山形さんと共同作業
「うーん。」
ため息交じりに課長が、トントンと書類を机に当てて揃えている。いつもこの瞬間に私は緊張するのだ。そしてスッと課長と私の目が合った。条件反射的にゴクリと唾を飲み込みたくなるのだが、みっともないからそんなことはしないのだった。
「うん。これでいいかな。」
「えっ?」
課長の表情が一瞬、仏に見えたのは私だけであろうか。それだけ彼の反応が、自分に取って意外だったのだ。
「ほっ。」
思わず安堵の吐息が洩れた。その私の様子を見て、部長が微笑を浮かべている。3回目にして何とか了承を得た。とある会議の資料を私は作成したのだった。でもそこで一息つく余裕も無いのであった。
さあ次のステップに移行するのである。
「ふう。」
思わず溜め息が漏れる。これは憂鬱な意味である。私は会議の資料の作成を一任されている。一任されている、と言うことは地味な作業も全て自分でする、と言うことなのだ。資料の内容が出来ても、それを会議の出席者に配布できる状態にしなければいけない。つまり大量に書類をコピーをし取りまとめる、という作業が発生するのである。猫の手も借りたい、とは恐らく今の様な状況を言うのであろう。この地道な作業を誰かに手伝ってもらいたい・・・。でも後輩に押しつけるだけの威厳を、私は持っていないのだ。仕方ない・・・。この会社は中小企業なのだ。社員は皆、各々の仕事を担当しており、人の雑務を引き受ける様な余裕は持ち合わせていないのである。
「はああー。」
相変わらず要領の悪い私は当然、定時までに仕事を終えることが出来なかった・・・。空しくも5時の終業のチャイムが鳴りひびいた。ある意味で朝の目覚まし時計よりもウザかった・・・。
「お先に失礼しまーす。」
「お疲れ。」
後輩の女性社員が真っ先に帰る。続いて既婚で子供を迎えに行かなければいけない、先輩女性社員が帰る。
(うーん。)
私は思った。まだ先輩が、そそくさと帰るのは理解できる。彼女には、まだ小さなお子さんがいるのだ。家庭との両立は大変だろう。私は未婚だし子供もいないが、漠然とは分かる。でも後輩の方は私と同じく独身だ。じゃあ少し位は私を気遣ってくれても、良いのではないのだろうか。もしも私が後輩の立場なら、お手伝いしましょうか?、なんて言葉を先輩に掛けるでないだろうか。でも私の後輩ちゃんは、とても薄情なのである。まあ人それぞれなのだろう・・・。私は自分で自分を納得させ、作業を続けた。
(ん・・・・?)
いつも間にやら、私は独りぼっちではなくなっていた。誰かが私と仕事をしてくれている・・・・。ま、まさか・・・。そう、そのまさかであった。
「や、山形さん・・・・!」
山形さんが私の傍で仕事を手伝ってくれている。まさか、まさかである・・・。
「山形さん!!」
感動でたまらなくなった私は、私は山形さんに抱き着いた。しかし・・・・。
「お。おいおい・・・。」
野太い中年男性の声が聞こえたのである。普段からよく聞いている声だ。
「か、課長・・・・!」
慌てて私は、この人から離れる。 そう、課長が私を手伝ってくれていたのだった。
「どうしたんだね、山田君。」
課長は笑顔だった。私に抱き着かれて、課長も満更でもなかったのだろうか。でも私を助けようとしてくれている事は、紛れもない事実・・・。
私は涙ぐむ。
「ふう。」
若い女性の溜め息が聞こえる。気がつくとせっせと書類を揃えている後輩ちゃんがいた。
「予定がキャンセルになったんですよ、うふふ。」
流石に彼女の救援はサプライズだった。しかも、それだけではなかった。
「まったく要領が悪いんだから。」
「え!?」
なんと先輩もいた。おまけにお子さんも側にいる。とても利発そうな顔立ちだ。私は涙が溢れそうになる。いけない、こんなところで止まっていては。その涙を拭い、私は作業に集中した。
終わった・・・。3人の助けのお陰で早く仕事は終わったのである。
「有り難うございます。有り難うございます!」
私は3人に深々とおじきをして、お礼を述べた。
「どういたしまして。」
(えっ?)
どこかで聞き覚えのあるクールな、うら若き女性の声がした。私は恐る恐る顔を上げた。
「ひあっ!!」
そこには私を取り囲む女の子達。山形さんがいたのだ。しかも3人も・・・。
「うーん・・・!」
私はショックで倒れ込んだ。もっとも連日の残業の疲れもあるのかも知れないのだが・・・。
「山田くーん!」
「山田さん!!」
「ちょっ!?大丈夫!?」
部長・先輩・後輩の三人が、倒れた私を気遣ってくれた。
「うふふ・・・。」
幸せ一杯の気分の私は、意識が薄らいでいた。
本当に有難う皆さん・・・、そして山形さん・・・・。