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オフィスで山形さん

 今日は残業なのだ。でも月末なのだから仕方がない。しかも要領の悪い私は今、一人で仕事をしているのだった。会社には警備員さんがいるので、厳密にいうと一人きりではないのであるが・・・。ともかく私が生きていく為には、これは必要な事なのだ、うん。そう自分で自分を言い聞かせて、私は一人パソコンに向かうのだった。

 (うーん。眠い・・・。)

 自分の眼鏡を外し、ゴシゴシと目の辺りを擦る。睡魔と闘いながら、私は黙々と仕事を進めるのだった。

 (こんな事になるなが分かっているのなら、普段からもっと頑張ってれば良かったなあ・・・。)

 私は日頃の行いを悔いる。そう最近、私は定時に仕事を終え帰りに、とある本屋さんに寄っているのだった。そこには愛想がよい年配の男性の店主さん・しっかり者の奥さん・そしてとても本の好きな店員さん・・・。どうやら店主さんの親戚らしい。とても雰囲気のよい本屋さんになのだ。

 そんなことを私は考えながら、一人笑いを浮かべているのであった・・・。・・・・我ながら気味の悪い女である。

 「私の事を忘れていませんか。」

 「はっ!?」

 私は即座に我に返った。

 

 ===== 「私」は近所の本屋さんのアルバイト店員の「山形さん」の事がとても気に入っている。 =====


 (だからって、そんな・・・。)

 突然訪れた予想外の事に、私は狼狽したのである。まさかあの山形さんが、私の机の側にいるなんて想定できる訳がないのだ。

 「山形さん。」

 私はただ彼女の名を呼ぶだけであった。本当に何て話をしたらよいのか分からない。でもとても私は嬉しい・・・。

 「お疲れ様。」

 彼女の言葉は飾り気がない。でもそんな一言でも私は嬉しいのだ。いつも通りに無表情な山形さん。そんな彼女をみて、私は安心感を覚えるのだった。さらに喜ばしい事は、それだけに止まらないのである。

 「あっ!」

 机の上に置かれたそれを見て、自分は思わず驚きの声を上げてしまった。それはとても優しげな湯気を出していたのである。まるで周りをシットリと包み込んでくれるのではないか、と思ってしまう。というか、私自体を包み込まんと言う勢いである。横にはチョコレートをパフで包んでいるお菓子が、お供としてチョコンと座っている。小さな体でも、存在感は抜群なのである。

 「や、山形さん・・・・。」

 恐らく私の眼には、涙が浮かんでいるのであろう。でもそれは嬉し涙だ・・・。

 「うう・・・。」

 再び私は目を擦りながらPCに向かった。とにかく山形さんの気遣いを無駄にするわけにはいかない。一刻も早く仕事を終わらせるべきなのだ。

 (頑張るよ、山形さん・・・。)

 私は自分自身が生み出した山形さんの幻に、感謝の念を込めた。

 

 寂しい夜道を一人歩く。

 (やっと仕事が終わった・・・。)

 最早自分には体力的にも精神的にも、ほとんど余裕は残されていなかった。それでも終電には何とか間に合い、徒歩で帰路に着こうとしているのだった。アパートに帰れさえすれば、ゆっくりと自分は休む事が出来るのだ。そして明日は休日なのである。

 (うふふ・・・・。)

 私は一人笑いをしながら、脚を進める。もう疲れなど気にならなくなってきた。しかし自分は確実に疲労しているのだ。その証拠に間もなく私の視界は、波模様に歪んでくるのであった・・・。

 (ふ、ふあああ・・・・!)


 (ん・・・・?)

 とても不思議だ。何故なら気が付くと、今までを全く異なる場所にいたからなのだ。そこは知っている場所だ。近所の堤防だ。空を見ると夕焼けだ。今日も私は堤防を一人で歩いている。気配を感じた。私はすぐに後ろを振り向いた。自分の勘は正しかった。後ろから人が迫ってくる。みるみると迫ってくる。その人の表情が分かってきた。それはとても恐ろしい形相なのだった。私は恐怖した。

 (う、うわああああ・・・・!!)


 (ん・・・・?)

 ぼんやりとした意識が、だんだんとはっきりとしてきた。そして自分が置かれている状況を把握してきたのだ。それは私にとって受け入れたくない事実だったのだ。

 (な、なんで・・・?)

 私は机にうつ伏せになり眠っていたのだ。そして愕然としていた。何故ならそこは私が勤める会社だったのだ。

 (うう・・・・。)

 私の眼は涙で溢れていた。しかもそれは決して嬉し涙などではない。悔し涙だ・・・・。まさかの夢落ちだったのか。山形さんの夢はまだ許せる・・・・。それは自分が臨んだ事であるからだ。しかし夢は覚めていなかったのだ。まさか仕事を終え帰宅する夢などとは・・・。最後の堤防の夢は何だったのだろうか・・・・。絶望に打ちひしがれた私は、体にムチ打ち再びパソコンに向かおうとしたのだった。

 (へ・・・・?)

 狐につままれた、とは今のこの状況ではなかろうか。何と仕事は完全に終わっていたのだった。

 「は、はは・・・・。」

 恐らく私は複雑な顔をして笑っているであろう。しかし話は、これだけでは終わらなかった。

 (んん・・・?)

 私はピクピクと鼻を動かした。割と自分では、鼻は利く方だと思っている。その匂い、いや香りの正体はこれだ・・・。。

 (有難う、山形さん・・・・。)

 私は淹れたての珈琲が入ったカップを取り、ゆっくりと口をつけた。これは山形さんが淹れてくれた珈琲なのだろうか。・・・・どちらなのかはわからない・・・。でも私は、そう信じる事にしたのだ。それがたとえ自分が妄想して、自分自身で淹れた珈琲であったとしても・・・・。


  <続く>

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