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フューダリズム・スタディーズ  作者: トルティーヤ忠信
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第8話 部活動のありよう

 どこからともなくセミが鳴く音がする。季節は夏、カッターシャツは長袖から半袖に替わり、教室では空調から心地の良い涼風がそよいでいた。

 この日、僕は文芸部室にいた。週に一度の部活動の日なのだ。

 活動内容は各自で文学作品を創作すること。部活のとき、僕はいつも学校支給のタブレット端末にインストールされたWordで小説を書いている。

 部屋には僕と襲ユリの二人だけ。部室の真ん中で、机を向かいあわせにしていた。

「ねぇ、あなたは何を書いているの?」

 ペンを机に放り、ちょっと休憩と伸びをして立ち上がった部長である襲ユリが、僕の後ろに回り込んで端末を覗き込む。

「大したものじゃないさ。そうですねぇ宇宙人とか未来人とか超能力者がいて欲しいと思ってる少女が消失するような話に似たようなナニカが起きたと思ったらただの日にち間違いだったっていう話かな」

「なんか粗筋だけ言われるとへぇぐらいしか言えないわね」

「それ酷くないすっか?」

 冗談よ冗談、と彼女は笑う。まぁ僕自身もなんだこれ?とか思うから別に良いんだけどさ。

「そういう先輩はどうなんだよ?」

「あら?聞いちゃう?聞いちゃうかしら?」

 なんか妙なフリをかます彼女は()()()自信ありげな風である。()()()()からには乗ってやろうではないか。

「それでは部長殿、是非ともお聞かせくださいな」

「それでこそよ!」

 彼女はニカッと笑い、こちらに原稿用紙の束を見せつける。

「『公平公正パノプティコン』ねぇ……」

 流し読みしてみる。超学歴社会に生きる試験監督たちの話のようだ。

 十数分で一読して、彼女に向き直る。

「……普通に面白い」

 何故か負けた気分になる。何だこの気持ち。こういうのって大体つまらない駄作でしたってオチじゃないのか?調子を合わせて損した感じだ。彼女は得意げにニヤついている。

「そう言ってもらえて何よりだわ。やはり文学作品は自慰行為のようにゴミ箱にコキ捨ててるんじゃなくて、誰かに見てもらう読んでもらうのが一番ね!」

「その下品な喩えやめません?」

「お断りよ」

 彼女は( ・`ω・´)キリッみたいな顔をしてみせる。くだらない彼女の姿に堪えきれず僕は笑ってしまう。何やってんのよと彼女はツッコむ。

 部活動中の彼女はいつも笑顔だ。そして、話が尽きない。

 それは今日これだけのことではない。いつか彼女が話していた、文芸部の代々の先輩たちのよもやま話にこれまでの文芸部の歩みを、僕に語って聞かせていたときもそうだつた。自慢げに大仰に語ってみせていた彼女は明るく溌剌としていた。

 生徒会長としての彼女とはうって違った。生徒会活動でも彼女は笑顔を見せてはいるが、その表情とは異なった類のものだった。こちらの方が一人の普通のうらわかき少女としての格好だと感じた。

 唐突にスマホのバイブ音がする。億劫そうに彼女はスマホを手に取り、画面を開く。

 途端に彼女の顔に翳りが見えた。先ほどまでの自然体な笑みは消え、生徒会活動でみせる自信に満ちた表情をしているが、そこには深い憂慮と気苦労が見え隠れしている。

 夢としりせば……彼女はそうひとりごちた。ポツリと雨露が葉先から滴り落ちるように、胸の奥にしまった本音がうっかりこぼれ落ちてしまったように。

「……悪いけど部活はこれでお終いよ。残念ね」

「何か剣呑なことでも?」

「野球部傭兵団が褒賞金を勝手に半額に減らされたことでご立腹なようだわ。契約と違うとか何とか。ろくに戦わずさっさと引き上げたクセに生意気なのよ」

 そう悪態をつきながら彼女はスッと立ち上がり、部室を整えにかかった。僕も彼女に倣う。部活で使う備品に大層なものなんてない。片付けなんてものの数分で終わってしまう。片付けているその間も彼女は僕に話を振り続けた。時計の針はチクタクチクタクと僕らを何周も周回遅れにしている。彼女の振る舞いは、順法闘争や牛歩戦術のような目的化した時間の引き延ばしと僕には思えた。

 やがて、部室は綺麗さっぱり片付けられた。夢の跡は影も形もない。

「まだ完全下校時刻まで時間があるわね……そうだあなた、この後自分の領地の視察に行ってはどうかしら?顔見せまだでしょ?」

 時計を見て、彼女は思い出したように僕に話す。

「そうスッね、そろそろ行かなきゃならなかったし、そうします」

「あと彼らにどうぞ宜しくと伝えといてね」

「諒解、諒解」

 軽く相槌をうって部室をあとにした。

 地所に向かう途中、本館北側の出口でふと立ち止まる。渡り廊下が分かれている。

 一方は部室棟、もう一方は北館に続いている。

 領地に向かうなら北館への道を進めばよい。当然のことだ。しかし、僕は部室棟方向に足を向けていた。

 やるべきことは了解している。僕は北館に進むべきなのだ。だが、そうしなかった。そうすることがはなから頭に無かったかのように。これを導かれしもの、運命と呼ぶのなら馬鹿馬鹿しくて嗤えてしまう。天に唾でも吐けてしまいそうだ。

