表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フューダリズム・スタディーズ  作者: トルティーヤ忠信
9/11

第7話 日本舞踊研究会伯継承問題 下

 日本舞踊研究会伯は和舞会第二位にして大道芸部伯のおぼえめでたい騎聖エリセが襲った。しかし、彼女は自身の学業の成績不振を理由に同好会長の座を辞任することを公表、後継を同好会員のなかで最年長者でありかつ和舞会第二位の雄騎サカエに指名した。

 サカエはそれを受け同伯の継承を内外に宣言。一ヶ月の共同統治の後、七月より正式に位を継承することも併せて布告した。

 これに大道芸部伯木料朋毅は雄騎サカエは確かに和舞会の構成員であるが、騎聖エリセと縁のある自分こそが同伯の継承するに相応しいと次期日本舞踊研究会伯を自称した。これにオーケストラ部伯とブラスバンド部伯が賛意を示した。

 サカエはこの状況を受け、学園生徒の代表者にして代弁者である生徒会長に自身の正当性を訴えて継承のための支援を依頼した。

 六月も中旬に差し掛かろうかという頃、襲ユリは大道芸部伯に対して書簡を送った。

 内容は、大道芸伯が日本舞踊研究会伯を継承するに足る理由が不足しているためこの件は生徒会に預からせてもらいたい。承知しないのであれば必要な措置を取る、というものだ。いかにも最後通牒らしい。

 返答には、生徒会が何を以て一同好会の継承問題に首を突っ込むのか。雄騎サカエを擁護しているが、我が次期日本舞踊研究会伯である。これ以上関与するのなら今までの関係ではお互いいられなくなるだろう、と書かれていた。こうなればもう"解決"は無理だろう。武力に訴えて"決着"をつけるしかあるまい。

 襲ユリはこれ以上の交渉の余地はないと判断。雄騎サカエを次期日本舞踊研究会伯であるとの生徒会による判断を生徒会証書にて全聖俗の諸侯に通達し、次期日本舞踊研究会伯を僭称する大道芸部伯を膺懲する命令を僕たち生徒会役員と他の配下の者どもに下した。

 この生徒会側の対決姿勢を受けて大道芸部伯は手勢に合戦準備を令し、賛意を示したオーケストラ部伯とブラスバンド部伯に援軍を要請した。両伯はこれに同意し、伯自ら出陣する意向を大道芸部伯に示したという。

 それから幾日もたっていないある日の放課後、三伯連合軍は進撃を開始した。この報に接した襲ユリも僕たちに出陣命令を下した。

 両軍は日本舞踊研究会伯領を挟んで対峙した。まず、お互いに使者を派遣した。そのようなことをするのは、自分たちは最後まで対話によって平和的解決を図ろうとしたが、相手は対話の姿勢すらみせず武力の行使によって現状の変更を望み実際に武力攻撃をしたため、対話を望まない野蛮な相手に対してやむなくこちらも武力を使っての防衛を平和と正義と民主主義の理念の下行った、と自分たちの利己的な暴力の行使に正当性を与えるためである。またそれともうひとつ、金がかかり少なからずキズが生じる戦争をお互い剣を交える前に回避できるならしたいためでもある。

「学園生徒の代表者にして代弁者たる生徒会長よ、何故道を妨げるのか?こちらは日本舞踊研究会伯の縁によって繋がり、次代の正統なる日本舞踊研究会伯であらせられる木料朋毅なるぞ」

 仰々しく言伝を告げる相手の使者を襲ユリは鼻で笑う。

「彼女の縁にしがみついて継承権を求めるみっともない野郎を、わたしは、生徒会長より信任された責務を持ち我と高邁なる学園自治の理念を同じくする同輩である伯に任じた覚えはないわ」

