希望と絶望
さあ――行こう。
ここは、償いの道だ。
俺は、この道を歩き続ける。
真っ暗で、足元すら見えない。
でも……温かい。
温かなものが、確かにある。
それさえあれば俺は、どれほど暗くても、救いが見えなくても……この道を行けるから。
そして、今、目の前にそり立っているのは、大きな障害。
復讐という、狂気。
踏み砕こう。
俺が通る為に。
力を貸してほしい。
俺一人では、この障害を越えられないから。
さあ――……。
「行こう。一緒に……!」
身体の芯から、何かが滲みだす。
常闇。
けれどそれは、闇ではない。
常闇という名の、黒い、深い……希望。
世界三つ分の力――希望だ。
その希望を、相対する絶望にぶつける。
アスタルテに、大質量の俺の常闇が叩きつけられた。
「ぐ、っ……!」
それを防ごうとして、しかしアスタルテの常闇では俺の常闇の勢いを削り切れずに、その身体の半分ほどが喪われる。
その分、俺の中に流れ込んでくるものを感じた。
「なんなのよ、貴方の、常闇は……!」
身体を再生させながら、アスタルテが苦々しげに言う。
「気色が悪い……!」
「それはこっちの台詞だ!」
あんな、禍々しいだけの闇。
憎しみに染まり切ってしまった闇。
その闇の中にいる全てもまた、憎しみに染め上げられてしまっている。
彼女の闇の中には三つもの世界があるのに。ヘスティアやティレシアスだっているのに。
その全てを、どうして憎しみに沈めてしまうんだ。
「そんな酷い闇の中にいるなんて、可哀そうすぎるじゃないか!」
せめて、という思いが偽善であることは分かっている。
結局俺もアスタルテも同じだ。
多くの存在を喰らった。
それでも俺は、やっぱり……せめて温かな闇の中に、いてほしいと思うんだ。
だからこそ……、
「俺は、お前を喰らう……!」
「ふざけるな! 貴方などが……私を喰えるものかっ!」
アスタルテの常闇が、悲鳴を上げるように空高くまでそり立った。
「私は……私に優しくない全てに復讐をする!」
そして、蠢いた。激しく、のたうつように。
「なにもかもが、絶望に沈め!」
次の瞬間。
俺の胴が千切られていた。
「っ……!」
なにをされたのか、理解するのに少しだけ時間がかかって……その答えは、ひどくシンプルだった。
ただ、俺が反応出来ない速度でアスタルテの常闇が俺を襲った。それだけのこと。
「優しくないなんて、当たり前だ!」
なら、俺も……今以上の力を振り絞ればいい。
そうすれば、アスタルテに負けたりはしない。
「だってお前は、誰にも優しさを求めなかったんだから! そんなやつに優しくしろだなんて、無理に決まってる!」
「どうせ求めたところで、私達は――化け物は受け入れられない! 結局、裏切られて終わりだ!」
「そんなこと、あるものか!」
一際強い声が出た。
「俺には、いた!」
そう。
今だって、俺の背中を押してくれている。
「仲間が……!」
「そんなの幻想よ!」
俺とアスタルテの常闇がぶつかり、散る。
勢いは、ほぼ互角。
だから何度も、何度だって、ぶつかりあう。
削り合う。
喰らい合う。
「所詮、私達のことを理解していないだけ。いくら貴方が仲間なんてものを信じても、いつかは裏切りの時が来る! そんなことも分からないの!?」
「そんな時、来るわけがない」
証拠も何もあるわけがないけれど……それでも、確信している。
だって……あいつらは、最高の仲間だから。
確信するのに、それ以上のなにが必要か。
「話にならない。もういい、貴方は……私の絶望に喰われろ!」
「お前が、俺達の希望に喰われろ!」
アスタルテの目の前に飛び出す。
そして彼女の身体に常闇を叩きこみ……俺の身体を、彼女の常闇が貫いた。
そのまま、至近で喰らい合う。
頭。
眼。
鼻。
耳。
口。
首。
肩。
胸。
腕。
腹。
臓。
腰。
脚。
骨。
肉。
命。
喰らう。
喰われ。
喰らい。
喰らわれる。
喰らう。
喰らう。
喰らう。
喰らう――!
喰らわれ。
喰らわれ。
喰らわれ。
喰らわれ――!
互いの力は、それでもやはり、均衡。
力の天秤は傾かない。
だから、さらなる重みを加える。
勝つんだ。
打つ砕く。
喰らう。
希望で。
三つの世界と一緒に。
守るんだ。
守る……!
「俺は、負けられないんだ!」
「私は、復讐しかないのよ!」
弾け飛ぶ常闇が、雪のように降り注ぐ。
その中を、俺とアスタルテは互いを貪る。
「どうして貴方は、こんな世界を守ると言うの!?」
「守りたいものがある。それだけで、十分だろう!」
「いいえ、不十分よ!」
アスタルテが常闇を振るえば、俺もそれに合わせて常闇を振るう。
常闇が相殺される。
「そんな下らない感情で、私の復讐を邪魔しないで!」
「なにが、下らないって言うんだ!」
一瞬、勢いで勝った俺の常闇がアスタルテの身体を喰らう。
「俺にとってこれは、かけがえのない、大切なものなんだ! それを、お前にどうだこうだと言われる筋合いはない!」
「なら、私にとっては復讐がそう! 私の復讐を、貴方に否定されるいわれはない!」
今度はアスタルテの常闇が勝り、俺を喰らう。
両者の言い分は、同等。
ただ、ベクトルが真逆なだけ。
故に……もう、するべきことは決まっている。
自分の思いと通す為に。
相手の思いを、喰らう。
「お前は、俺に……」
「貴方は、私に……」
声が重なる。
「「喰らわれろ!」」
常闇の勢いが、増す。
膨れ上がっていく。
それは――力。
そして、希望。
んー。
なんだろ……ものたりない気がする。