三話 神託
目が覚めたらアレスは、ベッドの上で天井を呆然と見ていた。昨夜、イルゼと踊ってから記憶が曖昧で良く覚えていない。
気分を変えようと、体を起こしてベッドから出てて白いパジャマを着たままルーフバルコニーへと出た。
アレスの寝起きの体を撫でる、朝の冷涼な風。朝日が地平線の彼方から顔を出してアレスの顔を赤色に染めた。
少しの間、ルーフバルコニーで海の景色を眺めた後、部屋の中にメイドを呼び式典用の服に着替えた。着慣れていない式典用の服は、いつもの服よりも重かった。
部屋を出る頃には、太陽が雲ひとつない晴天の空へと昇り、窓から爛々と陽光が差し込んでいた。
「アレス様、イルゼ様のところへ行かれては?」
部屋の前にいたアレスの執事が恐る恐る進言してきた。
アレスは、昨日のおぼろげなイルゼと一緒に踊った記憶を思い出しながら、苦笑いを浮かべて頷いた。
「分かった」
角にあるイルゼの部屋まで、歩いて行った。昨日の社交界とは違い、足取りは軽かった。
初めて開ける、イルゼの寝室のドアの奥からは、風がカーテンを揺らす音が聞こえた。
イルゼは、起きているなと思ったアレスは、深呼吸してからドアをノックした。
返事はない。
もう一度ドアをノックすると、かすかに返事が聞こえた。
ドアを開けた。
風のと共に花の香りがした。部屋を見渡すがイルゼはいない。ただ、ルーフバルコニーへと続くドアが開けっぱなしになっているだけだった。開けっぱなしの入り口から風が吹き込んで、真っ白なカーテンがなびいてた。
ルーフバルコニーへと出て行くアレス。風が吹いてカーテンが大きく風を受けて広がった。
イルゼがいた。
視界が開け、一瞬だけ海を眺めているイルゼの姿が見えた。
イルゼは、海の景色から視線を外して、ルーフバルコニーへ入って来たアレスを見た。風がイルゼの結んでいない髪の毛を揺らしていた。
アレスは、少し離れた手すり寄りかかった。
「おはよう」
いつもみたいに敬語にならないように細心の注意しながら、イルゼに挨拶をした。
「おはよう」
パッと驚いたように金色の目を見開き挨拶を返してきた。
「そろそろ、時間ですし……」
イルゼの前に立つと敬語になってしまう。イルゼは、アレスが敬語で話しかけようとした時、アレスをその金色の瞳で睨む。
「朝食をとりに行こう……」
ぎこちなく話すアレスを、吸い込まれるような、澄んだ綺麗な金色の瞳が見つめる。
二人の間には、少しの間沈黙が流れた。
いつまで建っても部屋を出て行かない、アレスにため息を吐くイルゼ。ようやく止まっていた時間が動き出したように、イルゼはジト目でアレスを見る。
「私の着替え、そこで覗いてるき?」
「え、あ。はい。出ていきます!」
疾風の如くイルゼの部屋から、アレスは駆け出て行った。ルーフバルコニーには、少し顔を赤らめたイルゼが残された。
部屋を出るアレスと入れ替わるように、イルゼのメイドが入って行った。それから長い間待つと、式典用の豪華な赤色のドレスを着たイルゼが出て来た。
「待たせたわね、それじゃあ行くわよ」
惚けた顔をしているアレスは、息を呑むほど綺麗なイルゼを眺めていた。それから、イルゼの声で現実へと引き戻された。
「は、はい!」
アレスの反応に、えっ、とした顔をするイルゼだったが、すぐに気を取り直し朝食を取るために歩き出した。
朝食を食べる部屋は、二人の部屋があった五階から一階に降りた、いつもは使われていない部屋だっだ。
その部屋に着くと、すでに食事は用意されていて美味しそうな匂いがした。
イルゼとは机を挟んで座り、式典用の服が汚れないようにナプキンを膝にかけから朝食を食べ始めた。
サラダからまず食べてから、白身魚のフライに手をつけた。時間が経っている割にパリッとしていて、とても美味しかった。
