夫を襲撃して、既成事実を作ります
「信じられない!」
わたくしは、オーグスティンに置いて行かれました。
お母様の故郷のアカデミア共和国で開発された精神魔法検査キットを見せてもらっている間に、一人でボウランドに帰ってしまっていました。
瘴気に侵された側近候補たちの治療プログラムを作るのに便利なキットで、魔力を流すだけで7種類の精神魔法の罹患状態を一気にチェックすることができます。
詳しく話を聞いている間のふいうちでした。
前の日の夜、オーグスティンはわたくしに「ほどほど」の魔力しかくれませんでした。
その日のわたくしには、2国先のボウランドまで転移する魔力が残っていませんでした。
計画的に置いて行かれたのです。
お父様から彼の考えは聞きましたが、到底納得のいくものではありませんでした。
何故、共に戦ってくれないのでしょうか?
何故、わたくしのために戦ってくれないのでしょうか?
わたくしは、英気を養って、3日後にオーグスティンを襲撃することを心に決めました。
まず、翌日、魔族と人族の中継国ナースへ飛び、聖典を手に入れました。
「ボウランド淑女ブック」です。
基本的なマナーや立ち振る舞いから、好まれる服装、メイク、心を掴む夜の誘い方まで、徹底的に研究しました。
ナース国に一泊し、小道具を買い集めました。
ランジェリー、ナイトガウン、ネグリジェは、特に念入りに選択しました。
着心地重視では、ありませんことよ。
ボウランド男性に好まれる大人なデザインですわ。
ダジマットもボウランドもナースほど品数が豊富ではありませんからね。
オーグスティン、驚くかしら?
それからダジマットに戻って、オーグスティン専用の捕縛魔法と結界魔法の術式を完成させました。
縛り付けてでも、既成事実を作る所存です。
腕と足を縛るつもりですが、先々代の悪役令嬢ミシェル様の開発した「人をダメにする」ブレンドを参考に、捕縛縄に体力回復を付与させました。
わたくしは、精神魔法はそこまで得意でありませんから、ミシェル様ほど複雑な術式は組めません。
それでも、神聖国の神官ですからね。
回復魔法は、相当訓練しています。
回復魔法を掛けると、術者に対する抵抗心が弱まるとの記述がありました。
少しは効果があるでしょう。
少なくとも、縛られて痛いということは無くなると思いますわ。
結界魔法は、モードリン様との共作ですわ。
わたくしとオーグスティンだけを捕縛空間に閉じ込めた後、音、映像を選択的に解放できます。
映像は、見られるのはイヤですが、音は敵の盗聴器に流してあげましょう。
そうやって、既成事実を成り立たせるのです。
過激だとか、恥ずかしいとか、言ってられませんわ。
目的のためには、敵をも利用することにいたしましたの。
鬼才ベネディクト・スランダイルン公爵の戦術ですもの、きっと勝てます。
それで、オーグスティンが魔族の守護者の「特別」であることが、周知されるでしょう。
そして、敵としても、わたくしが最初の子供を生むまでは、わたくしの命を狙うことが無くなりますわ。
その間に状況を打開しなくては、ね。
ついでに、聖女伝承に記載されていた、聖女の手管も予習しておきました。
ぷるんとした瑞々しい唇とか、うるうると湿った上目遣いの視線とか、そういうの。
この際、参考にできるものは、何でも利用させていただきますわ。
最終日は、ダジマット宮殿の女官たちの総力を持って磨いてもらいました。
転移、捕縛、結界のための魔力は温存しました。
「お父様、お母様、今夜、オーグスティンを陥落させに参ります。どうか祝福を賜りますよう」
「まぁ! 準備は整ったのね。御武運を!」
お母様は、優しく微笑んで、応援してくださいました。
「無理強いはちょっと賛成できないけれどね。お仲人さんは誰がいい?」
お父様は、苦笑気味に、でも背中を押してくれました。
「先代悪役令嬢のモードリン様とジェレミー様を希望します。『子だくさん』の恩恵が受けられそうです!」
多産系のジェレミー様との血のつながりはありませんので、ただの縁起担ぎですが、この際、縁起でもなんでも担げるものは担いでおきますわ!
「うん。じゃぁ、来週末にここに来てもらえるか聞いておくから、頑張って」
理解のある両親を持って、幸せです。
さぁ、覚悟なさい、オーグスティン!
魔王の娘の全力を味合わせてやりますわ!!
皆様も応援してくださいませよ!