妻をご両親にお返しした
「この度は、お嬢様を騙すような形で結婚させてしまい。大変申し訳ありません」
ラファエラの転移でダジマット宮殿に現れた私たちを転移紋の前で待っていてくれたダジマット両陛下に、開口一番、謝罪をした。
自己紹介の前だったが、まぁ、言いたいことは通じたと思う。
「まぁまぁ! ようこそダジマットへ」
「まずは部屋に荷物を置いておいで。中庭に昼餐を準備しているから、食べながらゆっくり話そう」
ダジマット両陛下は、にこやかに迎え入れてくれた。
初夜のラファエラの笑顔を思い出した。
ラファエラは、お二人によく似ていた。
余所行きの笑顔もそっくりだ。
自然な笑顔の方がかわいい。
私は、いつの間にか、ラファエラの余所行きのプリンセススマイルと自然な笑顔が見分けられるようになっている。
私は早い内に両陛下にご相談したい儀があったが、その機会は晩餐の後まで訪れなかった。
昼餐は、ラファエラの独壇場で、この2週間、いろいろあったけれど、とても楽しかったことをご両親に熱弁していた。
その後、ダジマット宮殿の庭園を散策したり、宮殿内の施設を案内してもらったり、ラファエラはずっと楽しそうにしていた。
ダジマット家は、混血化を推進していて、宮殿内は魔術の使えない人族でも快適に過ごせるように工夫されていた。
ダジマット家自体は、対聖女兵器であり続けるために純血統を保っているが、この世界の行く末としては、混血化、そしてその果てに魔法のない世界を見据えているようだった。
魔族は人族よりも子供が生まれる頻度が低い。
混血化が進むと魔力を持たない血の方が優勢になる。
だから混血化の果てには、微弱な魔力しか残らないと考えられているようだった。
一方で、対聖女の最終防衛基地として、一定レベルの魔法使いにのみ入室できる部屋も随所に配置されていた。
その代表が王都に点在する国立図書館だ。
ラドカム、ボドリアン、クラレンドンなど有名な施設には階層の間もしくは、地下などに高位魔術師にしか見えない蔵書庫が存在するようだった。
ラファエラは、ブライト国が「悪役令嬢はいらない」と言ったことで、10才までそういう場所に親しむことができたことを感謝している様だった。
悪役令嬢は生まれてすぐに聖女のホスト国に養子に出されることも多いので、その多くが出生国のことをよく知らないまま生涯を終えるのだそうだ。
最後に彼女の楽しそうな様子が見られて、良かった。
晩餐の後、ラファエラの御母君が、母国アカデミア共和国で開発された精神魔法検査キットを入手したと彼女の気を惹いてくれたので、ようやく御父君と話をすることができた。
「私のようにブライト国に飼い殺しにされる後嗣が生まれるのを防ぐため、私は次代をもうけるべきではないでしょう。生涯独身で過ごすつもりです。だが、ブライトの血がなければ『聖女の血統』を維持することができないかもしれません」
聖女の血統とは、聖女に対抗しうる強い血を作るために生み出された、魔族の血統書だと思われている。
大元は人族のファミリーツリーだ。
元々輝きの森に暮らしていたブライト国の魔族達は、魔族領に移り住む際にファミリーツリーの文化を魔族に持ち込んだ。
第2期の聖女伝承の始まりは、そのブライト国の壊滅で始まった。
ブライト国の高位魔術師たちは、聖女に操られ、互いを陥れ合い、殺し合った。
ブライト王族は、最後の一人にまで減らされ、ダジマット王家に保護されることによって、辛くもその血をつないだ。
それ以降、ブライト王家は、聖女に対抗するため、聖女の使う精神魔法を研究し続けた。
精神魔法は、赤外の魔素を使って、人体に少しずつ影響を与える微弱な攻撃だ。
このため、ブライト王族は、操作が狂いやすくなる強い魔法使いと結ばれることを嫌った。
ホドホドの魔力量でホドホドの強さの固有魔力を維持し、操作技術を磨く方向に魔術を研鑽した。
このために、ホドホドを知るための魔族の血統情報を、人族のファミリーツリーに追加した。
それが「聖女の血統」の実態だ。
私はその魔術についての一切を知らないが、自家の歴史ぐらいは知っているのだ。
「困ったね。『聖女の血統』は、一つの魔族文化になってしまっているからね。娘も結婚して血統書を結んでもらうことに憧れを抱いている。それを絶ったのが君だとなると、今後千年、魔族から恨まれるかもしれないよ」
「覚悟はできています」
ダジマット国王陛下は少し思案した後、ゆっくりと新情報をもたらした。
「君の覚悟は分かったんだ。だがね、もし娘が君と結ばれたがったら、受け入れてやって欲しい。これは、ダジマットの国防のためでもあるんだ」
国防?
どういう意味だ?
「ダジマットの姫や王子が愛するものと引き裂かれると、国が荒れて、聖女が出現するんだ。国防だろう?」
「国が荒れるというのは、民が怒るという意味ですか?」
「そうなんだ。ダジマットは豊かな国だろう? だから民にゆとりがあるんだ。ゆとりがあるものは、自分が幸せで、他人にも幸せにあって欲しいと願う」
「……」
「だから、姫や王子が不幸になると、怒り狂って暴動を起こすんだよ。そこに聖女が入ってくると、もう、悲惨なことになる。この千年で2回も出現されている。信じられないかい?」
「はい。正直言って、にわかには信じがたく……」
そんな私に都合の良いことがあっていいのだろうか?
「国民は知っているんだ。ダジマットの姫や王子が魔族のためなら身を捨てられると。だから、本気で怒るんだよ。私たちは民に幸せを願ってもらえて、本当に幸せだ」
それでも私は……
「しかし、ラファエラがブライト国にいては命が危ないのです。私はブライト国王と王妃の実子ではないでしょう。生みの両親が生きているとは思えません。本当に危ないのです。そして私は、彼女に生きていて欲しいのです。どうか陛下からも説得いただけませんでしょうか?」
陛下は再び少し思案なさった後、了承してくださった。
「あいわかった。君がどのように考えているのかについては、しっかり伝えてみるよ。結果は保障できないけれどね」
この会談の後、私はラファエラを置いて、一人でボウランドへ帰国した。