妻と親密な触れ合いがしたい
目が覚めたらラファエラは私の背中に腕を回し、足を絡めて眠っていた。
私は彼女の抱き枕を拝命したらしい。
短い袖から出た腕も、少しだけ触れる足も、どこもかしこもすべすべして、撫でまわしたい衝動に駆られた。
いや、ダメだ!
そっと彼女を引きはがし、額に口づけてから、身支度を整え、散歩に出た。
彼女をダジマットに帰すことを想像すると、猛烈に泣きたくなった。
スノードニアのひんやりとして清涼な空気にしばらく身を晒し、気持ちを落ち着けてから、ヴィラに戻った。
ラファエラは、神聖国に出かける支度を済ませていた。
薄化粧を施し、シックなダジマット風のエルフドレスを身にまとい、髪は纏めてアップにしている。
令嬢っぽい甘さのない凛とした美しい貴婦人になっていた。
美しかった。
普段のシンプルで動きやすそうなデイドレスとは違って、近寄り難い気品に満ち溢れた「魔族の守護者」と呼ぶにふさわしい美しさだった。
パールか、ゴールドの耳飾りを贈りたいな。
そんなことが頭を過ったが、私にはそんな資格はないだろう。
それでも、贈ってみれば、時折思い出して使ってくれるかもしれないなんて、浅ましいだろうか?
ほんの短い間だったとしても、彼女の夫として傍にいられたことに感謝するだけに留めよう。
転移先の神聖国では、ラファエラの神官時代の相棒である玄妙が待っていた。
「ラフィ! よう戻ったのぉ~!!」
「玄妙! ただいま! 元気にしていた?」
ラファエラにとっては、神聖国は第2の故郷だ。
その親し気な様子が、すこし寂しかった。
玄妙は私を見るなりキッっと睨みつけてきた。
ラファエラの魔力が私の瘴気で汚染されているのが見えたのだろう。
神聖国の高位神官は誰でも使える魔術だと言っていた。
聖女との接触の前に、ラファエラと玄妙が聖女に挨拶に行き、私の訪れを告げる様子を隣室から物理透視で見学することになった。
物理透視も私にとって未知の魔術だった。
神聖国の神官たちは、こういう特殊な魔術を惜しげもなく他人に教えることに違和感を感じたが、教えてもできる人は多くないから情報自体が公開されているそうだ。
私は魔術は火、雷、風、水の四大魔法しか知らなかったから、ラファエラと結婚してからその奥深さを身に染みて感じる。
我がブライトの王族が使う魔法とはどのようなものなんだろうな?
物理透視と魔力透視を重ねて聖女牢を見たら、凄い量の瘴気が溜まってよく見えないので魔力透視はすぐに解除した。
。
ラファエラは聖女と短いやり取りをした後、部屋ごと「浄化」と「清浄」する魔法を掛けて、膝をついた。
私が入室することを念頭に、瘴気を祓ってくれたんだと思うが、相当な負担だったようだ。彼女はカーディフから神聖国への二人分の転移もしている。
ムリをさせ過ぎたのか?
聖女牢の入口まで迎えに行って、隣室のソファーで抱きかかえていつも通りに額に魔力を供与した。
ラファエラは私の頬に手を当てたかと思ったら、私の唇を自分の唇に誘導し、キスをした後、眠ってしまった。
最初に言っていた、唇同士の魔力授与を試したかったのだろうか?