 ぐぬぅ、と漫画に出てくる扱いやすいモブの敵役みたいな声を出して使者は去っていった。それでよいのよ、と襲ユリはしてやったりと()()()満足げだ。

 おかしいと思うだろう?実は、伯以上の位になると戦場や野外での儀典では乗馬しなければならないのだ。馬がステイタスシンボルになるとかいつの時代だよ。

 この馬は普段は学園の敷地のはずれの厩舎で飼育されている。馬は成績がよくなく見限られたり、歳で引退した競走馬や市場で二束三文で売られていたものを買っている。持馬の世話は自分たちでするのが当然とされているが、大抵は馬政部に委託をする。園芸部辺境伯に馬場を奪われて以来本領たる部室と厩舎以外の所領を持たない彼らは、諸侯たちの持馬の調教と世話で得る金子が大会での報奨金と並ぶ重要な収入源となっている。また馬の調教と飼育は馬政部伯の特権と生徒会判例にて定められている。これは、馬政部が恒常的な金子を得て、財政難による廃部を防ぐための措置でもある。

 そんなことはさておいて、当然のごとく襲ユリが遣わした使者、物部先輩も結果は芳しくは無かったようだ。木料は青筋を立てていましたよ、と淡々と先輩は報告する。一体何を言わせたんだ。

 襲ユリは残念だけれども戦うしかないわね、と全く残念がらずに僕たちに言う。最後の最後の交渉も決裂してしまった。となれば僕たちが行く先の道はひとつしかない。

 基本的にこの学園ではいまだに戦いといえば拳と拳がぶつかりあう殴り合いである。学園紛争時代の暴力革命の風土の残滓みたいなものだ。中世風にいえば自力救済だ。

 僕たちの編成は以下のとおりである。


 生徒会長軍

  生徒会長/文芸部伯 襲ユリ

   生徒会副会長 物部攻

   生徒会書記  大伴初江

   生徒会会計  中臣早苗

   生徒会庶務  史部干城

   不良集団   12名

   野球傭兵団  17名


 四十名にも満たない数である。対して相手方は百名ほどと目算された。二倍以上の戦力差だ。驚きなのは敵方は直参と陪臣のみでこの数ということだ。僕らの方は金で雇った傭兵を足してようやく何とか戦える人数なのに。これが実力の差というやつだ。

 生徒会は他の部活・同好会に対しても出陣命令を発したが間の悪いことに伯やそれに連なる主要部員・同好会員たちは急病や成績不振による補講があるようで出兵はできないとの慇懃無礼なほどに丁寧な謝罪文が遣された。そして、代わりとして雀の涙ほどの軍役代納金が貢進された。要するに軍役拒否であり、「生徒会の動勢に付き合うかバーカ」ということだ。諸侯の助けが得られないならば、僕たち独力でなんとかするしかないだろう。

 軍装はかつての学園紛争時代の名残をどことなく感じさせる。鉄兜に棍棒と盾、制服の下には革の防護服を纏っている。人によっては得物を薙刀としたり半棒や竹刀、木刀にしている。僕は五十センチほどの樫の棍棒であるが、物部先輩は黒檀の棒を持ち、大伴先輩と中臣先輩は薙刀を持っている。部活・同好会の正式な構成員はマントを羽織り、主君から下賜された模造刀を佩用している。もちろんのこと、これらのおよそ十万円以上する軍装は自弁だ。それを賄うために僕らには主君より授封された封土があり、封土の用益権が認められている。

 盾には紋章が描かれている。誰が誰なのか判別するためものだ。

 常套とされる戦法は隊列を組み、前進し、殴り合う。そして多くの敵を屠り、敵戦線を突破したのち敵本陣にいる大将を討ち取るという至極単純なものだ。

 僕たちは右翼、中央、左翼に分かれた。右翼に物部先輩、大伴先輩、中臣先輩と僕、中央に本陣と不良グループ、左翼に野球傭兵団と布陣する。寡兵のため二、三列の横陣以外の陣形は組めようがなかった。

 今回は僕らは敵将を討ち取ることを企図していない。僕らの勝利要件は此度の戦いで可能な限り敵の戦力をすり潰すこと、そして三伯の要求に対して断固として"否"を突きつける姿勢を彼らに見せることにある。そうすれば、この継承問題は未解決の懸案事項としてこの学園に存在し続ける。燻り続ける火がある限り何度でも大火は起こせる。"次"に繋がる。

