうすることもできない。


花音は刀を高く掲げる。


花音「……終わりよ。」


刃が一閃し、悪霊の体を真っ二つに断ち切った。


影が弾け、黒い霧となって空へと消えていく。

叫びも、闇も、すべてが風に溶けるように消え去った。


そして、辺りには再び静寂が訪れる。


ただ、冷たい風が闇に包まれた通りを吹き抜け、乾いた葉のざわめきを運んでいった。


赤く染まった楓の葉が渦を描き、光の女神と若き神主の周囲を舞う。


明は身震いしながら、宙に浮かぶ”時間のコンパス”を見上げた。


風が吹くはずのない、静止した世界。

それなのに、葉は舞い、風は確かにそこにあった。


明「あり得ない……どうしてこんなことが?」


眉をひそめ、渦巻く葉とコンパスを交互に見つめる。


花音もまた、張り詰めた緊張を滲ませながら辺りを探る。

金色の瞳が闇を貫くように鋭く輝いた。


だが、彼女の警戒をもってしても、その存在に気づくことはできなかった。


紅葉の渦の中から、影のように現れた一つの人影。


狐面の女。

そして、その傍らに立つ、長いコートを羽織った男。


男のフードの下に隠れた瞳が、じっと花音たちを見つめていた。


狐面の女「流星様……また増えておるようじゃの。」


その声音はどこか甘く、揺らめく炎のように妖しかった。


流星「当然だ。」


流星と呼ばれた男は、わずかに鼻で笑った。

その声は穏やかでありながら、冷たい刃のように響く。


流星「……俺の存在そのものが、アイツの牢獄と繋がってるのだから。」


指先で一本の楓の葉をつまみ、くるりと転がす。


流星「転生した神々の力に引き寄せられた悪霊どもが、こぞってこの世界へと入り込もうとしている。」


薄く笑みを浮かべた。


流星「そして、奴らが通るたびに結界の裂け目は広がり続ける。いずれ……」


──Bランクの妖怪さえ、この世界に足を踏み入れることになる。


その未来は、もう避けられなかった。


流星の視線の先で、花音と明の二人は旅館の入り口へと姿を消す。


淡く灯る提灯の光が、彼らの背中をぼんやりと照らしていた。


それをじっと見つめながら、流星はゆっくりと手を上げる。


胸に触れる指先。


そこには、深い傷跡が刻まれていた。


流星「……ふふ。」


その唇が、ゆっくりと笑みを刻む。


流星「そして俺の死の封印は、必然的に橘神主へと導かれる。」

キャラクター紹介 007


エンゲルス ニコール


誕生日:8月2日(17歳)

所属:○○高校・2年2組

身長:170cm

血液型:A型

兄弟姉妹:なし

趣味:スキー


性格:

いつも明るく丁寧。どんな時も友達を支えようとする優しさを持つ。

ただ、自分のことになると少し無口で、聞かれない限り多くを語らない。


備考:

♢ ドイツ人・留学生

♢ 白石家でホームステイ中

♢ 夏より冬が好き

♢ 洋弓の経験あり(部活には入っていない)

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