特に、イルゼとは会話をすることなく、黙々と食事をする二人。
先に口を開いたのはイルゼだった。
「美味しいわね、この白身魚」
「え……はい!美味しいで……す」
アレスは、敬語がなかなか抜けない自分に、嫌気がさしながら頷いて同意する。
「イルゼ……は、魚料理好きなの?」
会話を途切れさせないために、敬語で話さないように気をつけながら、なんとか会話を紡ごうとする。
「ええ、嫌いじゃないわ。アレスほどではないけど」
それから、少し話して食事が終わった。食事が終わるとイルゼの雰囲気は、ほんの少し変わった気がした。
二人が食べていた机に残された、葡萄の果実が入ったグラスとパン。それを、メイド達が片付け始めた。
二人は、食事を食べ終わってからその足で、神殿へと向かった。神殿は、お城の西の端にある海に突き出した崖に建っている歴史ある建物である。特に何か話すこともなく無言で、神殿までの道のりを淡々とただ歩いた。
大理石で作られた神殿が、段々と見え始めた。磨き上げられた彫刻が、太陽の光で反射し輝き神々しく見える。
一回も来たことのないアレスは、内心ワクワクしていた。それに比べてイルゼは、落ち着いていた。
神殿の周りに咲くラベンダーが、崖を紫色に染めていた。
ラベンダーの爽やかな香りに鼻が慣れ始めたころ、ようやく神殿の入り口へと二人は差し掛かった。
門番をする城の衛兵とは違う、装飾が多い重装備を着た衛兵に止められた。
イルゼが、上質な紙を取り出して、衛兵に見せると入り口の大きな門がゆっくりと開いた。
神殿の中に入ると微かに香木の匂いがした。イルゼの香水の爽やかでどこか凛とした匂いとは、違う独特の香り。
アレスとイルゼの二人の足音が、薄暗い神殿の中に小さく響いていた。
少し歩き、本殿への前の扉についた。すりガラスをふんだんに使い、銀で装飾された豪華絢爛な扉。
扉が開くと、キラキラとした光が解き放たれ、爛々とした光が隙間から溢れ出た。
本殿は、木漏れ日みたいに太陽の光が入って、まるで大理石で出来た森のようなところだった。
祭壇に人が見えるのが見えた。
すると、イルゼが片膝をついて跪いた。アレスもイルゼを見習い膝をつく。
それから、聞き慣れた声が神殿に響きながら聞こえた。
「神託が降りました。西の島国、ミカ国へ渡航しなさい」
図書館で会うコレットとは、全く違う彼女の姿が祭壇にあった。
神託を下してからコレットは、沈黙した。
イルゼは、頭を下げて立ち上がった。アレスも真似をする。そして二人は、神殿を後にした。
神殿から出てからは怒涛の数時間だった。まずはじめに、王様に神託のことを伝えるための謁見があり。その後には、渡航の儀が執り行われた。
まだ、正午のはずが、忙しい一日の終わりのような疲れが、アレスに襲いかかっていた。
アレスは、重い体を引きずりなごら馬車に乗り港までやって来た。前に座るイルゼは、慣れているのか全く疲れている様子はなかった。
不甲斐ない自分から逃げるように、馬車の窓から流れていく景色を眺めた。
馬車降りるとそこは、港の中心地から外れた王家の船が停泊したところだった。
周りの船よりも一回り大きく豪華な船が並べられていた。
その一隻にイルゼと共に乗り込んだ。
船の中はとても豪華で、城の中に比べてしまうと劣ってしまうが、十分な船だった。
足元が揺れる経験をしたことが、今まで生活する中で無かったことから、船に乗ると、波に船が揺られ違和感を覚えた。
あまりの倦怠感にアレスは、船に乗り込むとすぐ、ベッドへとダイブした。
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