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六話 最悪な出会い

 寝る前まで見えた地平線は、濃霧に塗り潰され何もかもが見えなかった。不安に駆られたアレスは、転ばないように手探りで甲板まで向かおうとした。

 さっきまで寝ていた、こぢんまりとしていた所から出ると、鼻をつくキツい血の匂いがした。濃霧で、まわりがほとんど見えないなか、必死に目を凝らした。


 死体だ。


 無惨にやられた船員の死体が転がっているのが微かに見えた。周りをよく見渡すと、さっきまで見えていなかったものに気がついた。


 吐いた。


 王宮や公爵邸では、絶対に見ることのない、初めて見る人の無惨に殺された死体。


 その時、ふとイルゼのことが頭をよぎたった。


 急ぎ手すりを見つけ、階段に差し掛かったと思ったアレスは、注意して階段を降りようとした。

 一歩、あると思っていたはずの床がなく、そこには階段があった。


 踏み外した足で止まれるはずもなく、倒れるようにして頭から階段をずり落ちた。


 アレスが階段から落ちるのと同じ時、耳をつん裂く轟音が響いた。


 火薬が焦げた特有の匂いが漂う。


 アレスは、転んだことを忘れて、いそぎ伏せ霧の奥を凝視した。


 烈火の如く爆音と共に火が吹いた。


 風に乗って漂う火薬の匂いが一層強くなる。


 アレスは、急ぎイルゼのいる部屋に向かう。また、大砲の音がして、今度はアレスの近くに被弾した。


 衝撃で体が吹き飛ばされ、宙に舞うアレスと砕けた船の木片。意識が飛びかけた、ただ床に叩きつけられ無理矢理意識が吹き返された。


 口を噛んだのか、血の味がした。


 軋むような痛みがするなか、体を起こすと右足に鋭い別の痛みが走った。見ると、太腿に木片が服の上から刺さって血が服に滲んでいた。

 足に突き刺さる木片に手を伸ばし、一思いに引き抜いた。血が染み込んだ鋭利な木片を、アレスは力任せにかなぐり捨てた。

 歩くごとに痛みが走る足を引き摺りながら、イルゼの部屋まで向かった。


「イルゼ?」


 ドアを叩きながらイルゼを呼ぶ。


 足音がした。


 霧でよく見えないが、目を凝らしていると霧の奥で黒い人影が動いた気がした。 もう一度イルゼのを呼ぶと。


「なに?」


 ドアの向こうから、端的に力強いイルゼの声が聞こえた。ホッと胸を撫で下ろしたアレスは、腰につけているレイピアを抜きドアに突き刺した。


「えっ?開けなさいよ!開けて……。アレス!」


 ドアを叩きながらイルゼは、ドアの向こうにいるアレスに言った。レイピアは、ドアを貫通して床にまで突き刺さり、ドアは推しても引いても微動だにしない。


「最後は、ここか」


 男の声がして、段々と人影が増えてきた。


「誰だ!」


 アレスは、怒鳴りつけるように言った。イルゼは、アレスの怒声を聞いてから異変を察知したのか黙った。


「顔を出せ!船員か?」


 霧の奥の人影は答えない。


 アレスと人影の間に沈黙が訪れる。だが、それも束の間だった。


 ジュッ


 マッチに火が灯された。無造作に束ねられた赤毛の髭がうっすらと、火に照らされて見えた。

 煙草の独特の匂いと共に漂う男の低い歌声。


「よし、願掛けはすんだ。坊ちゃん、そこをどいて姫様を差し出しな」


 敵だ。


 アレスの頭は、瞬時にそのことを理解して動こうとすると、足にまた激痛が走った。苦虫を噛み潰したよう顔をするアレス。


「どうした、戦うのか?どくのか?」


 男が言うと、周りにいる人影が笑い出した。煙草の匂いが一層濃くなり、アレスの鼻をつく。

 男が放つ異様な雰囲気に飲み込まれ、足が震えだすアレス。止めようにも止まらない。   

 必死に恐怖に抗うアレスは、頭をフル回転させて切り抜けられる策を考える。


「沈黙か」


 男がそう言ってサーベルを抜いた。霧の中でも、サーベルは鈍い銀色に光っている。



「「「「「おっ!おっ!おっ!」」」」」



 人影がリズムに合わせて声をだし、手を叩き騒ぎ立てる。

 アレスは、ドアに突き刺したレイピアに手をかけたが、すぐに手を離した。

 そして、拳を固く握りしめかまえた。


「えっと、それじゃあ。私が」


 頼りない声と共に、一人の男がアレスとタバコを吹かせる男の間に入った。

 手を叩き騒ぎ立てていた周りの有象無象は、驚いたのか手を叩くのをやめていた。


