第20話 ルイスの同級生
倉庫を出た後は、さらに村の様子を見学させてもらった。
麦を乾燥させるための小さな施設や、家畜を飼う納屋、穀物を磨り潰す水車小屋などを一通り回る。
どこもとにかく人手が足りず、古い建物が多いわりにメンテナンスの余裕がないのだと分かった。
豊作は喜ばしいことだが、それを支える土台が十分ではない。
そんな中、ルイスが水車小屋のあたりで立ち止まり、私に耳打ちする。
「リリア様、最近発表された『水力を利用した精製の効率化』という論文をご存じでしょうか。私の同級生が発表したものなのですが……」
領地管理部門を任されているルイスは、確か伯爵家の出身だ。爵位を継がない次男か三男で、その能力を見込まれて公爵家で働いているのだろう。
「ええ、読みましたわ。羽根車の形状を工夫すると、粉挽きの効率がぐんと上がるというものですわね」
「ご存じでしたか」
ルイスが意外そうに目を見張る。
まだ学生だった私が出たばかりの論文を読むことができたのは、私がヒューバート王子の婚約者だったからだ。
ヒューバート王子と急速に親しくなったクラリッサ・ユールの背景を調べるために様々な方面からアプローチをしたのだけど、その時に興味を持ったものは片っ端から読みふけった。
そのおかげで、最新の論文に触れることができたのだ。
王子妃としての教育は厳しかったけれど、その時に得た知識でこうして領地に貢献できるのは嬉しい。
「ルイスの同級生の方であれば話が早いわ。もし他で実用化をしているのなら、うちでもお願いできないかしら……」
「それならば問題はないです。論文を出したものの、学会の重鎮に当たる方が今の水車の組合の長官を兼任しているので、出資者を募っても、どこからも門前払いをされていると聞きました」
「ああ、そういうことね」
つまり、現在の水車に利権を持っている重鎮とやらが、新しい水車を作るのを阻止しているということだ。
学会の重鎮というと……。
国家反逆罪で取り潰されたユール男爵家の寄り親の、侯爵家出身の人だったんじゃないかしら。
なるほど。侯爵家の権力で新たな技術を阻止しているというわけね。
でもユール家の一件であの家はだいぶ勢力を落としているから、父に後見してもらえばこれ以上の圧力をかけられる心配はなさそう。
「では父に頼んで招聘してもらいましょう。あなたの同級生であれば信頼できそうですし」
「ありがとうございます。彼女も喜ぶことでしょう」
「……彼女? 女性なの?」
「はい。平民の特待生でした」
ルイスの目の奥に、一瞬、私の対応を見極めるような色が浮かんだ。
だが私に平民への偏見はない。
優れた技術を開発して公爵家に利益をもたらしてくれるのであれば、平民だろうが貴族だろうが大歓迎だ。
しかも女性となると、様々な嫌がらせにも遭っただろう。
それを跳ね除けてあんなに素晴らしい論文を書いたというのは、尊敬に値する。
「平民で女性となると、とてもがんばったのね」
私の率直な感想に、ルイスは驚いた様子を隠さない。
「平民であろうが女性であろうが、仕事ができるのであれば何も問題はないわ。私だって領地の改革をしたいと意気込んでいるのよ? 性別なんて関係ないでしょう。むしろ他の家に取られなくてラッキーだったわ」
私の言葉にルイスは嬉しそうに笑った。
「ルイス、あなたも随分詳しいのね。領地の水車のことまで気にかけていたの?」
「ええ、公爵様の指示もありまして、一通りの施設は見て回っております。ですが、私ひとりの力では限界がありますので……。リリア様が領地に戻られるのを心待ちにしていたんですよ」
そう言って彼は照れくさそうに頭を掻く。
私が王都で苦しんでいた間、領地の運営を担っていたのは父とこうした若い担当者たちだったのだ。
彼らの努力に報いるためにも、私はまだまだ勉強しなければならない。
もとより私は、結婚や王族との関係に人生を委ねるより、自分が公爵家の一員として領地の将来を切り開きたいと思っているのだ。
村を後にすると、麦畑の向こうに広がる平原を横切って、さらに奥へ進む。
緩やかな丘を越えた先には、いくつかの集落が点在していて、それぞれが自前の畑を持っている。
こうした広大な土地を管理するのは簡単ではないだろう。それでも皆が協力し合い、少しずつ豊かさを築いているのだと感じられ、胸が熱くなった。
途中、小さな商隊らしき馬車とすれ違う。よく見ると、王都の市場向けに野菜や卵を運んでいる商人のようだった。
王都にも出荷されているなら、私も王都にいる間にその恩恵を受けていたのかもしれない。
今こそその恩を返す番だと思うと、なんだか不思議な気持ちだ。
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