 これはただの一時の気の迷い。そうに違いない。けれども歩みは止まらなかった。

 結局そのまま部室棟の中に入った。旧校舎をそっくりそのまま使っている為、どこかしこも年季が入っていた。くすんだ窓ガラスとそこから差し込む滲んだ光、蓄積した汚れで黒ずんだ廊下が、人の気配のなさにいっそうの寂寥さを与えている。

 どこの部室にも厳重に鍵がかけられ、灯りはまるで戦時中の灯火管制が敷かれているかのように廊下には一切漏れていない。

 耳をすますとヒソヒソと交わされる話し声が捉えられる。それぞれの部室の中から、僕の動向を窺うように、僕と僕の主人に対するありもしない疑惑を勘繰るように、彼らのなかで会話が進む。暗鬱とした趣で聞いていて心地が悪い。

 部室棟を奥へ奥へと進んでいく。まるで鬱蒼とした森の奥、澱んだ水が滞留し、何処からともなく漂う腐臭が鼻につく沼沢地の藪の中を、必死に、あてもなく葉叢を掻き分けながら、ぬかるみに足をとられながら、歩いているようだ。

 しかし、ただひとつの部屋だけ違った。そこは部室棟のどん詰まりに位置した場所、日本舞踊研究会の部室だった。

 ドアの隙間から漏れ出る電光が、薄暗い廊下をほんのりと暖めるように照らしていた。深い森を掻き分けた先にある小さなギャップ、陽光の柔らかなカーテンが降りる場所だ。

 僕は少し離れたところで足を止めた。

 詞が聞こえる。囃子が響く。

 瞼を閉じ、壁にもたれ、その調べに耳を委ねる。

 花の香りを纏い、ささやかな光の下で、梢にささめく風と戯れる妖精が瞳の裏に浮かぶ。

 聚楽を謳歌しているかのようだ。偃武の秋、諍いなき自由なる音律を舞は奏でていた。

 以前はそうではなかっただろう。固く閉ざされた扉の向こう、姿形も見えぬ闇の奥の何者かの視線と蠢きをひしひしと感じ取りながら、部屋の内で、暗がりのなかひっそりと演舞していたはずだ。

 抑圧された体制の中、和の雅に心を預けて、いにしえのときに想いを馳せて舞う。それはささやかな歓びであり、世俗からの暇乞いであったに違いないだろう。

 僕はそこを後にした。足早に、影に紛れるように、避けるように。ここに足を向けるべきではなかった。



 ようやっと僕は領地へたどり着いた。これから、領地もとい生徒会の支配下に置かれたホームルームの有力者たちと顔を合わせなければならぬと思うと、大きな溜息が無意識のうちに出てしまう。

 事前に彼らと連絡を取っているわけではないが、彼らはいつも放課後遅くまで駄弁っているらしい。教室の中から声が聞こえるからおそらくいるはずだ。徒労に終わらなくて良かった。

 この学園には厳然として階層社会が存在する。生徒会長を頂点として風紀委員長や部活・同好会の長、風紀委員と部員・同好会員、その他学園生徒と積み重なっているピラミッドだ。そして、一緒くたにされるその他学園生徒の中でもさも当然のように階級差が存在する。

 さらに各クラスルーム間にも大きな差が存在している。現実の世界でも地域ごとに違いがあるように、諸侯やギルドの本拠地があるクラスや風紀委員会領とされたクラスと何でもないただのある諸侯の領地の一地域とされるクラスではその様相は全く異なる。

 ドアを開けた。案の定、教室の中にひとつの集団があった。楽しそうに談笑している。彼らがこの教室の有力者たちであろう。着崩した制服と鞄につけられたキーホルダーやらなにやらがいかにもと思わせぶりだった。

 このホームルームは四十人クラスであり、大きく五つほどの区分け(班分け)がなされている。この区分けされた小集団が村落や都市、荘園に相当し、その各々の集団を取り仕切っているのが彼ら、世間では陽キャとかスクールカースト上位と呼ばれている者たちだ。そして、この小集団を元にして生徒会費の徴収や封の分配が決められている。このクラスの場合、僕の封土として与えられ僕の支配権が及ぶ五つの村落(班)のうち、一つが僕の本領である直轄地、三つが生徒会長の領地で僕が知行をしている土地、最後の一つが風紀委員会に寄進された土地で僕がその管理を受け持つ土地となっている。

 ここにおいて複雑なのが"封"と呼ばれるものが"土地"そのものではないということだ。土地に纏わるあらゆる権利、義務、契約が封である、と少なくとも僕は貴族の末席に連ねるようになってから捉えるようにしていた。