 煙草の男が失笑を漏らした。


「ふっ。好きにしろ」


「はい!ありがとうございます」


 男は、サーベルを抜いてアレスに向けてかまえた。アレスのことを観察しながら、一気に振りかぶりサーベルを振り下ろした。


「ハアッ!」


 掛け声がかかると共にアレスは、横へ倒れるようにして迫り来る一撃を避けた。ただ、倒れるようにして避けたことと、足の傷の痛みによって次の攻撃がかわせない。


 アレスは、目を血走らせたサーベルを振り上げる男と目が合った。


 終わった。


 脳裏に一瞬そんな言葉がよぎった。


「アレス様あぁぁッ!!」


 どこからともなく聞き慣れた執事の声と共に、霧の中から飛び出た影がサーベルを振り上げた男に体当たりして突き飛ばした。


「アレス様、ご無事ですか?」


「ああ、大丈夫だ。助かった」


 息を切らせる執事は、アレスの無事を確認すると男が落としたサーベルを拾って跪いた。


「どうぞ、これをお使い下さい」


「ありがとう」


 執事からサーベルを受け取ったアレスは、痛いながらも立ち上がり、リーダーらしき煙草の男に向き直った。


「おい、おい。爺さん、なにやってくれてんだ。ちょっとこっちこい」


 そう言った煙草の男は、執事の首根っこを掴み後ろへと放り投げた。


「えっ?」

 

 一瞬の出来事に、アレスも投げられた執事も状況が理解出来ていなかった。


「縛っておけよ」


「「「「はい!!」」」」


「さぁ、坊ちゃん。やろうじゃないか」


 煙草の男は、そう言うや否やすぐに動きアレスの間合いを詰めた。横に大きく無駄のない動きでアレスめがけて風を切るようにサーベルを振った。片手で軽く降ったサーベルの斬撃は、片手で繰り出されたものとは思えないほど重い攻撃だった。


「うッ」


 咄嗟のところでアレスは、横から迫る攻撃を扱い慣れていないサーベルで弾き返した。金属と金属がぶつかる音と共に火花が散る。


「まだまだ!!」


 煙草の男は、横に振り切った反動を利用して、素早く一回転してさらにアレスに攻撃をたたみかける。

 回転した煙草の男の背中でサーベルが一瞬視界から外れ見えなくなったアレス。間一髪のところで攻撃を受けるが、衝撃で体勢を崩した。サーベルも二度の凄まじい斬撃で叩き切られた。その隙を、見逃さず男はアレスを蹴り飛ばした。


「クッ」


 蹴り飛ばされたアレスは、吹き飛ばされドアにぶち当てられた。意識が遠くなる気がした。


「アレス!!どうしたの?」


 イルゼの声がとびそうだったアレスの意識を寸前のところで呼び止めた。


「おっ!お姫様がお呼びだぞ、坊ちゃん」


 煙草の男は、悪い笑みを浮かべながらサーベルを担いでドアを背に倒れ込むアレスへと近づいて来た。見下すような目でアレスを見て、肩に担いでいたサーベルをアレスへと向けた。切先が目の前に振り下ろされた。

 アレスは、壁に寄りかかりながら立ち上がり、切先も一緒にアレスの顔に向けられたままだった。


「諦めなるんだな、お前の負けだ」


 アレスは、それでもひたすらに打開策を探る。

 

 一つあった、最悪な打開策が。


 それをやらないために、必死にそれ以外の方法を考えるが思いつかない。奥歯を強く噛み締めるアレス。


「そろそろ、終わりにしようか」


 切先がアレスの顔から離れ、大きく振り上げられた。そして、風を切る音と共にサーベルが首に迫って来た。


 投げた。


 折れたサーベルを煙草の男の顔めがけて投げつけた。すぐに煙草の男は防御に徹しった。

 投げつけた折れたサーベルは、最も簡単に弾き返し力無く弧を描いて飛んでいった。


 それでも、一瞬意識が乱れる。


「うがァ」


 ドアに突き刺した使い慣れたレイピアを目一杯の力で引き抜き、煙草の男に斬りかかった。

 意表をついた攻撃で、無防備な脇腹に迫った斬撃は切ったと思った。だが、当たった瞬間固い何かにを切っただけだった。


 驚くアレスに一発、煙草の男の拳が命中した。




 倒れるアレスをそっちのけで、煙草の男はイルゼの部屋の前に向かった。


「アレス?」


 イルゼの声と共に、ドアが開いた。


 金色の瞳が、呆然とサーベルを下ろしてイルゼのことを見る銀髪の男を見据えた。

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