妻に言いたい言葉が、出てこない
ゴシゴシゴシゴシ
あれから1週間、私は魔力透視と浄化の訓練を始めた。
ラファエラは、魔術を教えてくれるし、自分が触れる部分だけは浄化を掛けるが、それ以外では助力してくれない。
ラファエラが浄化した部位は、その瞬間は瘴気がない状態になるが、しばらくするとまた瘴気におおわれてしまう。
瘴気も熱力学第2法則と同じように、エントロピーが増大する、つまり均一になろうとすると言われた。
ラファエラはすこしオタクっぽい。
なんとも美しいオタクだ。
ゴシゴシゴシゴシ
魔力透視と浄化の魔術は、私が学んできた火炎魔法や雷電魔法と違って、力任せに出せば効果が強くなるものではない。
制御が難しく、まだちょろちょろとしか出力できずもどかしい。
イライラして魔力を込めようとすると、ラファエラが目ざとく見つけて制止するので、僅かにしか進まない。
ゴシゴシゴシゴシ
私はまだ魔力透視状態で自分の手を見ることができない。
あとどのくらい浄化を続ければ、指が見えるようになるのか?
いつの日か、指紋まで見えるようになるだろうか?
ゴシゴシゴシゴシ
ぐちゃぐちゃと混ざった色がおぞましい。
この一週間でより黒っぽく不気味になって来たのは、私の焦りが新たな瘴気を生んでいるのだろうか?
もしかすると、一週間前より酷くなっているんじゃなかろうか?
ゴシゴシ……
「……ティン」
「…グスティン」
「オーグスティン! こっちを向いて!!」
ラファエラ?
「どうした? 何故泣いている?」
ラファエラが震える手で石鹸まみれの私の顔を包んでいる?
「オーグスティン。お願いだから。もうやめて?」
侍従も心配そうにこちらを見ている。
バスルームに人を入れたのか?
こいつは信頼できるのか?
「オーグスティン。今くっついている瘴気は全部取ってあげるから、お願いだから魔力透視を解除して?」
ラファエラの顔は涙でぐちゃぐちゃだ。
涙でぐちゃぐちゃでも、美しいな。
「ごしごしこすっても、それは落ちないの。分かっているでしょ? こすりすぎて皮がむけているわ」
わたくしヒールは苦手なのよ?
ラファエラは、そういいながらシャワーで私の身体についた泡を洗い流している。
「あぁ、すまない。ちょっと考え事をしていた」
「貴方の固有魔素は高エネルギーなの。紫外領域よ。それに対して浄化は人体に優しい赤外領域で低エネルギーだから、ギャップが大きくて、魔力を変換するために繊細な技術が必要だって言ったでしょ? だからすぐには上手にならないのよ」
「うん」
ラファエラは、1週間前に教えてくれた内容を復唱しながら、嗚咽を漏らしている。
「貴方の技術が下手なんじゃないの。難易度が高いの。だから貴方の魔道回路を傷つけないためにも出力を弱めて、少しずつ進めた方がいいの」
「うん」
「そして、貴方にへばりついた瘴気がごちゃごちゃいろんな色が混ざっているのは、煩悩の種類がそれぞれ違うからなのよ」
「うん」
気づけば体中の皮膚が真っ赤になってただれている。
ラファエラは、侍従から受け取ったタオルで私の身体に残った水滴を痛みを感じないように少しずつ吸い取ってくれている。
私もそのタオルの端を使ってラファエラの頬を伝う涙を吸い取った。
笑顔が見たい。
君の笑顔が見たいんだ。
「聖女伝承によると、聖女は神殿で育てられれば『色欲』のみ対処すればよい状態になることが多いわ。市井で育つと『物欲』と『金銭欲』が加わる。そして、宮殿で高位の貴族と交流すると『権勢欲』と『自己顕示欲』が増大する」
「うん」
「当代聖女は、市井で育った上に、宮殿でも活動したわね? いろんな種類の欲が貴方に絡みついているからごちゃごちゃ汚らしく見えるし、3年間かけて積み重なっているから分厚いの」
「うん」
「しかも貴方はまだ『権勢欲』と『自己顕示欲』の浄化の仕方しか覚えていないでしょ? だからあまりキレイになっているように見えないけれど、確実に浄化されているわ」
「……」
「信じられない?」
ラファエラ……
私はバスローブを着せられ、ベッドに連れていかれる。
「寝る前に表面にくっついているのは全部取ってあげるから、もう少し待ってね?」
ベッドに横たえられ、身ぐるみはがされたと思ったら、ラファエラが侍従から受け取った軟膏をただれた皮膚にゆっくり乗せ始めた。
さっきから妙に気が利く男がいる……
こんな侍従、いつからいたんだ?
流石に腰から下は、この男が塗るようだ。
「表面の瘴気を取るから、ヒールまで掛けるとあなたの身体に負担がかかるわ。今晩は軟膏で我慢してね?」
「ラファエラ……」
「なぁに?」
優しく丁寧に軟膏を乗せているラファエラに、何か言いたかったような気がしたけれど、言葉が続かない。
「オーグスティン。5種類全ての瘴気を一度に祓うことはできるけれど、それは一つ一つのやり方を理解してからじゃないとダメなのよ」
「うん」
時々、ぽたり、ぽたりとラファエラの涙が落ちてくる。
「あなたには、弟君と元婚約者の方がキレイなオーラに見えたのよね?」
「ああ。こんなに汚くなかった」
「それは、あの二人が『権勢欲』に特化して、単色の瘴気を纏っていたから、ごちゃごちゃして不気味に見えなかっただけかもしれないわよ?」
え?
「そして、聖女の煩悩に纏わりつかれているあなたと違って、彼ら自身が出している煩悩かもしれないわよ?」
そんなことが、あるのか?
「あなたが王位を継ぎたいようには見えないし、わたしもそれでいい。ただし、健やかにあってほしいの」
王位……
あぁ、敵に聞かせようとしているのか。
君たちが王位に興味があるならば譲る、だから私の夫を傷つけるな、と。
ああ、ラファエラ、私は君を……
「だから、今はもどかしいかもしれないけれど、一つ一つの煩悩の祓い方をしっかり覚えて欲しいの」
軟膏を塗り終えたラファエラは、ベッドの端に腰かけ、私の手を握った。
その少しひんやりとした手を私も握り返した。
「さて、行くわよ。すっごく痛いと思うけど、覚悟はいい?」
「ラファエラ……」
私は何故か彼女の名前ばかり呼んでしまう。
でも、言いたいことは、のどにつっかえて、出てこない。
私が小さく頷くと、彼女は泣き濡れた顔でニヤリと笑った。
「パージ!」
ピカッ、ビリビリビリビリビリ……
子供の時に見たのに似た、美しい紫色の雷に全身を貫かれたような感覚に囚われ、私はそのまま気を失って、朝まで目を覚ますことがなかった。




