一話 金色の瞳
クミシナ王国の王宮のとある部屋の豪華な両開きのドアの前で、一人の男性が身だしなみを整えて、落ち着きがないようにソワソワとしていた。それから、意を決してドアに手をかけた。重厚なドアはゆっくりと開き、夕陽がドアの隙間から男性の方へと差し込んだ。
逆光で陰る彼女の顔は、金色に光る鋭い瞳だけが鈍く光っていた。
ライオンに睨まれたような、身がすくむ気がして部屋への一歩をなかなか踏み出せない。
「いつまでそうしているつもり」
冷淡な氷のような冷たい一言が飛んできた。恐る恐る部屋に足を踏み入れると、彼女は部屋に入って来る男性に興味を失ったのか突き刺すような視線を外した。
「で、何のようなの」
不機嫌そうな顔で窓から見える、海へとゆっくりと沈んでいく太陽を見ながら言った。
「様子を見に来た次第です……。一応、婚約者ですから」
あらかじめ決めていたような返答を、少し付け加えて彼女に返した。つまらないわ、と一蹴するようにため息を吐いて彼女は、口を開いた。
「国王に言われたの。それとも、カールマン公爵あたりかしら」
全てお見通しと言わんばかりに、あくどく見えるように笑う。
「……」
案の定だったのか、黙る男性。
「まあ、いいわ」
呆れたとしか思えない彼女の態度に、男性は、不甲斐なく思い手を硬く握りしめた。さっきの失態を挽回しようと、何か話そうと、必死に考える。
「ところで、ミカ王国への渡航は楽しみですね」
必死に言葉を紡ぎ合わせるように何とか取り繕う。彼女がそんなくだらないことを話したいとは思えないが、それ以外思いつくこともなかっかた。
「そう。よかったわね。あと、その敬語やめてくれる」
突き放すように彼女は言った。そう言う彼女の背中を見ながら、諦める顔をする男性。
「それでは、また社交界で……イルゼ」
名前を言われほんの少し肩を揺らすように見えたイルゼ、けれどそれも長くは続かず一瞬でまた普段通り落ち着いていた。部屋から出た行く男性は、ほんの少し肩の力が抜けてリラックスしたように部屋から、名残惜しそうに出て行った。男性が出て行って静かになった部屋でイルゼは、窓の端に立っているメイドに何か言った後、座っている椅子の近くに置かれている机から本を手に取った。
部屋を出た男性は、社交界まで時間を王宮にある図書館で過ごそうと、図書館のある西棟へと向かった。
何度も来たことがある図書館が、なぜか今日は特別に感じ、自分でも理由が分からなかった。
図書館へ入ると、本の落ち着く匂いがした。教えてもらい次に読もうと思っていた、フォグ海の冒険の本を持って、奥にある机が置かれた本を読むスペースへと本棚の合間を歩いていく。
「アレス君。こっちよ」
綺麗に並べられた机の奥で、手を振る人物がいた。その人に呼ばれた片手に本を持つ男性、アレスは、ぱっと顔を明るくしてその人の元へ駆け寄った。
「お久しぶりです。コレット様」
コレットと言われた女性は、アレスが図書館へ来る前に挨拶をしたイルゼに瓜二つで姉にあたる人だ。イルゼと少し違うところは、明るいオレンジ色の毛先がクルクルっと螺旋状になっている。
「なんの本を読むの?前に言っていた冒険の本かしら?」
コレットは、読んでいた本にしおりを挟み本を閉じた。
「はい。前にコレット様からおすすめしてもらった本です」
「そう!ちょうど、海洋諸国ミカ王国へ行くのでしょ?」
コレットの質問に、アレスは戸惑ったような表情を浮かべた。
「はい……」
二人しかいない机の所は、一瞬二人とも口をつぐみ気まずい沈黙が漂う。アレスが、窓から見える景色に目を泳がせようとすると、コレットが隣の席の椅子を引いた。
「座って」
強引な言い方をするコレット。無言でアレスは、その椅子に座った。
「イルゼとうまくいかなかったのかな?」
「……」
「そう、あの子気難しいから。けど、大丈夫よ!イルゼは、賢くて、しっかりと自分の意志を持っていて……根は優しい子なの」
コレットは、オレンジ色の髪をいじりながら、辿々しい言葉でイルゼのことを褒める。
「知ってます。ですが、どうしても……」
誰にも言えなかった悩み事が、つい溢れ出しそうになり口をつぐんだアレス。対極に、それが聞きたかったわ、と嬉しそうに聞くコレット。
「それで?」
「彼女と釣り合わないと思うんです」
アレスは、理性で悩みを押し殺すのをやめぶちまけた。
「私は、貴方達はとってもお似合いだと思うわ。イルゼもあなたがいると、いつもより楽しそうよ」
「そうですか」
アレスは、はっきりしない声で返した。それを見たコレットは、うーんっと顎にてを当てる。それから少しして、顔をパッと明るくして喜ぶように言った。
「それじゃあ、今日の社交界の時にイルゼのことを驚かせましょう!!」
「驚かせる?」
「そう!」
コレットは、そう言うや否や思いついた作戦を自慢げにアレスに話し始めた。
図書館へ差し込む夕陽が完全に沈み、壁にかけられた燭台から灯される蝋燭の明かりだけになった図書館の中に、二人の男女が小声で話していた。
「アレス君、分かったわね。しっかりと堂々とやりなさいよ」
「はい」
少し自信を取り戻したような声でアレスが答えた。
図書館を出た二人は、入り口の前で最後の打ち合わせをしていた。アレスは、不安そうに前髪を掻き上げていた。そんなことをしているうちに最終確認は終わってしまう。
「じゃあ、頑張って!!」
コレットがガッツポーズをする。
「頑張ります。コレット様」
うんうん、と頷き満遍の笑みを浮かべるコレット。
「よし!じゃあ、また社交界でね」
コレットがいなくなっると同時に、さっきまであった自信は、どこか遠い彼方に行ってしまい、代わりに不安が押し寄せくる。社交界へ向かうアレスの足取りは最悪であった。
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