第29話 辺境への対応
「もちろん懲罰的な意味もあったのだと思うけれど、ヒューバート殿下がいることで、辺境の様子をかなり詳しく知ることができたでしょう」
辺境は実力主義の地だから、内々で問題を解決することが多い。
それで問題が大きくなるまで、情報が王都に届かなかったのかもしれない。
そして、母はさらに切り出す。
「王太子殿下は、この問題を重く見ているみたいね。だから、あなたにも協力してほしいと言ってきたの」
「私に……?」
母の言葉に驚いた。
これほどの重大な事件に対して、私がどんな協力ができるというのだろう。
「王太子殿下はあなたがクラリッサの陰謀を阻止した時の手腕をとても高く評価していらっしゃるわ。それに、実際に調査をしたあなたなら、残党の手口に気づくことができるんじゃないかと期待しているみたい」
「高く評価……」
信じられずに、その言葉を繰り返す。
自分自身の冤罪を晴らすために奔走していたけれど、それをこうして認めてもらえるのは、こんなにも嬉しいものなのね。
「でも協力と言っても、何をすればいいのでしょう」
「了承してくれるのなら資料を送ると書いてあるから、リリアが直接手紙を出せばいいんじゃないかしら」
「私が王太子殿下に、ですか?」
元々、王太子のアルフレッド様とはそれほど交流していないから、彼がどういう気持ちで私に協力を求めているのかが分からない。
本当に私の能力を買ってくれているのか、それともヒューバート殿下のやらかしに対する贖罪のつもりなのか。
最悪なのは、弟を失脚させた恨みで、わざと関わろうとしているケースだけど……さすがにそれは考えすぎよね。
アルフレッド殿下は人格者だし、私に辛く当たってばかりのヒューバート殿下をたしなめてくれたこともあったわ。
そのせいで、余計にヒューバート殿下が私を目の敵にしたけど。
結果的に弟のヒューバートを失墜させてしまった私とは関わりを持ちたくないんじゃないのかという考えが頭をよぎったが、それならばわざわざ協力してほしいなどと言わないだろう。
「ええ。その方が早いでしょう?」
「分かりました。では早速殿下に手紙を書いてみます」
その他にも色々と話をしてから部屋へ戻った。
朝食の前に、王太子殿下へ手紙を書いてしまおうと思ったのだ。
事態は急を要するので、貴族的で曖昧な表現は避けて、こちらができることをまず書いていく。
具体的には物資の一部を公爵領で手配し、護衛の兵士たちをつけて辺境へ送る。
違法な魔道具がどのような効果を持つものか分からないけれど、直接攻撃するようなものであればもっと被害が大きくなるだろうから、おそらくクラリッサが使っていたような人の感情に作用するようなものではないだろうか。
だとすれば、あらかじめ用心していれば防ぐことができる。
クラリッサが捕縛されて押収した魔道具を調べたところ、悪い印象を持たせたい相手の声が聞こえると、それに合わせて耳で聞き取れない、不快な音のようなものが流れる仕組みになっていたらしい。
聞いている方はその音と私の声の区別がつかないので、自然と私の声を聞くたびに嫌悪感を抱いていく。
そのような魔道具ならば、少し改良をして、例えば商隊を襲った時にその音を聞かせて抵抗を封じることができるのではないだろうか。
その場合、襲った側も動けなくなるという欠点があるが、実は簡単に防ぐ方法がある。
それは、片側の耳をふさげばいいのである。
そのおかげで、クラリッサの影響は学園の中だけに留められた。
もし王宮全体に影響していたなら、私は冤罪を晴らすことなく処刑されていたかもしれない。
その情報は既に王宮と共有してあるはずだけれど、もしかしたら辺境には伝わっていないのだろうか。
だとすれば、公爵家の兵にその情報を周知させることも考えなくてはいけない。
それから……。
色々と考えているうちに、手紙はとても厚くなってしまった。
こんなに厚い手紙を送っても良いものだろうかと一瞬悩んだが、意見を求められているのであれば問題ないだろうと、そのまま送ることにした。
その日の午後、私は早速、領内の関係者を集めて話し合いを行った。
麦の生産や鉱山の管理を一旦任せている部下たちに、追加の指示をしておく必要がある。さらに、兵や護衛を派遣するとすれば、その人選や訓練状況を把握しなくてはならない。
執務室には、私の片腕として領地運営を支えてくれているルイスやセシリアなどが集まった。
もともと領地の改革案を一緒に進めていた人々だが、今回はそれに加えて「辺境へ協力するための新プロジェクト」を設置するのが目的だ。
「皆さん、急な招集で申し訳ありません。実は、国王陛下や王太子殿下からの要請で、我が公爵領からも辺境への支援を行うことになりました」
私がそう切り出すと、ルイスが真っ先に提案してきた。
「辺境への支援……魔獣討伐部隊の物資が不足しているんですよね。農産物や医薬品を送るとなると、こちらの在庫状況や輸送ルートを整えないと」
「その通り。私たちが扱う麦や薬草を向こうへ回すためには、領民への影響も考慮して配分を考えなくてはなりません。一方で、盗難や妨害の危険があるので護衛の手配も必要になります」
セシリアが深く頷き、手帳に何かを書き込んでいる。
「私が森の管理をしていることで、薬草や木材の備蓄はある程度見込めます。ただ、違法魔道具を手にする賊が現れたら、護衛だけで安全を守りきれるか分かりませんね」
「そうね。だからこそ、複数のルートを分散して使うとか、公爵家独自の人脈で商人を動かして、誰にも知られない迂回路を作るとか、工夫が必要かもしれないわ」
私は王太子殿下の書簡や、兄の調査情報をもとに、いくつかのアイディアを提示する。
可能な限り、安全と速さを両立させる方法を探り、同時に公爵領の経済にも過度な負担がかからないようにしなくては。
「リリア様、輸送計画に関しては、私がまとめてみます。兵の派遣についてはどうなさいますか。領内にはそれほど多くの兵力があるわけではありませんが、公爵家の私設騎士団なら数十名ほど動員できます」
ルイスがそう言ってくれるので、私は地図を広げて検討する。
まだ確定ではないが、訓練された騎士たちならそれほど大人数ではなくても、山賊や小規模な賊徒なら十分に対処できるだろう。
ただ、もし相手が違法魔道具を用いてくるなら、油断はできない。クラリッサが使っていた魔道具よりももっと強力なものを持っているかもしれないからだ。
魔道具を封じるための対策や、上級魔法の扱いに長けた人材も考慮したいところだ。
「分かりました。騎士団を派遣する案を優先してまとめましょう。それと並行して、王太子殿下やお兄様とも情報を共有して、王宮のほうからも何らかの支援が得られないか打診します」
話し合いを進めながら、私の心には一抹の不安が募っていた。
暗躍する勢力は、盗難だけではなく、より大きな妨害をしてくるかもしれない。
それこそ、別の領地を巻き込んだり、国際的な問題にまで発展させたり……。
今度は私だけでなく、多くの人々が苦しめられる可能性があると思うと恐ろしくなる。
それでも、やるべきことをやる以外に道はない。
セシリアがメモを取る様子に目を向けながら、私はそっと拳を握りしめる。
公爵令嬢としてできることを全力で尽くすのみだ。
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