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二話 踊り

 作戦通り、社交界には少し遅れて大広間の入り口の前までやって来た。アレスはここまでくるまでの道のりの中で、足が震えていて歩いている気がしなかった。さらに、作戦通りいくとイルゼと踊らなければならない。

 入り口の前に立つと、さっきまでの不安が倍になってこみ上げてきた。深く息を吸って、自分を必死で落ち着かせようとする。

 少し緊張がおさまってから、意を決して言うことを聞かない足を無理やり動かして社交界の会場、大広間へと入って行った。


 そんな中、赤いドレスを着て周りの集まる視線を無視しながらアレスへと女性が向かってくる。金色の瞳でアレスのことを射抜くように見る女性、イルゼがそこにいた。

 イルゼの姿を見ると、ビリとっした感覚が身体を駆け巡る。


「いい度胸ね、遅れてくるなんて」


 開口一番、アレスのことを鋭い金色の瞳で見て、皮肉めいた声で言った。


「すみません、少し遅れました」


 ため息をするイルゼ。


 ただ、いつもとはどこか違うイルゼだった。イルゼは、アレスの手首を取って強引に引っ張って行った。誰もいない端のテーブルに着くと、イルゼの小さく柔らかい手がアレスの腕からパッと離された。


「なによ?」


 頬を緩めたアレスに向かって、イルゼが尖った声で言った。


「いや、特になんでもありませんよ」


 フッン、と鼻を鳴らた。イルゼは、その席に座り遠目に貴族達を見ていた。アレスは、そんなイルゼの凛としていて整った可愛らしい横顔を見ていた。


 アレスの視線に気がついたイルゼは、


「早く座りなさいよ。この景色を眺めていられるのも、当分は今日で最後よ」


「はい。明日ですからね、海洋諸国連合ミカ王国に行くのは」


 イルゼは、鮮やかな赤色のワインをグラスに注ぎ、一杯飲んだ。前々から飲んでいて酔っているのか、少しピンク色に染まる頬、いつもより饒舌なイルゼだった。


「食べないの?」


 また、グラスにワインを注ぐイルゼが首を傾げてぼうっとしているアレスに問いかけた。


「あ、いえ、食べますよ。食べます」


 いつ作戦のダンスを一緒に踊ろうと、イルゼに聞こうか悩んでいたアレスは慌てて、目の前にあった白身魚のソテーを引き寄せた。そして、ナプキンを膝の上に掛けてフォークとナイフを手に取った。

