黒の中の白
――刹那。
原初の動きが、硬直した。
と思った次の瞬間……漆黒の身体に、白く輝くひびが入る。
――ピシッ。
――ピシッ。
いくつものひびが同時に生まれ、そして交わり、巨大なひびとなって原初を包み込んでいく。
その光景に、叫ぶ。
ライスケがやったのだ。
だったら、私達も……それに応えよう。
「全力で――!」
爪翼を限界まで広げて、ありったけの水をあつめる。
「全力で、撃ち滅ぼせ!」
†
――白い空間にいた。
瞼を開けているのか、いないのか。そんなことすら疑問に思う、一点の曇りもない純白が、ただ広がっていた。
けれどそこにあるのは寂しさや空虚感ではなく……温もり。
白闇。
希望がどこまでも詰め込まれた闇。
ふと、目の前に立つ存在に気がついた。
それは、この空間に反する、漆黒。
何故今の今までそれに気付けなかったのか。その姿は、まるでぽっかりと空いた穴のようだった。
常闇。
絶望がどこまでも詰め込まれた闇。
それが、人の形をして俺の前に立っている。
それは他でもない。
俺の姿だ。
俺という、常闇だ。
『……どうして、一つになれない』
問いかけられ、俺は苦笑。
「一つになれないことなんて、ないさ」
そう。
確かに、俺達は皆違う。
でも、知ったんだ。
皮肉にも、俺は人を喰らうことで、そうして喰らった存在に力を貸してもらったことで、知った。
決して、俺達は個であっても、孤ではないのだと。
個と個は、例えどんな存在と存在であっても、繋がろうと思いあえれば、繋がれる。
それは、きっと……それこそが、正しく、一つになるということなのだと、俺は信じたい。
『ならばどうして、争いが起きる?』
それには、簡単には答えられなかった。
でも……そうだな。
俺の得意の、綺麗事、ってやつで答えるのなら……、
「守りたいものがあるから」
守りたいものがあるから、人は戦う。
その戦いは、本当にいろいろな戦いがあって、中には悪と呼ばれる戦いもあるだろう。
それでも、それは……自分にとって大切な、譲れないものを、守りたいものを守るための戦いなのだ。
俺だって、同じ。
俺にも守りたいものがあったら、戦って……そして今、ここにいる。
そして、守る為に、原初を喰らった。
『なばら永遠に分かり合えないと?』
「さあ……それは、どうだろう」
そんな未来の事は、正直俺には分からない。
「でももしかしたら、ほんの些細な切っ掛け一つで、みんな、分かり合ったりするのかもしれないな」
思い出すのは、再会したウィヌスが俺の事を仲間と、改めて呼んでくれた時のこと。
ウィヌスは、そして世界は、本当ならば俺の敵。俺を倒そうとしていた。
けれど、それでもウィヌスは俺を仲間と呼んでくれたんだ。
それがどんな切っ掛けによるものか、俺はウィヌスではないから分からない。
それでも、少なくとも、分かり合った、ということだけは、自身を持って言える。
そんな風に、きっとどんなものだって、分かり合えると気がする。
繋がりは、広がっていく。
「そうなったら、いいよな」
『……そう、だな』
頷き、黒い手が俺に伸ばされた。
『ならば、貴様はその為に生きればいい』
「……その為に?」
『我が言えた義理ではないのだろうがな。きっとそれが……償いにも、なる』
償い。
それは、俺が喰らってしまった全ての存在に対するもの。
……そっか。
そういう償いかたも、あるのかもしれないな。
だったら……。
「そうだな」
俺も、手を伸ばした。
「償いの第一歩は世界平和、ってところか……うん。悪くない」
黒い手を、握る。
と、俺の姿をした常闇が、足元から純白の粒子となって空間に溶けていく。
「どうせ時間はいくらでもあるんだ。なら、やってみるよ」
『……そうか』
脚。
腰。
胸。
腕。
そして、俺の握りしめていた手も消えてしまう。
次に首。
顔の半分ほどまでが、なくなる。
『ならば、我と違い、最後まで正しくあるがいい……欠片――いや。原初の神すら喰らいし者よ』
「ああ。正しさ、なんてよくわからないけれど……でも、間違いないように、気を付けるよ。というより、間違えたら、いろいろなやつらにボコボコにされそうだからさ」
『……そうか』
互いに、微笑する。
そして……原初が俺の内に落ちる。
†
原初が、ついにはじけ飛んだ。
漆黒の内側から溢れだしたのは、純白。
それが空を覆い尽すような、大輪の花を形作り、収束する。
それはまるで、原初が現れた時の、あの現象の繰り返しのよう。
けれど、それに不安はない。
あるのは、安堵。
だって、この純白は……とても温かだから。
純白が一点に集まり、そして、一つの形を作り出す。
人。
そう……。
他でもない。
ライスケだ。
彼が、地面に立つ。
その双眸が開かれ――私と視線がぶつかった。
僅かな静寂。
彼の口元に、笑みが浮かぶ。
それに私も、笑みで応えた。
「えっと……ただいま」
どこか自信のなさそうな、ライスケの声。
まったく。こんな時くらい……って言っても、まあライスケだものね。
一拍子。
――大喝采が、空を震わせた。