第3話 クラリッサ・ユール
クラリッサ・ユールの噂を耳にしたのは、私が学園の三年生に進級した時だった。
「リリア様。新しく編入してきた子のことをご存じですか?」
当時はまだヒューバート殿下との婚約関係も良好で、私は日々の講義や貴族令嬢としての社交訓練に精を出しながら、時折殿下と学内で言葉を交わす平穏な生活を送っていた。
そんなある日、同じクラスの友人が尋ねてきたのだ。
「新しく入ってきた子……? 男爵家出身と聞いたけれど、こんな時期に珍しいわね」
基本的に王国の貴族は、王立学園を卒業しなくては、貴族籍を持てない。
爵位を継ぐのは嫡男や嫡女だが、それ以外の子女も両親が貴族であれば貴族籍を持てるので、ほとんどの子供が学園へ通う。
そのため、遠方で通学が厳しい生徒のための寮もあるし、経済的に厳しい家には奨学金や低利子の貸付制度がある。
だから学園に途中入学をするというのはとても珍しかった。
「男爵家といっても、地方の小さな領地だからか、平民に近いらしいです。それもあって、一人娘ですけど本人が爵位を継ぐのではなく、貴族の婿をもらう予定だったとか」
王国法では、爵位を継ぐのは男子が優先で、直系に男子がいない場合は女子の継承が認められている。
ユール男爵家には一人娘のクラリッサしかいないので、本来であればクラリッサが学園を卒業して男爵になるのだが、学園を卒業した男性を婿に迎えて、その婿が男爵になる予定だったのだろう。
地方の小さな貴族では、いくら学費を貸し付けてくれるといってもその返済が重荷になる場合もある。
それでクラリッサを学園に通わせないことにしていたのだろう。
それほど珍しい話ではない。
「それがどうして編入に?」
「なんでも最近は他国との貿易が成功して余裕ができたのだとか」
私は王子妃教育で学んだユール男爵家の領地を思い浮かべる。
確か辺境のはずれのほうで、これといった特産のない土地だったはず。
他国との貿易というと、最近独立したあの辺りの国との貿易かしら……。
男爵家の領地を越えた先には確か政変でいくつかの小さな国に分割された国があった。
そことの貿易ができるようになったのなら、確かに余裕ができるだろう。
「始めはどこの田舎者だと馬鹿にされていたようですし、実際マナーはひどいものらしいですけど、貴族らしくないところが人気になっているみたいです」
「そうなのね」
その時は、ただ珍しく編入生がやってきたという話をしていただけだった。
私が最初にクラリッサを見かけたのは、学園の中庭だった。
慣れない学園生活に細い肩を縮こませ、周囲に気後れしているのかと思いきや、近くにいた男子生徒たちと何やら楽しそうに談笑していた。
その頃の私は、まだクラリッサという少女に深く興味を持たなかった。
もちろん、男爵家の娘が王立学園でしっかり学べるのは立派なことだと感じていたし、偏見を持って貶めるようなこともなかったが、特に積極的に関わろうという気持ちもなかった。
だが、やがて学園の中でクラリッサの行動が問題になっていった。
「クラリッサって子、いつの間にかいろんな人と仲がいいみたいよ」
「特に男子生徒からの評判がいいわね。かわいらしいし控えめだし、つい守ってあげたくなるのかもしれない」
「でも、女子の中にはあまり良く思っていない人もいるみたい……。ほら、誰かが噂していたじゃない。クラリッサはああ見えて腹黒いって」
ひそひそ声で交わされるそんな会話が私の耳にも入ってくる。
とはいえ、どんな人間にも賛否はあるものだ。
私も公爵令嬢というだけで妬まれたり、変な噂を立てられたりした経験があるから、根拠のない噂を鵜呑みにする気もなかった。
ところが、そのクラリッサがヒューバート殿下と親しくなり始めた、という話を聞いた時には、さすがに胸がざわめいた。
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