第13話 新たなる始まりと故郷の風
12話の終わりのほうを書き足しています
コピーし忘れていました(汗
数日後、私は母と侍女のメラニーと一緒に王都を出発した。
行き先は父が治める公爵領だ。
私は、しばらくは王都から離れて、領地でゆっくり過ごすことになっている。
ヒューバート殿下との婚約破棄とその後の裁定が下されたあの日から、まだ日が浅いというのに、まるで何年も経ったような気さえしている。
それほど非現実的で濃厚な日々だった。
四頭立ての馬車に揺られて門を出ると、王都の喧騒が少しずつ遠ざかっていく。
石造りの町並みはやがて姿を消し、郊外に広がる緑の草原や、穏やかな風に揺れる麦畑が視界を支配するようになった。
私が乗る馬車の窓から差し込む光は、王都のそれよりも幾分柔らかく、黄味がかった温かな色合いを帯びている。
王都の大通りは常に人や馬車が行き来し、石畳に反響する蹄の音と活気に満ちた人々の声が入り混じっていた。
あれはあれで刺激的な場所ではあるけれど、今こうして眺める田園風景の、心を穏やかにしてくれるような優しい空気には叶わない。
これから向かう公爵領は王都から馬車で約一日ほどの距離にあるけれど、景色の様相はまるで別世界のように異なっている。
馬車の揺れを感じながら、ゆっくりと息を吐いてみる。
ここしばらく胸の奥に張りつめていた何かが、ふっと軽くなった気がした。
王都にいた頃はずっと、厳しい視線や噂話の波にさらされていた。
公爵令嬢という立場に加えて、第二王子の婚約者という重圧は、思ったよりも私を疲弊させていたのだろう。
初めて全てから解放されたような、そんな気がする。
私は今、やっと自由を得たのかもしれない。
そっと隣に座る母を見る。
私にとっては少し厳しく、しかし誰よりも温かい存在だ。
揺れる馬車の中でも背筋を伸ばして優美に腰掛ける姿は、さすが公爵夫人といったところだろう。
茶色い髪をきちんとまとめ上げ、落ち着いた色合いのドレスを身にまとっている。
母の横顔に疲れの色は見えず、むしろ私を気遣う柔らかいまなざしでこちらを見返した。
「リリア、疲れていない?」
「ええ、平気ですわ。お母様こそ、お辛くないですか?」
母は小さく微笑んで、私の手にそっと触れた。
その温もりだけで、なんだか心がほぐれていくような気がする。
いくら平静を装っていたとはいえ、あの婚約破棄騒動は私だけでなく、家族にも大きな負担を強いた。
母は絶えず私を案じてくれていたし、父も兄も、私を守るために王宮へ奔走してくれた。
結局、第二王子は厳しい処分を受け、クラリッサは王家への反逆も含めた取り調べを待つ身となった。
家族の協力がなければ、冤罪によって罪を問われたのは私のほうだったかもしれない。
そう思うと、私のことで家族には本当に心配をかけてしまったと思う。
「あなたのほうこそ、本当に大変だったのですもの。少しのんびりなさい。領地でなら、誰にも気を遣わずに過ごせるわ」
母の言葉に、私は頷いた。
王都での喧噪はもう忘れて、しばらくは心を休めながら、同時に公爵家の長女としてやるべきことを学んでいこう。
何も望めなかったあの息苦しい日々とは違い、今の私は次の一歩を踏み出す準備ができているのだから。
馬車の旅は順調に進み、夕方には父の治める領地の入り口にあたる街道にさしかかった。
辺りには麦畑が広がり、熟れ始めた穂が風に合わせて金色の波のように揺れている。
茜色に染まった空、白い雲、その下に続く黄金の海──王都ではまず目にすることのない、壮大で静かな風景。
私が窓を開けて息を吸い込むと、甘い土の匂いと、日差しに温められた麦の穂の香りが混ざり合って鼻孔をくすぐった。
「懐かしいわ……」
思わず独り言のようにこぼす。
幼い頃、学園に入る前は毎日この景色を見ていたはずなのに、いつしか記憶の片隅に追いやられてしまっていた。
田園から吹き抜ける風が、髪をやさしく撫でた。
やがて道が緩やかにカーブし始めると、大きな川を渡る橋が見えてくる。この川こそが公爵領を潤す重要な水源だ。
豊富な水量は麦の栽培はもちろん、近隣の村々の生活を支え、さらには川沿いの交易路としても機能する。
川の向こうには小高い丘がいくつも連なり、その合間に広がる森の緑がどこか奥深さを感じさせた。
街道を進むと、視界の先に公爵家の拠点となる城の塔が見え始める。
王都の邸宅と違い、領地での業務や来客を受け入れるための建物で、規模としては中くらいの城だ。
外観は落ち着いた灰色の石造りで、見上げれば尖塔がいくつもそびえていた。
周りには戦乱の頃に築かれたかつての城壁が一部だけ残っていて、歴史と共に積み重ねられた時の流れを感じさせる。
かといって全体的に荒れた印象はなく、改修を重ねてきたため品位が保たれている。
この城は古くは軍事拠点としての役割も果たしていたらしく、その名残が城壁や中庭の造りにもわずかに残っているのだ。
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