6.アルゴノートのセス③
「使うね。どこで剣を?」
「我らが領主トゥジクス様に」
「なるほど。そりゃ強いわけだ」
「はい。ですが、無駄口は命取りです」
言葉を交わす間にも、何合、何十合と剣を打ち合わせる。その度に、周囲の観衆達が声を上げた。中には無責任な野次を飛ばす者もいる。
ティアのしなやかでコンパクトな剣捌きは、さながら疾風である。洗練された動きの一つ一つは華麗ですらあった。彼女の剣は実に速く、そして正確だ。体捌きにも目を見張るものがある。
だが、苛烈な攻勢の中にあってもその剣はセスに届かない。洗練されているが故の直線的な攻め。彼女の動きが型にはまっていることを、セスは既に見抜いていた。一度リズムを掴んでしまえば、次の剣筋を読むことは容易い。
「試合慣れはしているようだけど」
実力を売り込む為にあえて真っ向勝負を続けていたが、もう十分だろう。セスは足下に倒れていた椅子をティアめがけて蹴り飛ばした。
飛来した椅子に対して、ティアは反射的に剣による防御を行ってしまう。木製の椅子は刃に深くめり込み、剣としての性能を著しく低下させる。
ティアの顔色が変わった。今まで動かなかった表情に焦りの色が浮かぶ。
「っ……くそっ」
ティアが似合わない悪態を吐き、無造作に剣を振り回す。だが、そう簡単に椅子は外れない。
セスの手元でくるりと剣が回った。遠慮のない力任せな一撃は、ティアの剣を椅子ごと弾き飛ばす。
強かな衝撃にたたらを踏むティア。苦し紛れに放った蹴撃はセスにいなされ、更に体勢が崩れてしまう。靴底は浮き、ほとんど宙に投げ出された状態だ。
窓から差す陽光を浴びてセスの剣が煌めく。ティアが晒したのは、必殺の一撃を確実に打ち込める隙。それは、事実上の決着を意味していた。
セスは背中から地に落ちんとするティアの肩に手を回して支えることで、彼女を転倒から守る。濃紺のロングスカートがふわりと舞い、やがて落ち着いた。
組合はひと時の静寂に包まれる。
「続ける?」
肩を抱き抱えられたティアは、セスの涼しい顔から目を逸らせない。仄かに紅潮する頬は激しい運動のせいだろう。
「参りました」
観念したように言ったティアを自分の足で立たせると、セスは剣を納める。
野次馬達は一斉にセスを称賛した。居丈高な貴族に、同業者が一矢報いた。溜飲の下がる思いだろう。この場の空気は間違いなくセスに味方していた。
「ティア!」
軽い足音が近づいてくる。シルキィがスカートを持ち上げてこちらに駆けてきていた。
「大丈夫? ケガはない? どこか痛いところは?」
上がった息でティアの手を握る。
「お嬢様、ご心配には及びません。この通り、傷一つ負っていませんから」
従者の全身をくまなく確認して、シルキィは安堵の息を吐いた。
「申し訳ございません」
ティアは顔を伏せる。主人に恥をかかせてしまったことを自省しているようだった。
「いいのよ。怪我しなくてよかった」
シルキィの目は優しかった。表情も声色も、家族の身を案じるように切実である。先程まで見せていた高飛車な姿勢は微塵もない。
優しいところもあるんだな。と見直したのも束の間、直後向けられた彼女の目つきを見てセスはその認識を改めた。