第26話 辺境の地で(ヒューバート視点) 2
それから彼女と何度か話すうちに、王族として名を成したい俺の気持ちを真剣に聞いてくれた。
クラリッサは、自分なんかが殿下にふさわしいはずがない……と言いながらも、その瞳には俺への強い好意がにじんでいたように思う。
俺はそんな彼女を守りたい、救ってあげたい、そして自分も「弱き者を救う英雄として認められたい」――そんな思いでいっぱいになっていた。
兄との決定的な違いを示すなら、これしかない。
王族たるもの、身分の低い者をも救い上げる度量があると示せば、周りも俺を評価するのではないか。そう考えていたのだ。
同時期に、学園内でリリアに関する良くない噂を耳にするようになった。
彼女が身分の低いクラリッサを苛めている、妬んでいる、平民を見下す横暴な令嬢だ。
そんな話が絶え間なく聞こえてきたのだ。
俺はリリアの性格を知っているつもりだったが、彼女は公爵家の娘だし、周りにいるのは高位の貴族だけだ。
それで気づかれなかっただけで、実はプライドが高くて、クラリッサのような身分の低い者を嫌っているのではないか。
そう、思い始めたら止まらなくなった。
そこにクラリッサの涙ながらの訴えが加わり、俺の中では「リリアが悪人なのかもしれない」という誤解がどんどん強化されていったんだ。
「リリア、お前はいつからそんな卑劣な人間になっていたんだ」
そう言い放った日を、今でも思い出す。
彼女は驚いたように俺を見つめ、必死に否定していた。
だが、クラリッサが震える声で「彼女にこんな嫌がらせをされた」と語ると、なぜか俺の耳にはリリアの言葉より、クラリッサの言葉の方が真実味を持って聞こえた。
きっと既に「違法な魔道具」による幻惑効果で、俺の目にはリリアが冷酷に映っていたのだろう。
当時の俺は、そんな魔道具の存在など想像もしていなかったが。
そして、学園の卒業式が迫ったある日、俺は思い切った行動に出ることにした。
公衆の面前でリリアとの婚約を破棄し、「悪いのはリリア」という形にすれば、自然とクラリッサを守ることができる。
そして公爵家の娘の悪事を暴く「英雄」として名声を得られるのではないか。
当時の俺は、その考えに固執していた。リリアの真実に耳を傾けることもなく。
「リリア。君の行いをこれ以上許容できない。今後、僕の婚約者を名乗ることは一切認めない。婚約は破棄だ!」
卒業式で、俺は大広間でそう宣言した。
多くの卒業生や来賓が集まる中、リリアの評判が下がれば下がるほど、俺の行動は高潔なものとして見なされる。そんな浅はかな計算が働いていた。
クラリッサは俺の隣で涙ぐみながら「リリア様のいじめには、もう耐えられません……!」と訴え、俺はそれを誇らしげに支えるかのように振る舞った。
結果はどうだったか。
……最悪だった。
リリアは落ち着いた態度で真実を明かした。
いや、もっと正確に言うと、彼女の手でクラリッサの悪事が一気に表舞台へ出てきたんだ。
違法な魔道具、異国との不穏な取引、さらには王家をも危険に巻き込む陰謀。
それらすべてが、リリアの集めた証拠によって明るみに出て、クラリッサは一瞬にして追い詰められた。
不幸中の幸いだったのは、卒業式でリリアに婚約破棄を言い放った俺は、その魔道具による幻惑効果で、リリアに対する嫌悪感を不必要に抱かされていた「被害者」として扱われることになったことだ。
だが、当事者としての責任は重い。
俺自身が婚約破棄を大々的にやらかしたことで、公爵家の名誉を傷つけ、王家にまで泥を塗ったわけだから、言い逃れはできない。
最終的に、クラリッサは内乱の罪をかぶって処刑が決定され、俺は「愚かだが悪意ある加担者ではなく、被害者の面がある」として、死罪を免れたものの、辺境への奉仕活動――魔獣討伐任務を科されたわけだ。
……俺はあの日以来、王族としての尊厳を失った。
兄が苦渋の表情でそう命じた時、俺は何も言えなかった。
そもそも異国の違法な魔道具を持ち込んでリリアを陥れたのはクラリッサだったが、そのおかしな噂話を鵜呑みにし、彼女を新たな婚約者にしようと画策したのは、間違いなく俺だ。
しかも公の場でリリアを断罪し、無辜の罪を着せようとした。
これは国王である父も、王太子の兄も、見逃せるはずがない。
重い処分は当然だろう。
こうして俺は辺境へ赴き、魔獣討伐の最前線で日々を過ごすしかなくなった。
最初は、この地で魔獣退治で名を馳せて「英雄」と呼ばれるのだと意気込んでいた。
だがそんな甘い考えは、来てすぐに捨てるしかなかった。
身なりや称号は王族でも、実際には一兵卒と変わりない。馬に乗って山野を駆け回り、魔獣の群れを追い払う。
雨が降ろうが嵐になろうが、容赦なく出動命令が下る。
見たこともないような巨大な獣が牙を剥いて襲いかかってくることも珍しくない。
そこで怯んだら命はない。
命じられるがまま、剣を振り、魔力がある者は魔法を行使し、必死になって一匹でも多く屠る。それだけの日々だ。
最初は抵抗感があった。
「なぜ俺がこんなところで苦しんでいるのか」
「そもそもクラリッサに騙されたんだ」
と、自分を正当化する思いでいっぱいだった。
だが、次第に何も考えなくなる。厳しい自然、わずかな備蓄食料、そして襲いくる魔獣。
死と隣り合わせの環境にいると、過去の栄光や貴族的な言い訳は役に立たないと痛感するだけだ。
夜、ボロ布を寝床にしてじっと寒さに耐えながら、俺は自分の行いを振り返る。
そして、いつも同じ結論に至る。
なぜあの時、リリアの声に耳を傾けなかったのだろう。そんな後悔の念が、胸を締め付ける。
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