第10話 婚約破棄騒動の終わり
アルフレッド殿下は鋭い視線を弟に向け、苦々しい表情を浮かべながら口を開いた。
「ヒューバート、いくらなんでも軽率すぎる。お前が王族として大きな手柄を立てたいと考えるのは勝手だが、慎重さを欠いた行動は許されない。そして何より、正式な婚約者であるリリア嬢に対して、まるで悪女の烙印を押すような真似をした……弁解の余地はないだろう」
厳しい言葉が広間に響き渡る。
アルフレッド殿下の口調は冷ややかだったが、その声には弟を見放せない兄としての責任感が感じられた。
一方、ヒューバート殿下は唇を噛み、何も言い返せず俯いている。
「兄上、それは――」
「私が、今回の件を深く調べていなかったとでも思うか? 公爵家に連絡を取り、リリア嬢の話を聞くまでは、私もただの痴話喧嘩だと思っていた。だが、彼女が提示した証拠はあまりにも明確だ。これを無視するわけにはいかない」
その言葉にヒューバート殿下の肩が小さく震える。
もはや言い逃れができない状況であることを悟ったのか、彼は拳を固く握りしめたまま黙り込んでいた。
――これで、ヒューバート殿下は完全に詰んだ。
その様子を目の当たりにしながら、私は心の中で複雑な感情が渦巻くのを感じていた。
溜飲が下がる思いもあるが、同時に胸の奥に何とも言えない虚しさが広がっていく。
そんな空気の中、アルフレッド殿下は軽く手を挙げ、人払いを命じた。
「一度、ここにいる方々には退席いただこう。これは王族と公爵家をはじめとする限られた当事者の間で処理すべき問題だ」
その言葉に会場全体がざわめき始めた。
貴族や学園の生徒たちが、顔を見合わせながら慌ただしく出口へ向かっていく。
彼らの表情には、興味や驚き、時には恐れすら浮かんでいる。
さわめきが遠ざかる中、広間にはわずかな人数だけが残された。
私の家族や公爵家の関係者、学園の学長、王宮の高官たち、そしてヒューバート殿下とクラリッサ。
残された人々は、どこか重苦しい雰囲気に包まれていた。
アルフレッド殿下は深い息をつき、静かに口を開いた。
「さて、本来であれば晴れがましい旅立ちの日である卒業式の場で婚約破棄を宣言するなど、前代未聞の醜態だ。リリア嬢には、王家を代表して、あらためて謝罪させていただく」
アルフレッド殿下が頭を下げたため、私は慌てて「とんでもないです」と応じる。
「ヒューバートは、第二王子としての立場をわきまえた上で、リリア嬢との問題を当人同士の話で解決すべきだった。それを、公衆の面前で事実無根の悪評を押し付け、さらに婚約を破棄するという無責任な行動に出た。その結果、国王陛下からは『ヒューバートを厳しく処分せよ』との勅命が下っている」
その言葉に、ヒューバート殿下は深く顔を俯けた。
高慢だった彼が、こんなにも追い詰められた姿を晒す日が来るとは、想像もしていなかった。
「……処分、ですか」
掠れた声でそう呟いた彼に、アルフレッド殿下は冷静に告げる。
「そうだ。いくら弟とはいえ、王家の名誉に泥を塗った責任は重い。具体的には、まず王位継承権を凍結し、さらに辺境の領地で奉仕活動に従事させることになるだろう。お前にとっては屈辱かもしれないが、自業自得だ」
ヒューバート殿下の唇がかすかに震え、噛みしめられる。
これ以上の反論は許されないと悟ったのだろう。殿下の姿には、後悔と諦めが入り混じった感情が滲み出ていた。
「クラリッサ嬢については……王家として厳重な取り調べを行う。事実であれば、罪は非常に重い。王国への反逆を企てた一族につながる身として、しかも違法な魔法道具の流入に関わったとなれば、これは下手をすれば死罪に相当しかねない問題だ」
「そ、そんな……私、そんなつもりは……!」
クラリッサは震える声で言葉を継ぎ、ヒューバート殿下に縋ろうとするが、殿下はもはや彼女を見ようともしない。
結局は利用し合っていただけの関係だったのだから、その結末は冷たいものだ。
それからしばらくして、卒業生である私の家族として列席していた私の兄が進み出て、王太子殿下に頭を下げる。
「王家として厳粛なご判断を下していただき、深く感謝いたします。リリアが受けた屈辱は、公爵家としても無視できるものではありませんでした。しかし、こうして真実を示すことで、わが家の名誉も回復されるでしょう」
殿下は頷き、私の兄と視線を交わした。
「公爵家には色々と尽力してもらった。もし、ヒューバートがさらに無茶な真似をしていれば、王家も取り返しのつかない事態に陥っていたかもしれない。……リリア嬢にも辛い思いをさせたな」
アルフレッド殿下から直に労わりの言葉をかけられ、私は胸が熱くなる。
けれど、ここで感傷に浸っていても仕方がない。
私はしっかりと腰を落としてお辞儀をした。
「私がしたことは、自分自身と公爵家を守るためです。ですが、結果として王家に損害が及ばず済んだのであれば幸いに思います」
「……後のことは陛下の沙汰を待つように」
そう告げて去っていくアルフレッド殿下を私たちは深くお辞儀をして見送った。
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