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妻が手放しがたくなってきた

 新婚旅行の転移先は、カーディフ国のスノードニア地方のヴィラだった。



「ダジマット家所有のヴィラだから、ちゃんとダジマットに来てるわ。ブライト宮殿では、耳が多すぎて、行先を言うのにも気を遣うわね」


 この場所に来たことを知られたくないということか?



「最初の夜はすまない。ああいう言い方をすれば、君が怒って帰るかと思って」


 私は何より先に初夜の発言について謝った。



「君を愛することはない?」


 ラファエラは、私の手を引いて、長ソファーに寝そべらせた。

 浄化効果のある「人をダメにするソファー」らしい。

 カーディフ王子が手記の中で、最後に体を休めていたソファーだろう。

 

 心がツキリと痛んだが、気が緩むし、心地いい。



「君の安全のためなんだ。白い結婚の定番の切り出し方だった。聖女は、側近候補が結婚すると新妻にそのように言うように助言していた」


「まぁ! 聖女はそれほどまでに思い通りに人を操れるようになっていたのですね。側近候補たちとは親しかったの?」


 親しかったか?

 そう聞かれると、言葉に詰まる。


「いや、私には、側近はいなかった。聖女に惹かれた者が寄ってきて、私の側近のように振舞い始めたという感じで、正式な側近ではなかったよ」


 ラファエラは小首をかしげている。

 私を廃嫡して幽閉しやすい状況が作られただけなんだと言ってしまって良いものか?



 ラファエラはお茶を淹れたり、茶菓子をよそったり、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。

 これが素の彼女だろうか?

 どれをとっても美しい所作だ。


 魔族の守護者がお茶を淹れてくれるなんて、贅沢だな。


 「君を愛することはない」なんて言ってしまったが、本当は「君に愛してもらう資格がない」と感じているよ。

 そう言いたかったが、言いそびれてしまった。



 ソファーの心地よさにうつらうつらしていたら、侍女が水晶がたくさん入った宝石箱を持ってきた。


 その水晶をとっかえひっかえ持たせては、私の感想を聞いている。


 どれもひんやりとした心地よさを感じるものだったが、その中のいくつかは特に心地が良かった。


 どうやら浄化を軸に様々な精神魔法が組み込まれている魔素結晶だったらしく、ラファエラはそれらの水晶の解析を始めた。


 その間、僕はラファエラに推薦された過去の悪役令嬢やそのパートナーたちが書いた手記を読んでいた。



「ラファエラ……」


 彼女は、私に呼ばれて顔を上げる。


「これらの手記を読んで思ったんだが、もしかして聖女に入られるのは、その時々の魔法国の最弱国なのか?」


 彼女は、少し考えてから、答えた。


「そのようにも解釈できると思うけれど、最弱国だと断定はできないわ。例えば、今、ブライトより不安定な国があったとしても、わたくしたちには分からないもの」


「もし、仮に、ブライトが最弱国だとして、聖女に付け入られた理由はなんだとおもう?」


 ラファエラは、表情を曇らせ、何か言いかけた後、飲み込んで、言葉を選んでいるようだ。

 きっと何か考えがあるが、私には言いづらい事なのだろう。

 

「まず、ブライトに付け入ったのは、聖女ではなく、聖女を派遣した『神』と呼ばれる存在なのだと思うわ」


 神…

 人族がそう呼び始めた存在だ。


「そして、もしブライトが狙われたとすれば、『お家騒動』かしら? あなたは何者なの?」


「え?」


「あなたは、ブライトのお家芸を教えてもらえていないし、計画的に聖女をけしかけられて、失脚させられて、無力化されたように見えるわ。でも継承から外せない理由があって廃嫡されていない……」


 なんだ、分かってしまったのか……


 思わず起き上がって全てを話して良いものか思案する私に、ラファエラがお茶を淹れ直してくれた。

 それどころじゃないのに、うまい。


「それに、結婚もすごく急だったし。魔族の純血統のブライト王子とダジマット王女の結婚が本人たちと証人の文官だけの人前式なんて、変じゃない? 血統書を見られたら困るのよね?」


 やはり彼女も血統が重要なカギだと思うのだな。


「私たちの結婚について、私には拒否権がなかったから、君が拒否してくれるのを期待していた。おかしいと思っていたなら、なんで拒否しなかったんだ!?」


「人前式だから、民の不安が解消されたら、後で結婚はなかったことに出来ますという意味だと思ったの」


「民の不安?」



「わたくしは、お父様から連絡を受けてブライト国へ参りましたけれど、『民が不安がっているから顔を見せてやって』との指示でしたわ。まさか、結婚だなんて思っていなくて……」


 つまり、ブライト国は、魔族の守護者をだまし討ちのような形で結婚させたと?



 あぁ、なんてことだ。

 ダジマットの姫の「魔族の守護者」の気質にまんまと付け入られている。


「高位神官のダジマットの姫がブライトで害されれば、私はダジマットと神聖国の2国を敵に回すことになって、今度こそ幽閉できるからだよ」


 ラファエラを呼んで私と結婚させた派閥は、民を安心させたかったのかもしれない。

 ラファエラは、ブライトについてすぐに着替えさせられ、神殿へ連れてこられた。

 

 でも、私の血統を隠したい別の派閥が、それに気付き、咄嗟に神前式を人前式に変えて、私とラファエラを同じ寝室に押し込んで、私がラファエラに危害を加えるのを待っている、といったところか?

 


「2国を敵に回すのはあなた個人じゃすまないわ。ブライト国が2国を敵に回すことにもなりかねないわ。何故そんなことを?」


 ラファエラの表情は暗い。


「私は聖女に『気狂い』にされたんだよ。ブライト国とは関係ない『気狂い』による犯行なら、私だけを魔族の社会から孤立させることができるだろう?」


 ラファエラの吸い込まれそうな薄紫色の瞳に涙の粒が浮かんでいる。

 また私のために泣いてくれているのか?



「明日、神聖国へ行きましょう。聖女はあなたの血統について神から何か情報を貰っているかもしれないわ」


 私はむしろダジマットへ行って、彼女のご両親にご挨拶とお詫びをしたかった。

 なんならそのまま彼女をダジマットに置いて行けるよう相談したい。


 しかし、自分が何者か分からない状態で行くのも気が引けたのでラファエラに従うことにした。


 このあと、私はラファエラを膝の上にのせて、額に魔力を供与した。


 ブライトからカーディフに国を跨いだ転移をしたことで、疲れていたのだろう。

 彼女はすぐに眠ってしまった。


 侍女にいつもの着心地の良いダブルガーゼのナイトガウンに着替えさせてもらい、ベッドの中で魔力の供与を続けた。


 魔力の供与が終わっても、私は彼女を腕の中に収めたまま眠った。

 手放しがたい私の宝。


 彼女が去った後、私は一生涯に渡って喪失感と戦うことになるかもしれないな。

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