第14話 懐かしい領地の城にて
門へ向かう道沿いには、領民らしき人々が一目見ようと集まっているのが見えた。
私の帰還を聞きつけて出迎えてくれたのだろう。
彼らは公爵の家族である私や母を見て、遠慮がちに手を振ってくれる。
私は窓から笑顔で小さく手を振り返した。
そうすると、子どもたちが嬉しそうに飛びはね、年配の方々が深々と頭を下げて挨拶をする。
王都での華やかな社交とはまた違う、素朴で温かな歓迎に、心がじんわりと潤う気がした。
「お帰りなさいませ、奥様、お嬢様」
門をくぐると、城の正面玄関に執事や侍女たちが整列していた。
長年この地に仕える人々ばかりだ。
執事のホルトは年配で落ち着いた物腰の男性で、私がまだ幼かったころから何かにつけて世話をしてくれていた。
ここ数年、領地へ来ることがなかったので、こうしてホルトに出迎えてもらうのは久しぶりだ。
「ただいま、ホルト」
昔のように笑いかける私に、ホルトは懐かしそうに目を細める。
「お嬢様、お帰りなさいませ。お元気なお姿を拝見できて何よりでございます」
優しげな笑みを浮かべるホルトに続いて、他の使用人たちも口々に歓迎の言葉をかけてくれる。
母も深く頷きながら挨拶を交わしていた。
ホルトの横にいた従僕がさっと馬車のステップを下ろしてくれたので、侍女たちに続いて私は母より一足先に降り、軽く裾を整える。
「お荷物は我々が運び込んでおきます。部屋の準備はすでに整っておりますので、ゆっくりとお休みください」
「ありがとう。しばらくお世話になるわね」
母がホルトにそう伝えると、侍女たちは丁寧に頭を下げ、次々と荷物を運び始めた。
ここは、王都の邸宅とは比較にならないくらい空気が澄んでいる気がする。
周囲を見渡すと、石畳の敷かれた馬車寄せの周りには花々が鮮やかに咲いていて、玄関の正面から見える噴水が心地よい水音を奏でている。
古い装飾が施された重厚な扉は開け放たれていて、私たちを歓迎してくれていた。
城の内部は、王都の公爵邸と比べると素朴ではあるが、その分どこか温かみのある雰囲気が漂っていた。
廊下の壁には代々の公爵家が統治してきた歴史を感じさせる肖像画や、領地の風景を描いた大きな絵が飾られている。
床には赤茶色のカーペットが敷かれ、足音を優しく吸収してくれるので、静寂の中をゆったりと歩くことができる。
私と母は、出迎えに来てくれた使用人たちに軽く挨拶を済ませると、それぞれの部屋へ案内された。
母はこの城の奥にある領主夫人の部屋へ。そして私はかつて使っていた自室へと向かう。
久しぶりに訪れるその部屋は、幼かった頃の思い出とともに、どんな変化を遂げているだろうか。
扉を開けると、懐かしい香りが鼻をくすぐった。ラベンダーのポプリだろうか。
優しい花の香りに混じって、わずかに石造りのひんやりした匂いもする。
壁は淡いベージュで、白を基調とした家具が配置されている。
ずっと使っていない部屋のはずなのに、古びた感じはまったくなかった。きっと侍女たちが常に手入れをしてくれていたに違いない。
「昔と変わらないわ……」
そう呟きつつ、私は室内をぐるりと見回した。
大きなベッドの傍にはレースのカーテンを掛けた窓があり、窓辺には白い椅子と小さなテーブルが配置されている。
ふと、そのテーブルの上にある花瓶に目が留まった。
薄いピンク色の薔薇が生けられていて、葉っぱは青々としている。きっと今日、摘み取ったばかりなのだろう。
忙しい中でも部屋を整えていてくれた侍女たちの気遣いがありがたい。
荷物を運び入れていた侍女が、私に向けて控えめに微笑む。
「久しぶりに戻ってきたのに、こんなに綺麗にしてくれてありがとう」
「何かご入り用のものがありましたら何なりとお申しつけください」
感謝の気持ちを告げると、侍女は嬉しそうにお辞儀をして退室していった。
部屋に一人きりになると、改めて広さが身に染みる。
窓から差し込む夕日が床に柔らかな陰を作り、そこには小さな埃ひとつすら見当たらない。
私は窓辺に置かれた椅子に腰掛け、外の景色を見渡した。
緑が遠くまで広がり、その向こうには山々が連なる。
どこまでも広がる空と、柔らかな雲の流れ。
王都のように大きな建物や石畳の道は見えず、街の喧噪や馬車の行き交いも聞こえない。
代わりに聞こえてくるのは風にそよぐ草木の音と、家路を急ぐ鳥たちのさえずりだけだ。
この地で私に何ができるだろう。
王子妃として学んだ日々が、公爵領の助けになれればいいのだけれど……。
窓の外が夕闇に包まれていくのを見つめながら、私はずっと考えていた。
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