第16話 公爵領を豊かにするためには
私は地図を静かにたたみ、机の上に置いた。
この地でなら、私も本当の意味での自由を感じながら、自分の力を試すことができそうだ。
王都には確かに華やかな刺激が溢れているけれど、その分だけ誤解や噂、争いごとも多い。
でも、この公爵領には広大な大地が広がり、人々が穏やかに暮らしている。
何より、自然の恵みを生かして領民たちと共に発展してきた歴史がある。
それを守り、そして発展させていくのが私の役目なのだと思う。
「明日から忙しくなるわね」
弾む声を隠しきれずに、私は明日に向けて就寝の準備をした。
翌朝。
朝日と共に目覚めた私は、さっそく領地の視察の計画を立てた。
まずは領内を全部見て回り、村や町の声に耳を傾けよう。
農民たちがどんな悩みを抱えているのか、収穫は順調なのか、川の治水は行き届いているか──そういった現場の把握が大切だ。
いつの間にか日が高く昇ってきたのに気づき、立ち上がって窓の外へと視線を移す。
穏やかな風が大地を撫で、庭に咲く花々を優しく揺らしている。
日の光を浴びてきらめくその様子は、まるで歓迎の踊りを踊っているかのようだった。
王都であれほど耳にしていた人のざわめきや石畳の響きが嘘のように、ここでは草木のささやきしか聞こえてこない。
一つ深呼吸して、その静けさと優しさを全身で感じると、自然と肩の力が抜けた。
こうしていると、心に空いた穴が、少しずつ温かな気持ちで埋まっていく気がする。
私も領民や使用人たちと一緒に、この地の恵みを感じながら、前へ進んでいきたい。
そんな想いが、しみじみと湧き上がってくる。
朝の支度をしに来たメラニーに、いつになく早起きをしたことを驚かれながら、シンプルなドレスに着替える。
部屋で朝食を食べてから母の部屋へ向かうと、ちょうど曲がり角で母が侍女と何やら話をしているところに出くわした。
私に気づくと、母はすぐに声をかけてくる。
「あら、リリア。もう起きたの? 早いわね」
「お母様こそ」
母が手に書類のようなものを持っているのに気づいて、じっと見つめる。
「せっかくだから、執務室で領内の書類を確認しようと思ったのよ。あなたも一緒に来る?」
「もちろん行きます。一度、実際に書類を見ながら領地の運営状況を把握したいと思っていたんです。現地視察の日程も組みたいし、やってみたいことがたくさんありますから」
「そう言ってくれると心強いわ。では執務室へ行きましょう」
母は侍女に軽く指示を出して、私と連れ立って歩き出した。
執務室へ向かう途中、窓から差し込む光を浴びた廊下を進みながら、私は自然と足取りが軽くなるのを感じる。
私が学園で学んだこと、王都で体験したこと。そのすべてを今度はここで活かす時が来た。
真実を示すために奔走したあの日々は決して無駄ではなかったし、むしろ私を成長させてくれたのだと、今ならはっきり言える。
廊下を抜け、執務室の扉を開けると、そこには重厚な机と書棚があり、窓際には応接用のソファが配置されていた。
領地にいる時に、父はここで公文書や領内の報告書などを取りまとめているのだろう。
母が壁際の書棚へと歩み寄り、そこからいくつかの資料を取り出した。
「リリア、まずはこのあたりの資料を読んでおいて。最近の農作物の生産量や、各村の人口推移、それから鉱山の採掘報告などがまとまっているわ。あなたがこれから何をするにせよ、まずこれらに目を通しておきなさい」
「ええ。そうします」
私はソファに座って資料を受け取り、一枚ずつめくっていく。王都で読んだ教科書的な情報とは違い、これは生きた資料だ。
生産量の増減、天候不良による被害、川の氾濫対策など、現地にいなければ分からない情報がそこには書き込まれている。
ふと、椅子に座って資料を読む母の横顔を見ると、真剣に文字を追っていた。
母はずっと公爵家を支え、領地を守るために力を尽くしてきた。
私が王子妃としての教育を受けてきたといっても、領地を運営するためのものとは違う。
少しでも学ばなければ、と思うと背筋が伸びる。
しばらく資料を読みこんでから、やはり公爵領をさらに豊かにするには、海路を使うのが一番だという結論に達した。
そこで私は、母に提案してみることにする。
「お母様、領内の改革をするにあたって、海路の利用を検討したいのですけれど……」
「海路を?」
「はい。隣接する王太子領の港をもし使わせてもらえれば、麦も宝石も海外との交易をもっと拡大できると思うのです。そうすれば領民の収入も増えますし、王国全体にとっても悪い話ではないはずです」
「まあ、もうそこまで考えているの?」
母が目を丸くして私を見る。
私は少し照れくさくなって、手元の資料に視線を落とした。
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