第5話 悪意のある噂
だから、思い切ってクラリッサ本人に声をかけてみることにした。
噂になっている当人同士が面と向かって話しているのだから、周りの生徒たちが興味津々で見ているのが分かる。
こんなところでする話ではないのは分かっていたけれど、人の目がない場所での話し合いなどすれば、どんなひどい噂を立てられるか分からない。
これだけ証人がいれば、私がクラリッサをいじめているなどという馬鹿げた噂は、すぐに鎮まるだろうと楽観視していた。
「クラリッサさん、ちょっとよろしいかしら。最近変な噂が出回っているようですけれど……私、あなたとほとんど話したことはないですわよね」
その時の彼女の反応は、まるでお芝居でもしているかのように怯えた表情を浮かべ……そして一瞬だけ、勝ち誇ったように唇を歪めたように見えた。
「わ、私、リリア様を困らせるようなことをしましたか……? もし気に触ることをしたなら謝りますから、お許しを……」
信じられないことに、クラリッサはすぐに泣きそうな顔をして、周囲に聞こえるように訴えたのだ。
その結果、そこに居合わせた生徒たちに私がクラリッサをいじめていると勘違いされてしまい、私が加害者、彼女が被害者という見方をされるようになってしまった。
私の行動は、まったくの逆行動になってしまったのだ。
しかもその後クラリッサは泣きながら走り去ってしまったので、誤解だと言うこともできない。
明らかに、クラリッサの行動は私を陥れようとしているものだった。
ヒューバート殿下にしてみれば、クラリッサは苦労を重ねながらも前向きに頑張っている庶民派の令嬢なのだろう。
俺が支えてあげなくては、と殿下が思うきっかけとしては、十分すぎるほどの下地が整えられていた。
クラリッサは、殿下に対しては健気さを全面に押し出し、時には涙ぐみながら「私なんて殿下のような尊いお方にはふさわしくありません……でも、ただ憧れてしまうのです」と語っていたという。
殿下からすれば、一見すると身分を弁えて遠慮しているように見え、さらに好感度を上げる結果になっていたようだ。
一方でクラリッサは裏では、私の評判を貶めるデマを流し、周囲を巻き込んで私が悪役であるというイメージを高めた。
あの頃の殿下は英雄願望に燃えていた。
王太子である兄上に追いつき追い越したい、世間に認められるような功績を立てたい……そんな思いを抱いていたのだ。
そこへ現れたのが、貧しい家柄だけれど努力家というクラリッサだ。
しかも、婚約者である私のいじめにも耐えるけなげな少女。
絵に描いたような英雄願望をくすぐるシチュエーションに、ヒューバート殿下は見事にハマっていった。
後から思えば、クラリッサはヒューバート殿下の好みや趣味を徹底的にリサーチしていたように思う。
殿下がどの科目に興味を持っているのか、どの教授を尊敬しているのか、どんな本を読んでいるのか――学園の生徒や教師たちにそれとなく聞き込みし、殿下が立ち寄りそうな場所で偶然を装って出会いを繰り返す。
ある時は、殿下が研究棟に向かう時間を見計らって、廊下で本を落としてみせる。
すると殿下は通りがかり、親切に拾って声をかける。
クラリッサは「ありがとうございます、すみません、またお会いしましたね……奇遇です」などと言って微笑む。
またある時は、中庭の花壇の前にそっと立ち、殿下が近づいてきた瞬間を狙って「わぁ、きれい……」と感嘆の声をあげてみせる。
殿下は「気に入ったのなら、学園の園芸部に頼んで分けてもらうといいよ」と嬉しそうに勧める。
それに対してクラリッサが「そんな、私にはもったいないです……」と上目遣いで返せば、殿下はますます自分が支えてあげなくてはと思う。
こうした偶然の積み重ねが続けば、何も知らない人間は運命すら感じるだろう。
二人の間に漂う空気は、まるで身分差を超えた純愛のように見えたのだから。
実際、私の目の届かないところで、クラリッサはそうした計算高い行動をしていた。
すべては第二王子殿下の寵愛を勝ち取り、公爵令嬢である私、リリア・セレスティアを排除するための準備だったのかもしれない。
今になって考えれば、腑に落ちることばかりだ。
そんなふうに、クラリッサ・ユールとヒューバート殿下はあちこちで顔を合わせるうちに、自然と会話を重ね、そして親密な関係へと進展していった。
ただそれは学生時代だけのことで、卒業して離れ離れになれば消えていく淡い恋心。
だから、この胸の痛みに耐えて、殿下を信じて目が覚めるのを待っていよう。
そう思っていたのに……。
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