 僕は迷いなく彼らの前に進み、立ち止まる。彼らはそろって僕の姿を一瞥するが、彼らからは声をかけることはなかった。僕は鞄から書類を取り出して、仰々しく読み上げる。

「このHRは、先の日本舞踊研究会伯継承者問題の裁定において手品部伯領から生徒会領となった。故に、先の領主および代官はこの地を離れ、そして僕がこの一帯を新たに生徒会長より封土として与えられたものである。これより以後のHRにおける喧嘩仲裁権、生徒会費徴収権は生徒会に帰属し、維持管理義務は僕が果たすべきものとなった。しかし、以前より個々人が独自に先の領主および代官と交わした封は、その約款が当事者間で憂慮すべき事案が起こらない限り、確実に履行されうることを生徒会長の名に負いて保証する」

 聞いてはいるようだが、彼らは僕を見ない。スマホの画面を弄ってばかりいる。

「要するに木料が負けて、今後は生徒会がってことでしょ?」

「そういうことじゃね?」

「しかも噂だと倦怠期?かなんかに風紀委員と寝たことがバレて、彼女かなんかから大層な折檻くらったらしいよ」

「弱り目に祟り目でガチ草」

「それなwww」

「あとあと、今じゃ完全に尻に敷かれているらしいぜ。下の意味でもね」

「そんな生々しい話誰得だっての、聞きたくねーっのwww」

 彼らは下世話で盛り上がる。僕は無言のまま佇む。その輪に僕が入ることはない。入れない。彼らの会話は彼らだけで完結している。

 同じクラスでいつも一緒で仲良くしてるグループのなかに、いきなりひょいと見ず知らずの者がやってきて仲間になるということがそうそう簡単にできるわけがない。ましてや、その後からやってきたやつは半端に権力とやらを持ち、何かあればすぐまた他の誰かにすげかわってしまうような存在だ。彼らにとってさして興味もないし、眼を向けるだけ無駄だ。そして、僕らにとってもせいぜいできることといったら偉そうにどうぞ宜しくと挨拶するぐらいだ。

「ふーん、で話はそれだけ?」

 唐突に返事がしたが、予想した通り興味も関心もない、地を這うようなテンションだ。

「そうだ」

「あっそ、ならこれからよろしく。じゃあそういうことで」

 彼らは気だるげに応えて、示し合わせたように全員が立ち上がって、教室を出ていこうとする。

「そういえば、ねぇ、あれ言ってなくない?」

 あぁ〜と思い出したように彼らのうちひとりが声を上げる。

「そうじゃん、忘れてた」

「新しい領主サマ、なんかクラスのオタどもが揉めててさ、ちょっとウチらで対処できないから仲裁よろ〜」

「相わかった。感謝する」

 彼らは教室を出ていった。僕はひとり取り残された。

「あっ、そうだ。ゴメン、もういっこ聞き忘れてた」

 彼らのうちの一人がドアから頭だけを覗かせる。

「なんだ?」

「生徒会費の徴収って前と変わんない?」

「春と秋に二回、一律一人五百円だ。それ以外は予定していない。現時点では」

「え、そんだけで良いの⁉︎おっしゃ‼︎さんきゅー」

 手をヒラヒラさせて走り去った。喜びようを見るにかなりの税が課されていたようだ。先代の伯の拡大政策の原資はここにあったのだろう。

「……さてと」

 僕は掃除ロッカーから箒と塵取りを取り出して、黙々と床掃除を始める。

 手品部伯の手下はやることはきっちりやっていたようだ、床に落ちたゴミはさほど多くはなかった。おかげですぐに掃除は終わった。

 次に黒板の掃除だ。備え付けのクリーナーで黒板消しを綺麗にしてから黒板を消す。幸いなことに筆圧の強い教師が授業を担当していなく、手こずらずにすんだ。

 もう一度クリーナーで黒板消しを綺麗にして、元の場所に戻す。短いチョークをゴミ箱に放り、新しいチョークの補充する。机間を巡って床上に塵芥が残ってないかを確認する。よし、これで万事は為した。

 窓を閉め、空調の電源を切り、消灯して教室を後にする。

 夕暮れ時になってもまだ外は明るい。しかし、学園の中はどうだ。部室棟や諸侯の本拠地教室は電灯の灯りに満ちている。だが、それ以外には光がない。そして、日中の生徒たちの喧騒はなりを潜めている。薄暗い学園のなかにはただ僕らの蠢く音だけがただ侘しく、殷々と打ち震える金属塊の奏でる残響のようにあるだけだ。

 先程の日本舞踊研究会の部室が頭によぎる。

 この体制に何か大きな欠点はあるとは思えないが、どうしても僕には思うところがある。何がと聞かれても言葉に詰まるそんな感じの些細なものだ。敢えて言うならば、果たしてこれが学園のあるべき姿なのか、というものだろうか?

 僕はひとり思索していた。

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