 敵は中央に大道芸部伯と手品部伯の軍、右翼にオーケストラ部伯の軍、左翼にブラスバンド部伯の軍が展開する。それぞれが先手集勢、第二陣、第三陣、旗本勢、本陣、遊勢と六段の段列を構成している。

「それじゃあ、始めるわよ」

 襲ユリの号令一下、不良グループのリーダーが角笛を吹き鳴らす。

「前進ンンンッ‼︎」

 物部先輩の嚮導のもと僕たちは本陣から別れ、前進する。左手に盾を持ち、右手に棍棒を構える。

 相手の先手集勢が前に出る。彼らは入部して比較的日も浅い部員である。栄えある一番槍を仰せつかったというよりは単なる弾除けの役を負わされたのだ。鼓笛の勇ましいリズムが鳴らされる。

「盾構え‼︎」「応ッ‼︎」

 ジリジリと迫ってくる。僅かに身震いする。呼吸が少し苦しくなる。身体が末端から強張っていく感じがする。いよいよ始まるのだ。干戈を交えるのだ。

「史部よ、気張らなくてもよい。己が分を超えるものは我らに委ねるがよい」

 物部先輩が僕を励ます。大伴先輩と中臣先輩は僕をチラと見て首肯する。僕は今更ながら感じる。僕は一人ではないのだ。隊伍を組んでいるのだ。手に余ることは先輩を頼ればよいのだ。

 ジリジリと近づき、ついに接触。鈍い音が響く。

 敢えて大きく振りかぶる。敵はその隙を狙い腹を刺突しようとする。待ってましたとばかりに盾で受け流しつつ、得物を力の限り振り下ろす。相手は盾で咄嗟に防御するが反動でよろめく、すかさず僕は盾を構えて相手に体当たりをする。バランスを崩し倒れる。盾を払いのけ首筋に棍棒を突きつける。

「………降参だ」

 相手は胸章と生徒手帳を差し出す。僕はそれを受け取って内ポケットにしまう。敵はすごすごと肩を落として戦線を離脱していく。

 大抵の場合投降して捕虜になる。酷い怪我を追い、病院送りになるのは御免被るからだ。貴族だの領主だのと大層な肩書きで通称されているが、僕たちはそもそも学生なのだ。学生が期待され且つその身に課されているものは学問を修めること、ただそれだけだ。それを忠実に履行するためには心も身体も健康でいなければならないのだ。

 それに、戦いが終わったのち身代の返還がなされる。そのときの身代金は結構な額となる。この臨時収入は部活・同好会の運営にとっては大変魅力的なものだ。敵愾心で徹底的に痛めつけて病院に送るよりも手ごころくわえた攻撃で擦過傷や軽い打撲程度の怪我をさせて虜囚とし身代金をふんだくるほうが旨いのだ。

 辺りを見回すと僕たちが優勢のようだ。物部先輩は一撃で敵を叩き伏せ、中臣先輩と大伴先輩は巧みな連携技で相手を翻弄させて華麗に討ち取っていた。結局、僕はなんとか一人討ち取っただけで、あとは全て先輩たちが片付けてしまった。相手方の先手集勢は全滅した。

 先手集勢がにべもなく瞬殺されると第二陣と第三陣が投入される。第二陣は二年生、第三陣は三年生の部員たちで構成されている。彼らは僕のような一年棒と違って勝手を知っている手練れだ。

 奥には部長世襲派閥の下級生徒や副伯などの肩書きを持つ者たちからなる旗本勢と遊勢が控えている。そして彼らに囲まれた中心、ブラスバンド部の二旒の黄銅色の大旗幟——「金管楽器に五線譜」と伯家たる黄銅吹奏楽会の「トランペットを吹くミューズ」——がはためく下に、白馬に跨る男子学生が一人。彼こそが大狼豪三だ。

 鼓笛の音に歩調を合わせ、統制のとれた挙措で敵勢が向かってくる。

「隊列を組み直せッ‼︎衝撃に備えろ‼︎」

 サッと隊形を整えて、盾を構える。

 得物の先が交わり、盾がぶつかり、乱戦となる。皆必死の攻防をみせる。僕たちの"死"は僕たちの沽券に関わる。そしてひいては部活動の名誉にも関わるのだ。

 相手も強かった。だが、僕の先輩たちの方が強かった。みるみるうちに敵方は劣勢となっていった。敵の本陣が少し焦燥し、ざわついているのが見て取れる。遊勢が動き始めた。後詰だろう。

