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妻の魅了は抗いがたい

 結婚式の翌日、元側近たちの妻たちが新妻ラファエラを訪ねてきた。

 白い結婚を宣言されて婚家を出たと言われている淑女たちだ。

 

 私はラファエラの睡眠魔法で昼近くまでぐっすり寝ねかされていたから、慌てて着替えて迎えに行った。


 私の敵は、誰かわからない。

 淑女たちが敵だった場合、お土産に毒が入っているかもしれない。


 

 ティールームに入ると、既にお茶会は終わっていて、ラファエラは淑女たちを見送りに出たと言われたので追いかけた。



「まぁ、髪がぼさぼさですよ? いくら廃嫡寸前とはいえ、身だしなみは大事よ?」 


 久しぶりに走ったことで、息を切らせて中腰になった私の髪を指で梳きながら、ラファエラは笑った。


 昨日の笑顔とはどこか違う、さっぱりとした笑顔だった。


 美しい。


 私は昨日までこんなに美しい人を見たことがなかった。


 腰まである銀色の髪が日に当たってほのかな金色に輝いている。

 吸い込まれそうな薄紫の瞳をずっと見ていたくなる。


 これは魅了に違いない。


 ダジマットの品の良い落ち着いたドレスを纏った姿は、女神のようだ。


 その女神が、手袋もしない指で、私の髪を梳いているのだ。

 クラクラするような眩しさを感じた。


 聖女の魅了は、気持ち悪かった。

 意地でも抵抗したくなる。


 でも、魔女の魅了は、心地よくて抗いがたい。

 このまま陥落してもよいだろうか?



「せっかくの良いお天気です。ガゼホでお茶をもう一杯いただこうかしら?」


 私は彼女をガゼホまでエスコートして、侍従にお茶を準備させた。




「淑女たちとは、何の話を?」


「そうね。このガゼホには盗聴器がないとか、ティールームや貴方の居室には盗聴器があるとか、そういう話を教えてくれたわ」


 は?

 いきなりそんな話をしたのか?

 

「彼女たちは、盗聴器の存在を知っていたのか……」


「ええ。彼女たちの敵は、混血派ですって。夫を守るためには地位を捨てさせるしかなかったと悲しんでらしたわ」


 どういうことだ?


「政敵から身を守るために廃嫡されるにあたって、婚約破棄ではなく、『白い結婚』の方の汚名を選んだ。怒って出て行ったと噂されることはあっても、『離婚した』とは聞かないのではなくて?」


「本当は、愛し合っていると?」


 ラファエラは、含みのある、でもなんとなく楽しそうな笑顔で、肯定を示した。


「お子が授かったら『嘘の白い結婚』がバレてしまうわ。早めに何とかしなくてはね?」


「いや、君がやるべきは、一刻も早く国に帰ることだ」


 私が機を逃さずに切り出したら、ラファエラは一瞬悲しそうな表情を浮かべた。


 彼女の悲しそうな表情がチクリと刺さったあと、じんわりと喜びが滲んできた。


 ラファエラが私の傍にいてくれようとするのが嬉しいのだ。

 追い出そうとする気持ちがぐらりと揺らいだ。



「元婚約者に聖女封印の魔道具を渡して、聖女を神聖国に避難させたのは、貴方ね?」


 今の話から、ここに繋がるとは……

 ラファエラは、美しいだけではなく、賢くもあるようだ。


 今、ラファエラを国に帰そうとしているように、聖女が国から離れるように仕向けたのは、確かに私だ。



「ああ。君の御父君にお願いして聖女封印の魔道具を賜った。盗聴器の仕掛けられている部屋で婚約破棄を計画し、魔道具は匿名で送り付けた」


 敵が乗ってくるかわからなかったが、上手く行ってよかった。



「聖女は遠くに逃がし、婚約は破棄し、妻は追い返す。あなたに残るのは孤独だけじゃない。そんな方法はダメよ」


「私がそれでいいと思っているんだから、いいだろう?」


 ラファエラは恐れ多くも「魔族の守護者」だ。

 聖女がなんと呼ぼうと、魔族にとっては、聖女伝承の第1期からずっと「魔族の守護者」だ。


 彼女の命のためなら私の孤独なんて些末な問題だ。


 昔々、聖女が人族を操って魔族を虐殺していた頃、もっとも酷い被害にあったのは神聖国だ。

 聖女は神聖国を魔族の拠点とみなしていたから、周辺国を荒らした後、最終的にはそこへ向かった。


 しかし、その頃から魔族にとって、自分たちの王はずっとダジマット王だった。


 その時代、ダジマットの姫は前線に出て、聖女を捕縛し、人族の長に送り返し続けた。


 ラファエラは、歴代脈々と連なる「魔族の守護者」の末裔だ。


 人族の居住に適した大きな泉のほとりに住んでいた私の祖先も、頻繁に聖女に攻撃され、泉を囲む輝きの森に隠れ住むようになっていた。


 ダジマットの姫は、輝きの森の魔族を救うために何度も森を訪れ、聖女と戦った。



 人族の初代皇帝とダジマット王の間で不戦協定が結ばれ、人族と魔族の間に国境線が生じた時、輝きの森に棲んでいた私の祖先は、魔族領に移住し、ブライト国を建国した。


 この時も、ダジマットの姫は、ブライトの民が安全に避難できるように自ら足を運んで支援した。


 私にとって、ダジマットの姫は、建国の恩人で、魔族の宝だ。


 私個人のために害されて良い存在ではない。


 しかも、当代のダジマットの姫は、こんなに美しいのだ。

 大事にしてくれる人はいっぱいいるだろう?




 盗聴器と盗視器が仕掛けられた居室に戻ったあと、ラファエラは私に合わせて不仲なフリをしてくれた。


「貴方がわたくしを愛さないことを気に病んでいる様子でしたので、本を取り寄せましたわ」


「なっ。気に病んでなんかいない!」


「わたくしの知る限り、聖女が出現したホスト国の王子とダジマットの姫が最も親しくなった時の記録ですわ。それでも結ばれなかったのですから、本当にご心配などいらなくてよ?」


「……」


 それは、恋を自覚するのが遅かったカーディフ王子の失恋譚だった。

 王子と姫は不仲ではなかったが、姫は公爵令息と結ばれた。


 でも、ラファエラが読ませたかったのは、そこではないだろう。


 ブライト王家の姫を母に持つ「魔族の守護者」が使った繊細で多彩な精神魔法や、カーディフの王太子が経験した聖女の精神被害についての記述の方だろう。


 何度もその本を読み返す私に呆れたラファエラは、その夜も私をベッドに誘導し、睡眠魔法を掛けた。


 「人をダメにする」魔法を掛けられたカーディフ王子みたいだ。


 私の手記も、将来、憐れみと共に読まれるようになるのだろうか?

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