第11話 婚約破棄にはざまぁを添えて
後日、私と家族は王宮へ呼ばれた。
緊張で胃が重くなるのを感じながら、父と兄の後ろをついていく。
王宮へ来るのはこれが初めてではないが、今回はこれまでとは意味が違う。
この場はただの社交でも、式典でもない。今回の目的は、裁定を下すための審議だった。
玉座の間に入ると、国王陛下が威厳のある姿で玉座に座していた。その両脇には高官たちが居並んでいる。
玉座の正面に据えられた広い空間には、ヒューバート殿下、そしてクラリッサとその両親が立たされていた。
クラリッサの両親は縄で縛られており、怯えた様子で体を震わせている。
その光景は異様で、玉座の間の豪奢な装飾がかえって冷ややかさを際立たせていた。
私は思わず息を呑んだ。この場で裁かれるのは、ただの貴族の争いではない。
王族であるヒューバート殿下が関与している以上、この審議は正式な裁判とは異なり、非公式の場で進められる。
しかも、ここで下される裁定は、王国全体に影響を及ぼす重大なものだ。
クラリッサは私に向かって一瞬だけ視線を投げた。
その瞳には憎しみと悔しさが滲んでいたが、すぐに視線を逸らした。
彼女が今、何を思っているのかは分からない。
だが、これまで私を陥れようと画策してきたあのクラリッサが、今この場で縄に縛られ無力な姿を晒していることに、私は何とも言えない感情を抱いていた。
父が私の背中を軽く押す。その仕草に励まされ、私は深呼吸をして顔を上げた。
兄が玉座に向かって一礼し、私たちは王家の許可を得て定められた場所に立った。
玉座から静かに国王陛下の声が響く。
「リリア・セレスティア。そしてその家族よ。そなたらをここに呼びつけたのは、今回の一連の事件について、王家として最終的な裁定を下すためである」
国王陛下の威厳に満ちた声に、私は深く頭を下げた。父や兄も同じように礼を尽くしている。
陛下の言葉には厳しさと共に、私たちへの配慮も感じられた。それがかえって胸に突き刺さった。
けれど、それと同時に、ヒューバート殿下とクラリッサの姿に心がざわつく。
私を追い詰めようとした二人が、今やこんなにも弱々しい姿を晒している。
冤罪をしかけようとした二人に憎しみを抱いたことがないとは言わない。
彼らの自分勝手な策略で、私は断罪されようとしていたのだから。
それでもこんな風にみじめな姿をさらしているのを見ると、複雑な気持ちになった。
審議が始まると、まずクラリッサとその家族の罪が一つ一つ明かされていった。
重々しい声で読み上げられるその内容には、私も耳を疑うようなものが多く含まれていた。
違法な魔道具の密輸、他国との不穏な取引、そして極めつきは他国と手を組んでの王宮に対する反逆計画。
そのどれもが、王国を揺るがしかねない重大な罪だった。
彼女たちの罪状が一つひとつ読み上げられるたびに、玉座の間の空気がどんどん重くなっていく。
クラリッサの家族は怯えきった様子で国王陛下に許しを請うが、陛下は一切の情けを見せなかった。
「そなたらの行いは、王国の平和と秩序を脅かすものであり、到底看過できるものではない」
クラリッサは泣き崩れながら必死に言い訳をしようとするが、その声は空虚に響くだけだった。
あの傲慢で自信に満ちていた彼女が、ここまで追い詰められる姿を見るのは、奇妙な気分だった。
まず、ヒューバート殿下に対する裁定が下された。
「ヒューバート、そなたの行動は、王族としての責任を著しく欠くものだった。王家の名誉を汚し、公爵家の娘であるリリアに対して不当に悪評を広め、婚約を破棄するという愚行に及んだ」
陛下はそこで言葉を切った。
そして迷いを振り切るように続ける。
「そればかりか、知らなかったとはいえ、逆賊に加担するところであった。その罪は重い。よって、そなたの王位継承権を一時的に停止する」
玉座の間がどよめいた。その言葉の意味を理解した瞬間、私も思わず息を呑む。
一時的にとはいえ、王位継承権を停止する。
それは、事実上の継承権の剥奪に等しい。一度でもそうした処分を受けたものを、誰が次の王に選ぶだろうか。
ヒューバート殿下の顔が青ざめ、肩が小さく震えるのが見えた。
「さらに、辺境の領地で奉仕活動と領民支援に従事することを命ずる。そなたの王都での甘やかされた生活は終わりだ。辺境での暮らしを通じて、そなたがいかに王族としての責任を果たせるかを見定めるとしよう」
ヒューバート殿下は肩を震わせながらうつむいていた。
もはや反論する気力すら残っていないのだろう。その姿には、かつての高慢さの欠片も感じられなかった。
そしてクラリッサに対しても、厳しい処分が下された。
「ユール男爵家については、その罪が確定すれば、死罪、もしくは終身刑が言い渡されることになる。王家として、厳重に取り調べを進める所存だ」
クラリッサと両親は泣き叫びながら何かを訴えていた。だがそれに耳を貸すものはいない。
衛兵が彼らを連れて行く時、クラリッサは憎悪にまみれた目を私に向けた。
その視線の強さに体を震わせると、兄が私の前に立ってそれを遮ってくれた。
「リリア、大丈夫か」
「はい。……ありがとうございます、お兄様」
もうクラリッサが私の脅威になることはない。
彼女が私にしてきたことを考えれば、この結果は当然だと言える。けれど、それでも私は、少しだけ同情してしまいそうになる自分を否定できなかった。
そして最後に、私とヒューバート殿下の婚約が正式に破棄されることが宣言された。
「リリア・セレスティア、そなたはこれ以上、王家に対して何の負担も負う必要はない。公爵家の名誉は完全に回復される。これからは自らの人生を歩むがよい」
その言葉を聞いた瞬間、私はようやく肩の力が抜けた。これで、すべてが終わったのだ。
男爵家の偽りの令嬢と、自分の嘘に酔いしれた第二王子は、これから厳しい未来を迎えることになる。
自業自得とはいえ、かつては愛した人が落ちていく姿を見るのは、胸が痛む。
だけど、それも一瞬だけ。
ざまぁみろと言う気持ちが、まったくないとは言わない。
でも、私にとって最も大切なのは、これからの人生だ。
もう私は泣かない。
淡い恋心は無残に踏みにじられてしまったけど、すべてを失ったわけじゃないし、むしろ余計なしがらみから解放された今こそが、私の物語の始まりなのだから。
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