 僕たちの方は終始有利に戦いを進めていた。しかし、戦は何が起こるかわからない。戦場を支配するのは僕たち人ではないのだ。戦局を変える火急の知らせが本陣から来た。

「野球傭兵団が撤退。本陣危うし、応援求む」

 


 少女がいた。彼女は戦場の方をじっと見つめていた。

「全ての手勢を率いずともよかったのではありませんか?」

「力を出すときに、出し惜しみしてはならないわ。持ちうる全ての力で圧倒するのが是よ」

「そういうものでしょうか?格下にそれをやるのはオーバーキルではないかと」

「よせよ、執務官殿。御屋形様はカッコイイとこ見せようとしてるだけだぜ」

「………なるほど。しかし、生徒会長の軍勢は包囲されていますね。大勢はすでに決しているかと」

「絶体絶命の大ピンチに颯爽と現れるのが救世主(ヒーロー)ではなくって?」

 ニヤリと口角を上げる。好餌を見つけたような狩人の笑みだ。長年の従者でさえ少しばかり圧倒された。

「それもそうですね」

「へへっ、まさに主人公ですな」

「余計な小言はいらないわ。あなたたち行きなさい」

「ハッ‼︎全軍、展開せよ‼︎」

「へいへい、では行くぞぉーお前たちぃ」

 少女麾下の軍勢は整然とした動きで進軍する。目指すは生徒会と大道芸部が助演を演じる戦の舞台。少女はいままさに包囲され潰滅間近の生徒会長軍、生徒会長に付き従い敵に抗う一人の生徒を見て呟く。

「……助けに参りましたよ、だんな様」



 野球傭兵団が撤退した——。おそらく、損害が著しかったのだろう。それに、戦意も高くはなかったと思われる。最低限雇われた金額分の仕事はして、これ以上は損益分岐点を超えると引き上げたのだ。

 これが分水嶺となった。野球傭兵団が撤退すると交戦していたオーケストラ部伯軍は転回して襲ユリの本陣に向かう。本陣が壊滅することは戦そのものの敗北を意味する。大将がやられては戦略的で組織的な戦闘は継続できないからだ。物部先輩は彼女の救援要請を受け、援護するために後退を速断する。

 ブラスバンド部伯軍はすぐには追って来なかった。一旦態勢を立て直すのだろう。

 本陣はすでに包囲されつつあった。旗はまだ落とされてはいない。絶体絶命の危機ではないようだ。しかし、危機に瀕していることには変わりはない。

「隊列はもうよい、力ずくでこじ開ける‼︎突っ込むぞ‼︎」

 物部先輩の掛け声とともに僕たちは本陣目指して一直線に突進する。

「後方より敵、遊勢は迎撃せよッ‼︎」

 敵の遊勢が反転し、防御陣形を組む。蝟集する盾の壁に突き出される長物はまるで針の筵だ。

 盾を前にしっかりと構え、スピードを落とすことなく針地獄に自らすすんで飛び込んでいく。

 構造上僅かに湾曲した盾が突き立てられた長物の穂先をそらし、道をこじ開けるのを助けてくれる。僕は陣形の最前列に並ぶ僕の前面の敵を押し退ける。ただでさえ重武装で重量のある敵は僕らが勢いに任せて体当たりをしてもさほどは動かない。しかし、密集した彼らの僅かな揺らぎだけでその陣形は大きく乱れる。その揺らぎの間隙を包囲されている本陣と外までの回廊として本陣を逃がすのだ。

 襲ユリは僕たちを見とめて、頷いた。

「右方に転進‼︎包囲を脱する‼︎」

 寡兵ながらも僕らが奮闘して作った回廊を襲ユリは進む。不良グループたちも主君を守りながら進む。敵は逃がしはさせまいと猛攻をありとあらゆる方向から浴びせてくる。負けじと抵抗する。