それとも……
私はここ数日彼女に魔力を供与して確信していることがある。
それは、ラファエラが言っていた「効率の良い」魔力授与は、唇同士ではなく、口腔内での交わりを通してであろうと言うことだ。
試してもいいが、玄妙の前では憚られるため、眠ってしまったラファエラを抱え直して、魔力が充填されるまで額に供与し続けた。
そして、玄妙の案内で聖女に面会した。
聖女は相変わらずだった。
私の血筋について聞いたら、アレコレ交換条件を付けて自分の要求を通そうとしたので、話を聞くのを諦めた。
「ラフィは、そなたの血筋が、陰謀を明らかにするカギだと言っておったが、聞き出さなくていいんかの?」
玄妙はあっさり引き下がる私を訝しんだので、正直に答えた。
「私の血筋がどうであれ、私がブライト王宮で飼われている事には変わりません。敵の目的は私を生かしたまま幽閉することです」
「そなたの敵はそなたの次代が欲しくてラフィが呼ばれのか?」
「ラファエラを呼んだのは、別の派閥でしょう。私を幽閉したい派閥にとっては、本物の『魔族の守護者』は邪魔でしょう」
玄妙はあっさりと口を割った私に驚いたようだった。
「ラフィに命の危険があると?」
「私を幽閉したい派閥は、私の子供が欲しい。相手がラファエラでも、そうでなくても、子が授かれば、次はその子が私と同じ様に王宮に飼われることになるだけです。その時は、私もラファエラも不要になります」
「物騒じゃの」
「私はそんな負の連鎖は繋ぎたくない。ラファエラは近日中にダジマットにお返ししようと考えています。彼女をよろしく頼みます」
私は人を愛するべきではない存在だと諦めているのだ。
聖女が私について知っていることを教えてくれなくとも、どうということはない。
どうせ私の血は絶やすのだから。
玄妙は、私に頼まれるまでもないと思ったかもしれないが、私は玄妙に私がラファエラを大切に思っていることを知っておいて欲しかった。
未練、だろうか?
玄妙は、小さくうなずいた後、私に二人の神官を紹介してくれた。
ヨハンとエマだ。
ヨハンは、いつぞやの気が利く侍従だった。
神聖国の手のものだったのか……
エマもブライト王宮に入っているらしい。
神聖国の皇王聖下がラファエラに付けた神官だそうだ。
神官の訓練所で二人に転移魔法を教えてもらった。
私が自分で大量の魔力を消費することができれば、代わりにラファエラに消費してもらう必要がなくなる。
そう言われて初めて私のラファエラへの魔力授与が排毒の一貫であったことを知った。
そして、この度の新婚旅行の間は、ダジマットに遠慮せず、浄化設備を使わせてもらうことを奨められた。
私は二人の指導と助言に感謝した。
ラファエラが目を覚まし、スノードニアのヴィラに連れ帰ってもらった後は、助言の通り、浄化の効果のある一人掛けのソファーで目で追うだけで浄化効果が発言する聖女伝承を読んで過ごした。
この浄化装置を製作した「魔族の守護者」は、ブライト王女を母に持つ。
だが私はブライト国の秘儀・秘術を何も知らない。
ラファエラがいなくなった後の無聊は、こういう魔術の研鑽で慰めようと思った。
また、多くの資料から、ダジマット家が代々、いつか聖女と共存できる日を目指して活動していることが伝わってきた。
当代の悪役令嬢のラファエラは、何一つ関与できないうちに、聖女が牢へ入れられた。
ラファエラが私との結婚を拒否しなかったのは、出来ることをちょっとでもやりたかったからかもしれない。
ラファエラが、長ソファーでウトウトしていたので、寝室に連れていき、「効率の良い」とされる口腔での交わりを介した魔力授与を試した。
効率が良かったかどうかは知らない。
私がそうしたかったから。
転移を覚えた私は、今後、ラファエラに魔力を消費してもらう必要がなく、ラファエラに魔力を供与することもなくなる。
最後だと思えば、より親密な触れ合いで、私のことを覚えていて欲しかった。
私の魔力の味を覚えていて欲しかった。
それに何より、私がラファエラにそうしたかった。
ちょっとしつこかったかもしれないが、最初で最後だ。
許してほしい。
心地よさそうに眠るラファエラを腕の中に収めているのに、私の胸は張り裂けそうだった。