第19話 領民との触れ合い
私は馬を降りて彼らに近づく。
「こんにちは」
「……へえ。こんにちはでございます……」
農民たちは、誰だろうと委縮したように私とルイスを交互に見る。
私の服装やソレイユを見て貴族だというのは分かっただろうが、誰だか分からないのだ。
「こちらは領主様のお嬢様、リリア・セレスティア様でいらっしゃいます」
ルイスが前に出て、私を紹介すると、農民たちはすぐに顔を明るくさせた。
「ご領主様のお嬢様ですか。こんな田舎までようこそいらしてくださいました」
「お元気そうで何よりです。収穫は順調ですか?」
そう声をかけると、農民たちは一斉に頷く。
「はい。おかげさまで、雨もほどよく降ってくれましたし、風害も少なかったので、今年はかなりの豊作になりそうです」
返ってきた率直な言葉は、王都での駆け引きや建前での会話に疲れていた私には新鮮に聞こえる。
同時に、こんな風に歓迎してくれるのは、この地を治めている父が慕われているからだというのが分かって、なおさら嬉しい。
「皆さんがこうして頑張ってくださっているおかげで、公爵家の領地は豊かでいられるのです。できるだけ快適に作業ができるように、私も協力したいと思っています。ご不便な点があれば、遠慮なくお話しくださいね」
私の言葉に、農民たちは感動したように頬を紅潮させる。
すると、麦束を抱えた初老の男性が、少し言いにくそうに口を開いた。
「せっかくいらしてくださったので、もし良かったら、倉庫のほうを見てくださらんか。実は、収穫量が増えている分、保管場所にいくらか難が出てきてまして……」
その言葉に私はすぐに頷く。こうした小さな声を拾うことこそが、この視察の目的だ。
「もちろん、ぜひ見せてください」
私とルイス、そして護衛を伴い、案内してもらったのは少し離れた場所にある古い倉庫だった。
周囲は麦畑が一段落した区画で、小さな木造建築が集まっている。
いかにも昔から使われ続けてきたという風格が漂っているが、それだけ傷みも目立っていた。
倉庫の扉を開けると、潮風にさらされていないはずなのに不思議と錆びた匂いが鼻をつく。
通路には麦の袋がぎっしりと積まれ、空気がこもって少し湿り気がある。
床材も一部がきしんでいて、荷物を運ぶには危険そうだ。
「ずいぶん古い倉庫なのね。雨が降った時には漏水の心配もあるんじゃないかしら」
「へえ、実際、かなり老朽化が進んでいて……。それでも、ここ以外にまとまった収納スペースがないんで、麦や他の作物を乾燥させたり保管したりするのに苦労しているんでございますです」
初老の農民の言葉に、私は眉をひそめながら室内を見回す。
確かにこのままではせっかく豊作になっても、保管の仕方が悪くて駄目になってしまう麦が出てしまいそうだ。
私は、学園で学んだ「大規模な穀物の保管方法」を思い出す。
湿度管理や定期的な風通し、害虫対策などに配慮しなければ、せっかくの収穫が目減りしてしまう。
特に大量の麦を扱うのであれば、専門の乾燥設備や風通しの良い倉庫が必要だ。
王都近郊の大商人や貴族領などの事例も教科書では読んだことがある。
公爵家の財力や技術を活かせば、いくらか改善できる余地はあるはずだ。
「ルイス、今の公爵家の倉庫や集荷場はどんな感じかしら? この辺り以外にも、少し離れたところに大きな施設はある?」
「はい、しかし大きな施設といっても規模はさほどではなく……。実はこの地域の麦を一度に保管できるだけの容量は確保できていないのが現状です。年度や天候によっては余裕ができる場合もあるのですが、今年のように豊作になると即座に足りなくなるのです」
私は腕を組んで考え込む。こうした問題は以前から抱えていたに違いないが、今回の豊作によって顕在化したと考えれば対策の緊急度は高いと言えそうだ。
「父にも相談しなくてはいけないけれど、できるだけ早めに対処したいわ」
より大きな倉庫を新たに建設するか、既存の建物を改修するか、……あるいは村同士で連携して分散保管を進めるかなど、方法はいろいろ考えられる。
学園で学んだ理屈だけでなく、実際の土地や人手の状況を見極める必要がありそうだが、少なくとも何らかの方針を提示したい。
「対策を検討します。倉庫の建設に資金と人手を投入できるか、あるいは小規模な改修を優先して分散保管の仕組みを整えるか……。詳しいことは一度、父と話してからになりますけど、しっかり考えます。皆さん、ご協力くださいね」
そう言うと、初老の農民は深く頭を下げる。
「感謝しますです、お嬢様。何かお手伝いできることがあれば、ぜひ言いつけてください。私たちも、この土地を豊かにするために力を尽くしたいのです」
その熱意に、私の胸まで熱くなる。
人々がこれだけ前向きなら、必ず何かしら良い解決策を見つけられるだろう。
私も学園で学んだことを生かせられそうなので、やりがいがある。
せっかく領地を視察できるのだから、取り残されていた小さな問題を見つけて、ひとつひとつ解決していこう。
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