 やがて、僕たちは包囲を辛くも脱した。しかし、この戦において残された道は退却しかない。兵力差が圧倒的になってしまったことと何より体力に限界がきたのだ。僕たちはゲームのキャラクターのような瞬時に満タンになるような可逆的なHPを持ってはいないのだ。

 物部先輩と僕が敵と正対し、大伴先輩と中臣先輩は背後や側面からの攻撃に対する備えをする。

 追手の攻撃を僕たちは気勢を上げて、なんとか防ぎ切っていた。しかし、体力の限界を迎えつつある今あとはもう数で押されるだけだ。

 ここまでなのか。しかし、この戦に敗れても"次"には繋がる。武力で決されたものはいつまでも禍根を残す。燻り続けるからだ。

 襲ユリは撤退命令を下すだろう。げんに彼女はじわりじわりと意図的に後退している。日本舞踊研究会伯領から出ればもう攻撃してはこまい。伯領から出るまでは総崩れになるわけにはいかない。そうなったら最後各個撃破されて最悪全員雁首揃えて虜囚の身だ。そして何より、襲ユリを敵手に渡すわけにはいかない。そうなれば学園に跋扈する諸侯たちからの信任を完全に失ってしまうだろう。生徒会がかろうじて学園にて限定的だが一定の権力を行使し得るのは、お飾りみたいなものだとはいえ諸侯たちが同輩中の最有力者としての面目をわざわざ立てているからだ。その前に彼女の保釈のための身代金で財政が破綻する。破綻した先にあるのは腐肉に群がるハエや蛆虫のようにギルドたちにたかられる未来だ。

 あと少しで伯領の外に出るところまで来た。もう一踏ん張りだ。しかし、現実は非情だ。背後から敵左翼が現れる。僕たちは挟撃され、再び包囲された。皆の顔から諦めと刺し違える覚悟の相が見てとれた。ひとえに風のまえの塵に同じように、襲ユリの野望は何もなすことなく、道半ばすら行くこともなく潰えてしまうのか……。

 僕がそう慨嘆した、そのときだった。

 敵の後方からそして側方からも足音が聞こえる。ひとりふたりのそれではない。もっと多い。

「全軍、停止‼︎」「旗を掲げよ‼︎」

 戦の喧騒がピタリと止む。皆揃って掲げられた旗を見る。翻る紋章を見る。驚愕。

「なぜ……どうして……」

 口々に漏れ出たざわめきは伝播する。顔を見合わせる。理解し難い。動揺が拡がる。敵味方関係なくだ。

 風にはためくのは「円環(ウロボロス)と五芒星にヘルメス」の旗……科学帝国の紋章だからだ。

「命と勝利を捧げるのだッ‼︎全軍、突撃ィィィッ‼︎」

 角笛が喨々と響き渡る。喚声をあげながら、途足から徐々に駈歩になって、科学帝国の軍勢が敵勢に向かい突っ込んでくる。数騎の騎兵——おそらく伯や帝室の家政機関の長クラス——が先駆けし、その後ろに歩兵が続く。

「な、何をしているっ‼︎後列、反転し防御陣形をなせ‼︎」

 戸惑いを隠せないまま各個てんでバラバラに盾を構えようとする。

 迫り来る科学帝国の軍勢。轟然と鳴り響く軍靴の音。

 背後をとられてはひとたまりもなかった。防御陣形をなんとか組もうとするが間に合わない。動揺と恐怖とが気持ちを浮き足立たせていたのだ。最初の激突で最前線が崩壊する。次々と敵が制圧されていく。僕たちも奮い立ち反撃に転ずる。今度は僕たちが挟撃をする格好だ。

 あっという間に形勢は逆転、敵方に敗走するものが現れてくる。まず、後退した僕たち右翼を追撃する形で中央に攻撃をかけた一番外側のブラスバンド部伯は遊勢を鎧袖一触に蹴散らされ、旗本勢ともども捕虜となる。ブラスバンド部伯の様を見て、形勢不利と悟ったオーケストラ部伯が潔く武器を捨て投降する。最後まで大道芸部伯は必死の抵抗をしたが衆寡敵せず最終的に旗本勢を全て捕らえられ、もはやこれまでと白旗を掲げ降参し、勝敗は決した。僕たちの勝ちだ。大逆転だ。

