第8話 クラリッサの糾弾
次に私は、クラリッサ自身の出自の疑惑について切り込むため、冷静に口を開いた。
「彼女の家は単なる男爵家ではなく、外国で反逆罪を起こしたとされる一族に連なっているという疑いもあるようです。もちろんそれだけであれば罪には問えません。けれど、その一族はかつて違法な魔道具を製造し、国家転覆を企てた経緯があるのです。そしてクラリッサ嬢の家が、その魔道具の密輸に関与している可能性が浮上しています」
そう言いながら、私は兄や情報屋たちが調査を重ねて集めた資料の複製を手に取って、ヒューバート殿下へと差し出した。
「殿下、これをご覧ください」
そこには、兄や情報屋たちの協力のもとで得られた情報の中でも、最も重要な証拠が書かれている。
それは、クラリッサが密かに所持していた『幻惑鏡』という魔道具についての情報だった。
「この魔道具は、『幻惑鏡』というものです。この鏡は、対象者の心象を歪め、周囲の人々に悪印象を抱かせる力を持っています」
それを聞いて、殿下の目が見開かれた。
「そんな魔道具が……本当にあるというのか?」
「ええ。『幻惑鏡』は、かつて諜報活動で使用されていました。しかし現在では、製造も所持も禁じられている違法な魔道具です」
この魔道具は、使用者が他者を「悪人」または「好感の持てない人物」と認識させる力を持つ。
鏡を通して間接的に対象を見ることで、その対象が周囲から嫌われるように仕向けるのだ。
具体的には、対象の声を不快に感じさせたり、態度を攻撃的に見せたりする。
元々は戦争中の諜報活動に使われていた道具で、敵陣の指揮官や要人の信頼を失わせ、組織を内部崩壊させる目的で開発された。
現在は国際条約によって使用が禁止されており、製造するだけでなく所持しただけでも重罪になる。
その危険性から、「感情干渉系魔道具」の一つとして特に厳しく取り締まられているのだ。
「クラリッサ嬢はこれを密かに使い、私の悪評を流していたのです」
「証拠は……あるのか」
「こちらがその証拠です。クラリッサ嬢の一族が、追放される前に違法魔道具の製造に関与していたという記録です。また、現在も密かにその取引が続いているという商人たちの供述も含まれています」
会場の空気が凍りついた。
静まり返る中、私の声だけが響いていた。
「これが事実であれば、王家にとって重大な問題となります。もし殿下が私との婚約を破棄し、クラリッサ嬢を婚約者に選ぶようなことがあれば、それこそ国家にとって由々しき事態です」
私の言葉に、ヒューバート殿下の顔が真っ青になる。
彼は無言のまま立ち尽くし、手の中の証拠書類を震える手で握り締めた。
「なんで私の邪魔をするのよっ!」
突然、クラリッサ嬢が叫んだ。
その声は耳をつんざくような鋭さで、会場の注目を一身に集めた。
さっきまでしおらしい態度を装っていた彼女が、急に表情を歪め、怒りをあらわにしている。
学園の卒業式に続く夜会――その場での公開処刑のつもりが、いつの間にか逆の展開となっていることに焦りを感じたのだろう。
卒業式も兼ねたこの夜会では、ヒューバート殿下とクラリッサが私を糾弾する側、私が断罪される側、という構図で幕を開いたはず。
けれども、私が集めてきた証拠の数々が周囲に知れ渡った今、空気は一変している。
「邪魔を……する?」
私があえて冷静な口調で尋ねると、クラリッサは慌てて口をつぐんだ。
「そ、そうよ。リリア様が私に嫉妬しているからって、でっち上げの罪を着せようとしているのは明らかだわ!」
激しい口調だが、震える声の端々に明らかな動揺が見え隠れしている。
「私はただ事実を示しただけです。皆様もご存じのとおり、この証拠は公爵家の正式なルートで集めたもの。私が個人で捏造できるものではありません」
私は遠巻きに見ている王宮関係者へと一礼する。
緋色のドレスを纏ったクラリッサは、蛇のように目を細めると、その場でヒューバート殿下の腕を掴んだ。
「ヒューバート様……! こんなの全部嘘に決まっていますわ! だって、この人は昔から私をいじめて――」
「クラリッサ、もうやめろ」
ヒューバート殿下が低い声で制する。
先ほどまでの威勢はもはやない。殿下の顔色が悪いのは、王族としての面目丸つぶれの状況を理解しているからだろう。
「やめろって……だって、あんなの、ただの――」
「黙れと言っている」
ヒューバート殿下はクラリッサの手を乱暴に振り払った。
それは、つい先ほどまで彼女をかばい続けていた人間の態度とは思えないほど冷たいものだった。
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