第9話 王太子アルフレッドの登場
周囲の貴族や学園関係者は、騒然としながらも黙って二人のやりとりを見つめている。
これだけの証拠が提示され、さらにクラリッサ自身の素性や違法魔法道具の密輸への関与が疑われている以上、もはや擁護しきれない。
ヒューバート殿下は、悔しそうに顔を歪めながら私を見やる。
「リリア……。お前がここまで手を回していたとは」
「手を回すとは心外ですね。あくまでも自分の身を守るためにしたことです。私が動かなければ、公爵家や領地、そして王家にまで被害が及んだかもしれないのですから」
私は一歩踏み出すと、殿下をまっすぐ見据えた。これまでの私なら、こんな態度は決して取れなかっただろう。
けれど、私は公爵家の誇りを胸に、絶対に泣き寝入りはしないと決めたのだ。
と、大きな音を立てて会場の扉が開いた。
その瞬間、騒然としていた場の空気が、すうっと凍る。
「これは……王太子殿下……!」
人々がざわめきの中でひれ伏す。そこに現れたのは、王太子アルフレッド殿下だった。
穏やかな表情を湛えながらも、王族らしい鋭いまなざしで会場を見渡す。
ヒューバート殿下が、いたずらが見つかって叱られる子供のように身をすくめるのも無理はない。
「今日は弟の卒業を祝おうとやってきたのだが……この騒ぎはなんだ」
アルフレッド殿下は周囲の者に促され、ゆっくりと壇上へ進む。そこには、さきほどまで私が読み上げていた証拠書類の束が置かれていた。
そして殿下は、ちらりと書類に目を通すと、数枚を手に取り、短く声を発する。
「なるほど。ヒューバート――これはどういうことだ? 卒業式で大々的に婚約者を断罪したと報告は受けていたが、聞いていた話とはだいぶ違うようだね」
ヒューバート殿下は明らかに焦りながら答える。
「兄上……。これは、その、リリアの……いいえ、リリアが……」
「ああ、リリア嬢が悪女だとでも? だが今見たところ、証拠が示すのはクラリッサ嬢の方が悪事を働いていたという話だ。異国の没落貴族で反逆罪を犯した一族……さらに違法な魔法道具の密輸疑惑、か」
アルフレッド殿下に疑惑を知られて、クラリッサの顔面は見る見るうちに青ざめる。
先ほどまでの上品な令嬢の仮面を保っている余裕など、とうになくなっていた。
私から見ても王太子アルフレッド殿下は公正なお方だ。
だが、幼少の頃から多少の面識はあるものの、今回の件で私のことをどれだけ信じてくださるかは未知数だった。
しかし、実際に殿下は裏を取っておられたのだろう。私の提示した証拠を目にしても、全く動じていない。
むしろヒューバート殿下の醜態を前に、厳かな静けさで場を支配している。
「クラリッサ嬢」
アルフレッド殿下が淡々と名前を呼ぶ。
その声には、王家の責任者としての重みが宿っていた。
「あなたの家の出自、及び違法な魔法道具の件については、私のもとにも既にいくつかの告発が届いている。もし事実ならば、あなたは国家に仇なす危険人物だ」
王太子殿下が断罪の言葉を口にするや否や、クラリッサはギョッとした表情で後ずさった。
「そ、そんな……私は、ただ……」
「……ただ、何だ?」
「私は、私はただ……素敵な殿下に救われる平民出身の令嬢として、貴族社会に受け入れられたかっただけですわ! そして、そして……」
自棄を起こしたのか、クラリッサは懇願するようにヒューバート殿下に腕を伸ばすが、もう彼が手を取ることはない。
彼はむしろ顔を背け、握りこぶしを作っている。
そんな様子を見て、アルフレッド殿下は軽く嘆息し、続けた。
「そして――何だ? どうやらヒューバートの英雄願望とやらを利用して、あなた自身の立場を得ようとしたらしいが、その過程でリリア嬢や公爵家を陥れる行為に出たとなれば、最早言い逃れはできん」
会場内の空気がざわざわと揺れる。
――ここで私が決定打を打たねばならない。
私はクラリッサに向き直り、はっきりとした声音で言う。
「クラリッサ嬢、あなたは悪評を押し付けたり、私の署名を偽造したり、裏で工作を続けていましたね。その理由は私を貶めて殿下の寵愛を奪うためでしょう。でも、それだけならまだ『醜い嫉妬』の域を出なかったかもしれない。けれど――」
私は資料を一枚掲げる。それは、クラリッサが国外の商人と『幻惑鏡』以外の違法魔法具のやり取りをしていた証言がまとめられたもの。
「国家を転覆させる恐れのある危険な道具を、あなたは持ち込もうとしていた。これで何をしようとしていたのか、まだすべては解明されていませんが……いずれにせよ、これは重大な犯罪行為となり得ます」
「違う! 私は、ただ……その魔法道具を……ヒューバート殿下がもっと注目されるように、少しだけ協力しただけで――」
クラリッサの言葉に、会場が凍りつく。
もし彼女が言うことが事実ならば、ヒューバート殿下自身もそれを承知で利用していた可能性がある。人々の視線が殿下へ集中する。
殿下は激しく首を振って否定した。
「馬鹿を言うな! そんな事実はない! 俺はそんな……法に触れるような真似まではしていない!」
殿下の動揺した声は、むしろ無自覚ゆえに巧妙に利用されていたことを示しているともとれる。
だが、その声はもうアルフレッド殿下には届かない。
周囲の貴族たちの目も、ヒューバート殿下を非難していた。
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