「良い、良い、応ッ‼︎」と科学帝国軍が勝鬨を上げる。空気が震えている。僕たちもつられて得物を高く突き上げて叫んだ。

 戦捷の興奮冷めやらぬなか、ほどなくして科学帝国の幹部らがこちらに向かってくる。

「私は『仏曉学園の全ての科学系部活動・同好会による、学園自治の理念の翼賛同盟』——学園内では『科学帝国』と通称されているようですが——の盟主たる金雀枝アンリ(えにしだあんり)の執務官、司誠実(つかさなるみ)です」

 科学帝国の軍勢の中心、帝国と帝室の御旗が翻る下、白のサーコートを纏った一団が囲むさらに内側、本陣に白馬に跨る一人の女子生徒がいる。あれが科学帝国の長なのか。

「まずは惜しみない感謝の言葉を述べるわ」

「その言葉素直に受け取っておくとしよう。そして……——」

 彼らは僕に視線を向け、なんとも言い難い表情を浮かべる。司だけは無表情だ。

「御屋形様があなた様に会いたいと申しておられます。ご一緒に来ていただけませんか?」

「ッ⁉︎」

 なんと科学帝国の長が僕をお呼びなのだ。何故?僕は訳を聞く。

「参戦への謝意が欲しい、と。生徒会長御自らが参るよう要求するのは流石に()()()()()傲岸不遜で憚られる……との仰せです」

 何を言う、と襲ユリは鼻で笑う。臣下ならば、軍役は主君への義務であろう、しかし、こともあろうに臣下が主君に参戦への謝意を求めるなどと言語道断。そう思っているのだろう。しかし、口ではそのような正論すら言えない。相手は学園の過半を支配下におく文字通りの"最強"の存在だからだ。故に弱小な生徒会長と文芸部伯の臣下でしかない僕には拒否権はない、存在しない。素直に「では、行きましょう」と応じる。

 先ほどの司の言葉を科学帝国からの挑発とみてか、敢えて襲ユリが僕について行こうとするそぶりを見せると、貴女様はお呼びではありません、とにべもなく突っぱねられた。たとえ生徒会長であっても、お目通りすら容易く叶わない。字義通りの"学園最強"はここまでできるのだ。彼女は苦虫を噛み潰したような憎たらしげな表情をみせて、どうぞ好きに行きなさいよ、とぶっきらぼうに吐き捨てるように僕に言うとどこかへ行ってしまった。

 僕は少し後ろ髪を引かれながら科学帝国軍の本陣に向かう。

「御屋形様、連れて参りました」「ご苦労、下がりなさい」

 司が一礼して引き下がると、僕の目の前にいた純白のサーコートを纏った一団が綺麗に二つに割れ、道ができる。道の先に彼女はいた。

「‼︎」

 僕に気づいた彼女は颯爽と下馬し、僕の前に立つ。

 兜を外しスカートの裾を上げ、恭しく頭を下げる。

 どよめきが起こる。生徒会長の直参でしかない僕に学園最強と目される科学帝国の長が敬意を払ったのだ。本来ならば僕が彼女に額ずがなければならないのに。

「あなたに逢えて良かったですわ。そして、此度の戦勝おめでたく」

「僕の戦争ではない。その祝いの言葉は生徒会長に述べるべきでは?」

「まさかまさか……わたくしはあなたさまのために参陣したのです。生徒会のためでも、ましてや生徒会長のためでもありませんの」

 彼女は僕の手を取り、己が身体に引き寄せる。想い焦がれるような眼、すこし強張りほんのりと紅潮した頬。僕は思わず魅入ってしまう。

 しばらくの沈黙。見つめあったまま動かない。自然と僕は彼女の背に手を回す。何かの力が作用しているのか、彼女の唇に顔が引き寄せられる。彼女の身体は微かに震える。彼女は眼をゆっくりと閉じる。僕も眼を閉じる。

