妻という煩悩に溺れることにしたよ
「それにしても、魔族の守護者の手記は、恋愛譚ばかりだね……」
「共著者の魔族の守護者のパートナーも、相当な恋愛体質だと思うわよ?」
自分を棚に上げてちょっと呆れ気味な声色になったのが伝わったのか、キッチリ反撃されてしまった。
王太子の座を辞し、公爵位を興した私たちは、公務がない時期には、スノードニアで当代悪役令嬢の手記を書くようになった。
「飴と鞭なのですわ。悪役令嬢の試練は大変なので『ツラいことばかりじゃないのよ?』と、楽しかったことも書いているのですわ。先輩方からの励ましだと捉えておりますの」
「ダジマットの姫たちにとっては、魔術オタクの恋愛譚がウケるってことかな?」
「悪い? 楽しそうな人生に見えることが大事なの! 貴方もいろんな人から魔術を教えてもらって分かってきたと思うけれど、具体的な手法は、必要な時に深堀りすればいいわ」
「どんな才能や魔道具がどこにあるかを把握していれば、十分だってことだね?」
「その通り! 浄化が必要になればブライトかスノードニアに、人的ネットワークならノーリッジに、聖女封印の魔道具が欲しければダジマット王に、『困った時に頼る場所』が伝わりさえすればよいの」
「後は楽しいストーリーで読み進めるモチベーションをあげるだけってわけか」
「そう。だから、わたくしたちも、いっぱい楽しいことをして、読み進めるモチベーションを盛り立てていきましょ?」
最近のラファエラは、すっかり私の誘い方を心得ていて、私は完全に弄ばれている。
私だからこそ伝えられる後継パートナーへの励ましは、ダジマットの姫は、幼いころから一緒に育てられた相手に執着しがちだと言われているが、成人になってから出会った相手とも結ばれることがあるということだろうか?
それから、ダジマットの姫が聖女に狙われた「王太子」とは結ばれないというのも、その限りではないと言い切っておこう。
ステータスではないのだ。
ステータスだけでみると、私は最低のクズ王子だ。
献身的な婚約者に婚約破棄と極刑を言い渡し、真実の愛を育んだとされる聖女は助けに行かない。
魔王の娘が入国すれば、2週間後には婚前交渉を致してしまい、魔王の娘を誑かして両親を王位から引きずり下ろした。
ラファエラは、私を虐げてきた両親を許せないと憤り、プライベート空間、つまり寝室の盗聴の罪で訴えた。
王位から退かなければ、他の罪も公に晒すぞと脅して。
そうして、王と王妃は僻地に追いやられた。
父は、生まれてからずっといつ破綻するともつかない嘘を抱え続け、ずっと不安をだったと思う。
ブライト王家の魔族の血を強めるために嫁いできた本物の純血統の母は、虐げた同胞、純血統の派閥から爪弾きにされており、父しか頼る者のいない心細い暮らしを続けてきた。
両親は、ようやく不安から解放されて、心の底ではホッとしているのではなかろうか?
父の執務室から証拠として押収された私とラファエラの「婚前交渉」の音声は、裁判所に提出され、私は公に「バカ王子」の「クズ男」となり、王太子の座を引くことになった。
民は、私とラファエラが人族式の結婚式を終えていたことを知らない。
罠にかかって純血統の魔族同士が人前式を執り行っていたなんて、言えない。
それに、この「婚前交渉」の1週間後に、取り繕うように魔族式の神前式を執り行ったのは事実なのだ。
私とラファエラとの結婚お披露目パレードには、民に石を投げられる覚悟で臨んだ。
でも、私がラファエラを慈しんでいる様子や、ラファエラが私に「好き好き光線」を送っている姿を見て、手に持った石を投げる前に下ろしたって感じだろうか?
ラファエラが私にべったり貼りついて離れなかったから、石を投げれば「魔族の守護者」にも当たってしまうからね……
おかげで弟が王位に就くことと元婚約者との婚約が民に快く受け入れられた。
そして、私たちは公爵家を興し、王宮を辞した。
我が公爵家ではこれから、「聖女の血統」システムを誰にでも維持できるようにオープンソース化する研究を進めていく予定だが、この血統管理の仕組みが人族と魔族の融合を妨げないように配慮する必要がある。
また、プライバシーの問題もあるから、管理者が閲覧できる範囲を明確に定める工夫も必要だ。
私一代で成し遂げられる事ではないが、妻が子作り協力的なので、多くの後継を残せるのではないかと思う。
唯一、心残りなのは、当代悪役令嬢とそのパートナーは、聖女と歩み寄るという点において大きく後退してしまった事だ。
当代聖女は、まき散らしている魅了と混乱と瘴気を抑える努力をしてくれない。
聖女に誑かされたブライト貴族令息の一人が神聖国に渡り、彼女の説得を試みているが、聖女は彼を利用しようとするばかりで、彼の真心を踏みにじっている。
瘴気は人族でも魔族でも聖女でも、欲望に囚われれば出てしまうものなので、ある程度は仕方がない。
私だって、対象限定ではあるが、色欲にまみれた瘴気を垂れ流している。
そして、妻はそんな私を見て喜んでいる。
貪欲になることが幸せを深めることにつながることだってあるのだ。
特に、後継を残すには都合がいいので、浄化するつもりもない。
あれこれ多方面に欲張らなければ、それなりに美しい感情なのだ。
聖女だって、神殿で育っていれば、色欲だけだっただろうと、ラファエラは言う。
当代聖女は、全てにおいて欲張りになるように育てられたと。
聖女に侍られたことがある私の印象では、当代聖女は根本が欲張りなだけに見えたが……
ラファエラが聖女に同情的なことに反対する気はない。
それに、最終的には、手を差し伸べられても改善しないという聖女の選択が、彼女を牢から出せない理由なのだから、聖女の自己責任だ。
うっ。
妻が、しびれを切らして、直接的に誘ってきた。
遠慮なく求められるって、嬉しいものだな。
だから、私もできるだけ、私の渇望が妻に伝わるように努力している。
そういうわけで、これ以上妻を待たせたくないから、私は私の煩悩に溺れることにするよ。
君たちにも幸多からんことを祈る。
最後までお読みいただきましてありがとうございました。
次の作品は、同じ世界で「男装令嬢」のテンプレに挑戦してみました。
よかったら読んでみてください m(__)m