妻に「君を愛することはない」と言ってみたんだが……
「君を愛することはない!」
私はこの新妻に対して猛烈に怒っていた。
廃嫡寸前の私は、この結婚に関する拒否権を持たなかった。
彼女は、この結婚を拒否することができたにも関わらず、署名した。
何故、断わってくれなかったんだ?
今の私に出来ることなんて、この新妻を怒らせて国に帰らせるぐらいしか、ないだろう?
「まぁ、そんなことをご心配なさっていたのですか? 大丈夫ですよ」
目の前の新妻は、ニッコリ笑って、私にソファーに座るように促す。
彼女は「魔族の守護者」だ。
魔王の娘、魔女。
そんな風も呼ばれる。
いにしえの昔から、魔族を守り続けてきたダジマットの姫の当代だ。
正義感か憐れみか知らないが、この結婚が泥船だと分かっていて乗ったに違いない。
「何が大丈夫なんだ? 君は言われていることが分かっているのか?」
酷いことを言われてるんだぞ!
聖女に篭絡された貴族令息達が白い結婚を言い渡したら、妻達は皆んな怒って出て行ったと聞いているぞ?
「聖女のホスト国の王子と悪役令嬢が結ばれたことはないわ。わたくしも愛なんて期待していないので、ご安心なさって!」
「は?」
悪役令嬢とは、魔族の守護者の別の呼び方だ。
魔族を誑かし魔法国を内部から瓦解させる「聖女」から、そのように呼ばれているらしいが、私はその呼び方は好きではない。
「アレクサンドラ様なんて、聖女が現れたアバディーン国に足を踏み入れたこともなければ、王子だった金剛に会ったこともないと書いてあったわ。でも、わたくしは貴方のお傍に置いて貰えないと活動できないもの」
ぐっ。
純粋に「悪役令嬢の試練」を全うしに来ただけだと言いたいのか?
それなら「聖女」と対峙するのが試練のハズだ……
「聖女マリーナは、神聖国の聖女牢に入れられた。ここにはいない!」
神聖国でもいい。
この国から出て言ってくれ。
ここは、君にとって安全じゃないんだ。
今ならまだ間に合うから。
「あなたが極刑を宣告したから、元婚約者が身の危険を感じて、聖女封印の魔道具を使ったのでしょう? アタオカって言葉、ご存じ?」
化粧っけのない笑顔をこちらに向けてくる。
素顔でもこれほどまでに美しいとは……
結婚式で初めて会ったときの近寄り難い美しさではなく、優しい笑顔だ。
いや、見とれている場合じゃない!
笑みを浮かべていても、言葉はキツイ。
怒らせることには成功しているのか?
お願いだから、怒ったなら国へ帰ってくれ!
「聖女マリーナを階段から突き落として殺すところだったんだぞ! そのくらい当然だろ?」
王宮の中央階段下に倒れていたマリーナを思い出すとゾッとする。
敵は私の命は傷つけないが、他は殺してしまうかもしれないのだ。
私は何らかの理由でこの国で「王族」として飼われている。
恐らく「王族」の血が流れているんだろうが、自分の血統書を見せてもらったことがない。
それにブライト王族の固有魔術を教わったこともない。
公務もほとんど回ってこない。
だが、命を狙われたこともない。
おそらく私は敵にとって「生きていないと困る」存在なのだ。
聖女をけしかけられて、不名誉も被った。
果てには、聖女の命が危なくなったので、私は狂人になることにした。
婚約者への婚約破棄と極刑宣告だ。
過去の聖女伝承では、こういう王子はすぐに廃嫡になる。
安直だが、効果的な方法だと思っていた。
しかし、何故か私を廃嫡して幽閉するに十分なほど民意が覆らなかった。
そしたら次は「魔族の守護者」が嫁に来た。
とても凛として美しい人だ。
この泥船に一緒に乗るべき人ではない。
もしも私のせいで「魔族の守護者」が傷つけば、流石に民が怒るだろう?
だから、彼女は害されるために呼ばれた可能性がある。
なんとかして、国に帰ってもらわねば!
「なるほど、重症ですわね。魔族は聖女に操られない限り同胞に『極刑』を課したことがないのですよ。おかしくなってしまったあなたがこちらの世界に戻れるように明日から一緒にリハビリしましょうね?」
新妻は立ち上がって、私の手を引いてベッドに誘う。
「なっ! 何をやっているんだ、君は!! 君を愛することはないと、言っただろう!?」
私は何故か彼女の誘導に抗えない。
これも魅了の一種なのか?
ブライト国を何度も窮地から救ってきた「魔族の守護者」への敬愛によるものか?
私が決定的な間違いを起こして、君を巻き込んでしまう前に、どうか、国に帰ってくれないか?
「『ラファエラ』ですわ。よろしくね、旦那様。わたくしをご覧になったらわかるでしょ? 初夜に着心地を重視したダブルガーゼのナイトガウンを準備する妻がいると思います?」
新妻、いや、ラファエラは、オフホワイトと淡い黄色のギンガムチェックのナイトガウンを着ている。
丈は足首まであるが、胸元がスクエア、袖が短いデザインで、涼し気だった。
なるほど、こういう装いだと、あの怜悧な美女が、やわらかな美しさを湛えるようになるのだな。
でも、刺激的な姿じゃなくとも、魅力は全く損なわれないから、君の理屈は通じてないぞ?
「ね? わたくしだけじゃなくて、皆様ご存じよ。あなたがわたくしを愛することはないって。それより明日からリハビリよ。早く寝ましょ?」
私をベッドに押し込んで、丁寧にデュベを掛けてくる。
おいっ! 私は5才児じゃないぞ!!
「いや、私はソファーで……」
ラファエラは、起き上がろうとした私を見てあきれ顔で言い放った。
「あなたが寝不足でリハビリが進まないと、私がイヤなの。『スリープ!』」
私はそのまま死んだように眠った。