第21話 集落の市場
村から村へと移動する間、私とルイスは道端で休憩を取ることにした。
近くの小川で馬に水を飲ませ、麦藁帽子をかぶった子どもたちが走り回る光景に癒やされる。
「この辺りは特に土地が肥えているので、野菜や果物もよく育ちます。公爵領のなかでも農産物の品質が高い地域として知られていて、子どもたちも将来は農業を継ぐのだと張り切っていますよ」
ルイスが私に向かってそう教えてくれる。
彼の瞳はとても生き生きとしていて、この領地を大切に思ってくれていることが分かる。
私も、子どもたちが遊ぶ姿を見つめて心が弾んだ。
「そうなのね。将来は彼らが中心になって、この領地の農業を盛り立てていく……考えただけで楽しみだわ」
小川のそばでは小魚が群れをなして泳ぎ、子どもたちが歓声を上げながら川岸を駆け回っている。
平和と安らぎそのものの光景だ。
けれど、この平和を支えるためには、地道な努力と知恵が欠かせないのだと痛感する。
学園では政治や経済、魔法史などを幅広く学んだけれど、こうして現場に立つと、頭の中の知識がようやく血肉になっていくのを感じて心が沸き立った。
さらに数キロほど進むと、小規模ながら市場が開かれている集落にたどり着いた。
ここでは近隣の村から新鮮な野菜や手工芸品が持ち寄られ、週に数回、市が立つのだという。
村人たちは、見知ったルイスの顔を見ると慌てて道を開ける人もいれば、興味津々に近づいてくる人もいる。
「おや、ルイス様! こんなところまでいらっしゃるなんて珍しいですな」
「今日はご領主様のお嬢様を案内しているんだ。こちらがリリア様だ、ご無礼のないように」
ルイスに紹介された私は、途端に固まる村人たちに苦笑しながら声をかける。
「これからの参考にしようと思って領地を見て回っているのよ。あまり格式張らないでちょうだい。ルイスから聞いたのだけれど、あなたたちの市はいつも盛況らしいわね」
私の言葉に、村人たちは嬉しそうに顔をほころばす。
「そりゃあもう、この辺では一番の品揃えです。ぜひお嬢様も見ていってください」
「そうさせてもらうわね」
私はルイスの案内で市を見て歩いた。
そこには手作りのジャムや乾燥ハーブ、牛乳やチーズなどが並んでいる。どれも美味しそうだ。
王都では高級商人が取り扱う商品も多いが、こうした地元の小さな市には素朴で魅力的な品が溢れている。
私が子どもの頃に食べた記憶がある山羊のチーズを見つけ、思わず笑みがこぼれた。
「そうだ、久しぶりにこのチーズを買って帰ろうかしら。お母様や使用人たちと一緒に味わいたいわ」
敷物の上に座って山羊のチーズを売っていた白髪の農婦が、恐縮しながら慌てて立ち上がる。
「光栄です、お嬢様。お代は……そのう、お好きなだけで……」
「まあ、駄目よ。ちゃんとお支払いします。そこはきちんとしなければいけませんもの」
そう言って、小さな袋にチーズとハーブを詰めてもらう。
このチーズを食べるのは何年ぶりだろうか。懐かしい香りを感じつつ、私は周囲の賑わいに目を配る。
野菜を並べる農婦、革製品を売る職人、大きな籠を背負った行商人……皆、逞しく、そして活気にあふれていた。
「こうして地域の人々が自由に売買できる場所があるのは、とても大事ね」
「ええ、特に王都に遠い集落にとっては、こうした市場こそが生活の中心と聞いています。最近は王都の商人が目をつけて買い付けに来ることもあるそうで……」
ルイスの話を聞きながら、私は先ほどの穀物倉庫や水車小屋のことを思い返していた。
豊作や生産性の向上は確かに望ましいが、それを支える流通や保管の仕組みが脆弱だと、大きな利益にはつながりにくい。
更に言えば、海外や他国との交易を見据えるなら、道路整備や港の利用も視野に入れなければならない。
学園では貿易や関税の基礎も学んだが、それを実践するためには、やはり王太子領の港などとの連携が必要になるだろう。
「この小さな市場の賑わいを見ていると、もっと広い世界と繋がりたいって思えるわね」
「そうですね。この村だけでなく、全ての領地が力を合わせれば、遠方にも大きく売り出せるはずです」
私たちは市場を一回りしてから、集落の中央にある広場に腰を下ろした。
そこで護衛の人々と簡単な昼食をとることにする。
市場で買ったパンやチーズ、果物を広げると、じんわりとした幸せが体中を満たしていく。
王都での華やかな社交パーティにはない素朴さが、かえって心を癒やしてくれた。
「リリア様は、学園ではどんなことを重点的に学ばれたのですか? 私は詳しいところまでは存じ上げなくて……」
ルイスが興味深そうに尋ねてくるので、私は少し恥ずかしくなりながらも答える。
「政治経済や貴族の礼儀作法、歴史や魔法理論など、本当に幅広く習いました。正直、学園を卒業するまでは領地のことを具体的に考える機会があまりなくて……。それが今は、こうして現地を見て回ると頭の中で繋がっていく感じがするわ」
学園に通っていた頃の私は、王太子教育や社交界でのふるまいばかり意識していたと思う。
もちろんそれらも貴族としては大切な学びだが、今の私には、こうした領地運営の実務のほうが何よりも面白い。
学園で得た様々な知識や理論を、どれだけ現場で活かせるか試す機会でもあるのだから。
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