 重力感のあるナイフで白身魚を食べやすいサイズに切ってフォークで口へ運ぶ。冷めてしまっていたが、ちょうど良い塩気とサッパリとした白身魚がマッチしていた。


「アレス。あなた、本当魚好きよね」


 いつも以上に話すイルゼのことを驚くような目で見るアレス。それに対してイルゼは、アレスが初めて見るような楽しそうな顔をしていた。


「ええ、好きですよ。そんなイルゼ様は……」


「敬語。やめなさいよ」


「え!?あ、はい。癖なんです……」


 ジト目でアレスのことを見るイルゼ。イルゼが何か言おうと口を開き掛けたその時、メイドがイルゼの肩を叩いて何か耳打ちした。


「そう……」


 一瞬、残念そうな顔をしたかと思うと、覇気がみなぎるいつものイルゼへと素早く戻ってしまった。


「アレス、席を外すわ。それじゃあ」


 イルゼは、そう言うとすぐに席を立ってアレスの返事を聞くことなく立ち去ってしまった。


 アレスは、一人席に残された。


 アレスには、社交界が色褪せた風景に見えた。端の席に座っているせいか、それが顕著だった。コレットと立てた作戦をどうするか、ぐるぐると回る思考の回廊を彷徨っていた。


「どうした、そんなつまんなそうな顔して」


 男がそう言って、イルゼが座っていた席に腰掛けて、手に持っていた皿を置き豪快に料理を食べ始めた。

 イルゼが途中まで飲んでいたワインを、テーブルの中央に逆さに置かれている新しいグラスに注ぎながら男は口を開いた。


「それにしても、アレス。お姫様はどうした?」


 おどけた表情をして盛大に皮肉を言う男。


「なんだよ、フィル?」


 フィルと呼ばれた男は、弱々しい友人のアレスのことを励まそうとする。


「端で呆然としてるお前を慰めに来てやったぜ」


 フィルは、ニカっと笑っう。それから、一気にワインを飲み干した。


「……」


「変わったな」


 唐突に意味のわからないことを言われ、首を傾げるアレス。


「どこが?」


 アレスは、突き放すように言った。


「わからないところからして、変わってる」


 イルゼのことやコレットの作戦のことの不安から、アレスはフィルのこの調子に段々とイライラしてくる。


「お姫様に牙でも抜かれたか?まあ、パッと飲め。そう言う時はな、飲むのが一番だ。どうせこの後、お姫様と踊らないんだろ」


「踊る」


 蚊の鳴くような消えそうな声で小さく呟くアレス。


 それを聞いたフィルは、驚いたような顔をした後、顔をパッと明るくして嬉しそう笑う。それから、アレスの空いたグラスにワインをたっぷりと注いだ。


「そうか、そうか。それなら、なおさら飲めよ。お姫様の前じゃ、酔ってなきゃ立てないからな」


 アレスは、無言のまま注がれたワインを飲んだ。アレスが飲み終わりグラスを置くと、またワインを注ぎ最後の一滴まで入れながら話し始めた。

 お酒が回ったせいか、饒舌になるアレスとフィルは自分達が子供の頃の話や、婚約者の話と花を咲かせて、楽しそうに話し合っていた。



 グラスを叩く音が大広間の中心から聞こえた。今まで騒がしかった大広間に束の間の静寂が訪れる。


「それでは、みなさん。終わりの時間も近づいて来ました。最後にダンスを踊って終わりにしましょう!」


 白い髭を貯えるスラットした老紳士、この国の宰相が元気でハリのある響く声でそう言った。


 貴族達は、中央に男女二人ずつのペアーになって集まり始めた。人数が揃うと、宰相は手で合図を送った。

 宰相の合図を受けた指揮者は、演奏者に視線で合図をして指揮棒を振った。


 クミシナ文化らしい、豪華絢爛なきらびやかな演奏が始まる。それに合わせて、集まった男女二人ずつのペアーは、円状になって並び一糸乱れぬ動き踊りだす。


 フィルがワインをチビチビと飲みながら、中央で踊る貴族達を眺めている。


 ダンスは、クライマックスに差し掛かり、音楽は大広間中に響き渡り、踊ってる貴族達は顔を高揚させている。

 まだ踊りを名残惜しそうな音を奏でるピアノの音を最後に、ダンスは終わり踊っている貴族達は息を上げながら最後のキメのポーズをとった。


 拍手が鳴り響いた。


 踊っていた貴族達が楽しそうに元のテーブルに戻って行った。


「行ってこいよ。お姫様が取られちまうぞ」


 フィルは、親指で入り口から大広間に入ってくるイルゼを指差した。指差された方を見ると、帝国の服装を着た男にイルゼがちょっかいを出していた。


「ほらほら、行ってこいよ。婚約者だろ?」


 意地悪そうな笑みを浮かべるフィルを睨みながら、アレスは立ち上がりイルゼの元に走って向かった。


 イルゼの近くまで来ると突然足が止まった。


 これでいいのでは?釣り合わない自分ではなく、他の人の方がイルゼにはいいのでは?


 突然、そんな思いが渦巻いた。そう考え出すと、足が一向に動かなくなった。


 イルゼのことをつい見てしまうと目があった。


 咄嗟に視線を逸らした。


 見てはいけないものを見てしまった気がした。


「アレス!」


 イルゼの覇気ある声が聞こえた。


 イルゼのヒールのコツコツと足音が下を向くアレスに近づいて来た。その足音は、聞いていると心地が良くて安心感がある温かな音。けれど、アレスはそう聞こえると同時に聞いてはいけない、離れなければならないタイムリミットの音にも聞こえた。

 アレスは、後ろに下がろうと右足を一歩下げた。その時、下げていた視線からスラット白い腕がアレスの腕を掴んだ。

 さっきと同じように暖かくて柔らかい手。触れたいと思うけれど、決して自分からは触れられない手に掴まれた。


「何よ……」


 イルゼは、残念そうな声でそう言ってから、次に言おうとしていたことを飲み込んで口をつぐんだ。


「踊らないの?」


 鈍器で叩きつけるような強い口調で、俯くアレスにイルゼは言った。


 アレスは、奥歯を噛み締めて苦虫を噛み潰したような顔を一瞬してから、作り笑いを悟られないように繕った笑みでイルゼのことを見た。


「ええ、踊りましょ。イルゼ様」


 アレスは、イルゼの手を取って中央まで向かう。不安や緊張は、その前の渦巻く苦い思いのせいで打ち消され、今は至って平然としていた。


「おお、これは、これは」


 周りの見ている貴族達は、驚いたよな表情を浮かべている。


 宰相は、指揮者に合図を送った。意を汲んだ指揮者は、演奏者達にまた目配せをして演奏の準備をさせる。

 二人が中央へ着き、ダンスを始めるポーズをとると指揮者は指揮棒を振って演奏を開始した。


 側から見ると二人の踊りは、優雅で息が合っているように見える踊りを淡々と舞った。けれど、踊っている二人にとっては、ぎこちなく歯車が合っていない機械仕掛けのような痛々しい踊りだった。

読んでくださりありがとうございます!

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