第7話 調査
「私がクラリッサ嬢をいじめた事実も、彼女の立場を嘲笑した事実も、一切ございません。私の周囲の知人や関係者から証言を取りましたが、彼女の主張に具体的な裏付けはなく、逆に私が無関係なところで彼女から嫌がらせを受けていたという確たる証言がございます」
堂々と言うと、ヒューバート殿下は少し気押されたように見えた。
「証拠だと?」
「ええ。こちらに」
私は控えていた侍女に合図をして、書類の複製を持ってこさせ、殿下に渡す。
クラリッサが現れてからというもの、私にまつわる悪質な噂が絶え間なく流れた。
たとえば、私が誰かを苛めたとか、贈り物を横取りしたとか。
これらの噂には、奇妙な一貫性があった。
どの話も、実際には何の根拠もないまま人々の間で広がり、やがて既成事実のように扱われるようになっていたのだ。
私はこの一年間に起きた不可解な出来事を整理し、冷静に分析した。
感情的に騒いでも事態は好転しない。貴族社会は面子と証拠が物を言う世界だ。
私は、理詰めでこの問題を解決することを決意した。
私が被害者であることを証明するには、クラリッサの悪行の動かぬ証拠を集める必要があるし、さらにヒューバート殿下の愚かしさ――いや、彼の不誠実さを公に示さねばならない。
さっそく私は、各地の領地に駐在する公爵家の協力者や情報屋に連絡を取って、クラリッサの素性と過去の言動を徹底的に調べてもらう手配をした。
少々強引かもしれないけれど、公爵家の次期当主で、王太子殿下の側近である兄が動けば、王宮周辺の話も調べられる。
情報屋や兄のつてをたどり、色々と調べを進めるうちに、驚くべき事実が続々と浮かび上がってくる。
なんと、クラリッサ・ユールは、身分を偽っているらしいのだ。
表向きは「平民に近い地位の男爵家」とされているが、実は別の国の没落貴族が移り住んだものだった。
それだけならまだしも、その一族は過去に反逆罪で処刑された家系に繋がっていた。
それを隠すために王家に取り入ろうとしていたらしい。
さらに、違法な魔法道具の密輸に関与している、という疑惑も浮かんできた。
そもそも、別の国で没落したのも、その『幻惑鏡』を開発販売していたからだった。
もちろんこの情報はその時点ではまだ裏を取れていない部分も多く、単純に「魔法道具を売買しただけ」という話ならば、決定的な罪に問えるかどうかは分からない。
しかし、もし本当ならば、彼女が王家に近づくのはなんとしても阻止しなくてはならない。
それに私に対する学内での評判の低下は、その魔道具によるものではないかと疑っていた。
あんなに急激に生徒や教師までもが私に敵意を持つというのは、明らかにおかしい。
私は確たる証拠が欲しくて、危ないと承知の上で、さらに深く調べさせることにした。
すると、兄が私を心配して「自分も動く」と言ってくれた。
兄は公爵家の後継者として優秀で、王太子の側近かつ同級生で親友だから、王宮内でも顔が広く、心強い。
そんな兄が「ヒューバート殿下の周辺情報もちょっと怪しい」と眉をひそめた。
「怪しいって、具体的に何が……?」
兄が言うには、どうやらヒューバート殿下は『英雄願望』が非常に強いらしい。
何か大きな手柄を立てて、兄である王太子アルフレッド殿下以上に注目されたいのだとか。
そのために、クラリッサの哀れな境遇を救うという形で美談を作ろうと躍起になっているのではないかというのだ。
「それに殿下は『自分の見初めた娘を王妃にしたい』という思いが強いみたいだ。クラリッサの真っ赤な嘘を丸呑みしているんじゃなくて、嘘だと分かっていても利用している可能性もある」
そう言われると、何も知らないというわけではなく、殿下自身にも悪意があるのだろうか。それなら、ますます許せない。
王太子アルフレッド殿下の弟として生まれながら、独自の政治力を発揮したいヒューバート殿下は、まるで美談を作り上げるための道具のようにクラリッサを利用していた。
そしてクラリッサにも自分なりの野心があり、互いに利益を求めあって、私を陥れようと画策していた――というのが兄の調査で判明した事実だ。
すべての証拠が揃ったのが今日だったのは幸いだった。
私は、一つひとつ証拠書類を読み上げていった。
クラリッサが私の署名を偽造して領内の有力者に手紙を送っていたこと。
私の学友に、私の悪い噂を吹き込んでいたこと。
また、平民の同級生に金銭を渡して、私の制服をわざと汚したこと。
これらはすべて、私が独自に調べて掴んだものではなく、公爵家の正規のルートを通じて証拠を固めたものだ。
証人の文書は公証人立会いのもとに書かれており、信用性も高い。
読み上げるうちに周囲の空気が変わっていくのを感じた。
クラリッサの言っていた私の悪行が、実はクラリッサ本人のやっていたことだと分かってきたのだ。
すでに参列している王宮関係者の何人かは、落ち着かない様子で互いに目を合わせている。
親族として列席している私の家族だけが、冷静に成り行きを見ていた。
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