 鼓動が張り裂けんばかりに脈打つ。互いの息遣いが感じられる。カッと身体の奥底から熱がうまれる。

「御屋形様、少々おいたがすぎますよ」

 ハッと正気にかえり、お互いがさっと距離をとる。気まずい。咳払いをして彼女は踵を返す。

「で、ではこれにて。また後日……また後日お会いしましょうね」

 照れ隠しのように微笑み、彼女は別れを告げる。僕は一礼して引き下がった。


 さて、その後の顛末を記そう。

 今回の戦に関与した全ての諸侯と生徒会が集まり講和会議が開かれた。

 襲ユリはなかなか強気な和平案を突きつけたが、合戦終盤での生徒会側に立っての科学帝国の劇的な介入があったからかこちらが多少の譲歩した部分もあったものの概ね受託した。

 講和条約によって大道芸部伯と手品部伯は減封され、さらに両伯を一人が兼ねることを禁止された。それにより木料はかねてから決めていた後継者ではなく、手品部伯の位を代々同伯を世襲してきた奇術会の構成員のなかで、自分の影響が強く及んでいないものを後継者として選定した。また、木料自身も大道芸部伯から退くことを決断した。オーケストラ部伯およびブラスバンド部伯も減封処分となったが、大道芸部ほどではなかった。

 さて、彼ら敗者にとって重篤な問題は身代金であった。今回は伯自身も囚われの身となったことにより金額は桁違いに大きかった。結果、身代金の支払いのため三伯の部活動の財政事情は悪化、現金預金の一時的な不足によりビジネス(ギルド)から借金をする羽目となった。また、現金収入を増やすため臨時生徒会費を所領で徴収することにしたらしいが反発が思いのほか大きく、徴収はうまくいっていないという。

 実力では圧倒的に格下の生徒会にどんな形であれ敗北したことにより三伯の威信は低下、大領主であることに変わりはないが学内での影響力は後退した。この敗北で主人を身限り退部や転部を決断した部員も少なくない数いたようだ。

 学園の勢力図もまた変化した。園芸部、科学帝国、風紀委員会、オーケストラ部、演劇部、雅楽部、大道芸部の聖俗七強の内のオーケストラ部と大道芸部の威信が後退し、生徒会勢力がにわかに彼らへの対抗勢力として躍り出たのである。

 そして何より科学帝国が生徒会側にたって介入したことは学園中に衝撃を与えた。学園最強の存在が生徒会と組んだのではとの憶測が生じたのだ。だが、実際のところ僕たち生徒会も何故科学帝国が生徒会側に立ったのかわからなかった。……いや、僕には彼女と実際に会って何となく理由は何故だか分かったような気がした。だが、それを自認してよいものか……。

 日本舞踊研究会伯は雄騎サカエが継承した。支援の対価として和舞会の顧問に生徒会長が就任し、今後伯の継承には現伯が後継者として妥当な者を生徒会長に推薦し、生徒会長の承認を得ることが必要となった。そして、今回の騒動の発端ともいえなくもないようなそうでもないような非常に微妙な後継者選定の不手際を今になって襲ユリに咎められ、所領である北館南側の三年生文系クラスの教室の一室は没収との沙汰が下された。今後は生徒会の一般会計から同好会費が拠出されることとなる。日本舞踊研究会としては生徒会就中生徒会長に代表者決定権のイニシアティブを握られた格好となり、さらには領地貴族の位すら失うという踏んだり蹴ったりな状態となったが、同好会員たちからは反論は出なかった。同好会員たちから見れば、今回の騒動は見ず知らずの第三者によって平和裏になされるはずだった伯の継承を引っ掻き回された以外の何物でもない。取り敢えず騒動が静まって一安心といったふうだろう。

 結果として生徒会領に新たに北館の三教室、東館の二教室が加わり、また莫大な金が手に入った。

 武功として、僕以外の生徒会役員は役員年金の加増が言い渡され、不良たちは今回の戦いでの活躍ぶりに見合った封土が与えられた。そして、僕も北館の一教室を知行として与えられた。しかし、僕が今回授封された教室は西館、つまり科学帝国領にほど近いところに位置していた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