第6話 反撃の開始
だが今夜の夜会で、そんな私の願いは打ち砕かれた。
婚約破棄だけならまだしも、クラリッサの讒言によって、私は悪女のレッテルを貼られることになってしまったのだ。
それもこれほど多くの人々の前で。
卒業式で王子から婚約を破棄されるなど、前代未聞の大事件である。
それでも私は、内心の衝撃をおくびにも出さず、長年培った貴族としての毅然とした態度を貫いて頭を下げた。
「……畏まりました。殿下がお望みなのであれば、私も異論はございません」
その瞬間、周囲のざわめきが再び耳に飛び込んでくる。
「なんて冷静なのかしら」
「さすが公爵令嬢ね」
そんな囁きも聞こえたが、一方で私を非難する声も聞こえる。
「わざわざこの場での婚約破棄を選んだのだ。きっと本当に悪事を働いたに違いない」
しかし、私の頭をさらに冷たい現実に引き戻したのは、クラリッサの嫌味な一言だった。
「まあ、リリア様ったら潔いのね。そんなに簡単に退いてしまわれるなんて。悪事が露見してしまって諦めたからかしら」
その言葉に、私の頭の中で、何かがプツリと切れた音がした。
これまで、私は何度も耐えてきた。
クラリッサの根も葉もない噂に耐え、ヒューバート殿下が彼女の言葉を盲信して私を責めることにも耐えた。
いつか真実が明らかになり、殿下が私の言葉に耳を傾けてくれると信じて……それでも耐えていた。
だが、この一言が限界だった。
周囲から聞こえてくるざわめきや失笑、同情や好奇の視線が、全て私を刺す刃となる。
気がつけば、私の胸の奥が酷く冷たくなり、次第に凍りついていった。
――ああ、もうどうでもいい。
私は心の底からそう思った。
まさかこんなことになるとは思わなかった。
でも、もしかして、という予感は、常にあった。
だから私は、使わずに済むならそれでいいと思いつつも、この日に備えて事前に準備を進めていたのだから。
「……」
私は目を閉じ、一度深く息を吸い込む。
会場の空気は、きらびやかさとは裏腹に、どこか湿った不快感が漂っているように思えた。
殿下とクラリッサの仲が進むにつれて、私はどうにかしてクラリッサの化けの皮をはがせないかと模索した。
まず調べたのは実家の男爵家だ。
そこで、お父様に頼んで貿易先の相手国のことを調べてもらった。
貿易先は歴史のある王国が分割されてできた新しい国だった。
私は、どうして元の王国が滅亡したのだろうかと興味を持って、さらに調べてもらうことにした。
すると驚きの事実が浮かび上がった。
なんと、王太子の婚約破棄が原因だったのだ。
王太子には生まれた時からの婚約者がいたが、お相手の公爵令嬢は美貌も才知も併せ持っていて、どこにも瑕疵がなく、王太子はそんな婚約者を疎んでいたらしい。
フィルディア国と同じように、貴族の子女が通う学園で平民の特待生と出会った王太子は、これこそが真実の愛だと言って、卒業式で愛する娘を殺そうとした公爵令嬢に婚約破棄を叩きつけた。
でもそれは平民の娘とどうしても結婚したかった王太子のでっちあげた冤罪だった。
たとえ公爵令嬢との婚約を解消しても、王太子がただの平民の娘と結婚できるはずがない。
だがその娘が公爵令嬢に殺されそうになっても、愛を貫くけなげな娘だったならどうだろう。
しかも本当かどうか分からないが、娘は神秘の力を持っていて、聖女ではないかと言われていたらしい。
公爵令嬢は聖女を殺そうとしたとして断罪され、王太子に国外追放を言い渡された。
でも、ちょうど居合わせた帝国の皇太子が公爵令嬢にプロポーズして、令嬢は帝国へ嫁ぐことになった。
数年後、皇太子が皇帝に即位すると、愛する妃を冤罪で断罪しようとした王国を滅ぼしてしまった。
と、いうわけだ。
王太子と第二王子、平民と男爵令嬢という違いはあるものの、婚約者が公爵令嬢で、冤罪をかけられて婚約を破棄されるという状況はまったく同じだ。
でも私には助けてくれる王子様なんていない。
自分でこの窮地を脱しないといけないのだ。
だから私は、卒業式のこの日に、ヒューバート殿下から婚約破棄をされるかもしれないと覚悟して、周到な準備をしてきた。
改めて、後で陛下も含めて話をさせてもらおうと思ったけれど、そちらがあくまでも私を貶めようとするのであれば……。
これから反撃を開始させて頂きます。
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