甘い闇
力を、貸して欲しい。
もう一度。
あと一度。
これきり……お願いだ。
皆の力を、貸して欲しい。
俺が喰らった世界も、バアルが喰らった世界も、今ここにある世界も。
そこにいる全ての存在に、望む。
力を……。
守る為に……。
力を、俺に……!
――――。
「う、ぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
身体中から、常闇が溢れだした。
黒くて、暗くて、深い。
けれどそれは……どこか、輝いているようにも見えた。
アスタルテに、俺の常闇が襲いかかる。
「っ……この程度……!」
アスタルテも常闇を放ち、二人の常闇が真っ向からぶつかる。
勢いは……アスタルテの方が強い。
当然、と言えば当然のことなのだろう。
俺は三つ分の世界の力を持っていると言え、その三つ目――つまりこの世界の力は、喰らって奪ってわけではない。加護、という形で受け取ったものだ。
その分、アスタルテに力では劣っている。
でも……それが、どうした……!
その程度の力、なにがなんでも埋めてやる。
「ぶち抜けぇえええええええええええええええええ!」
俺の常闇の勢いが増す。
そして――アスタルテの常闇を貫いた。
「そんな……っ!」
驚きながら、アスタルテはそれでも俺の常闇を避けて見せた。
「力の重みなら、私の方が上の筈なのに……なんなのよ、貴方の、その力は……!」
「お前には分からないだろうさ」
アスタルテに肉薄して、拳を振るう。
それを防ごうとした彼女の右腕が吹き飛び、そして俺の右肩がアスタルテの拳によって吹き飛ばされた。
「復讐しか考えてないお前には、分からない!」
これは……俺一人の力じゃない。
俺達の力だ。
復讐しか考えてない、憎しみに捕らわれたお前には、絶対に分からない……。
「そんなもの……」
ぎり、と。
アスタルテが歯を噛み締めて、俺に鋭い眼光を刺した。
「綺麗事でしかない!」
ごう、と。
黒い嵐がアスタルテを中心に吹き荒れる。
「貴方のその甘い現実を、打ち砕いて見せましょうか!」
そしてその嵐が向かうのは――皆のところ。
「やらせるか……!」
すかさず俺も常闇を広げて、アスタルテの嵐を掻き消した。
「だから、甘いと言うのよ……!」
その隙に、俺の身体にアスタルテの常闇が撃ち込まれる。
脇腹に大穴が開く。
「確かに俺は甘いかもしれない。でもな――」
腹に突き刺さった常闇を掴み……掌から滲みだした常闇で相殺させる。
「全部何もかも憎んで復讐しか残らない生き方より、よっぽどマシだ……!」
「何も、知らない癖に!」
俺の言葉にアスタルテが咆哮する。
「知っているさ!」
だって、同じだから。
「俺だって、自分の世界を喰らった! それで、苦しくて、悲しくて、絶望して……でも!」
いてくれたんだ。
一緒にいてくれる、仲間が。
「お前も、手を伸ばせばよかったんだ!」
苦しいんだ、って。
悲しいんだ、って。
絶望してしまいそうなんだ、って。
そう、誰かに手を伸ばして、言えばよかった。
「そうすれば、きっとそんな憎しみなんて、要らなかった筈なんだ……!」
「私には……それだけしかなかった!」
気付けば、アスタルテの片目から、一粒、涙が零れていた。
「私は、復讐しか教えられなかった! それでも、その手を振り払えるわけがなかった! 貴方は、それまで否定するの!?」
「するさ!」
冷酷かもしれない。
でも、それでも……俺はアスタルテを倒す。その為に、彼女の全てを、否定し尽してやる。そのくらいの気持ちでもなければ、きっと勝てない。
「教えられたから、それが全てだなんて……そんなの、子供と同じじゃないか!」
アスタルテ……お前は、逃げただけだよ。
自分で考えたくなかったから。
一番縋りやすいものに、縋っただけだ……。
でも、駄目なんだよ、それじゃあ。
「俺達は、ひどい罪人だ。多くの命を喰らった。だからこそ……償う必要がある」
例えどんな形であっても、それが茨の道であったとしても、俺達は、償って行かなくちゃならないんだ。
だから、俺は……、
「負けるわけにはいかない。まだ、何も償っちゃいないんだ!」
†
なんや、とんでもないなあ。
その戦いを言葉にすることすら出来そうにない。
ワイら神ですら置いてきぼりな戦い。
ほんま、とんでもない。
ワイらは、こんなの敵に回しとったんか。
そう思うと、ぞっとした。
そして同時に、あの小僧がこの世界を守ろうとしていることに、安堵をおぼえる。
任せてもええんやろうな、小僧……。
言っとくが、ワイはお前がモテモテやって勘づいとるんやぞ。
だから、お前がどうにかなったら、泣く子が沢山おる。そんなの、ワイは紳士として許さんからな。
†
ウィヌスが彼を信じる理由が、今更分かった気がする。
強い。
それは、腕力や魔力、ましてや常闇の力でもない。
心。
意思。
そんな、見えない強さが、はっきりと彼の言葉の一つ一つから伝わって来る。
神としては不甲斐ないかもしれないですが……。
お願いします、少年。
この世界を、守ってください。
†
ライスケってやつは……ヘタレだとばっかり思ってたんだがなあ。
啖呵を切る今のあいつの姿は……なんだよ。
かっこいいじゃねえか。
まあ、でも世界を救おうっていうんだ。そのくらいが丁度いいのかもしれないな。
ははっ。
少し、笑いが零れた。
あいつが世界を救う、か。
とんでもない英雄だな。
こりゃ、自慢できるぞ。
俺のダチは、世界を救ってみせたんだぞ、って。
だからよ、ライスケ。
俺の自慢話になるために、さっさと勝ってみせろって。
†
戦いを目で追うことすら難しい。
動作の一つ一つが、破壊的な突風を巻き起こす。
それを、わたし達は魔術で防ぎながら、二人の戦いを見守っていた。
……足手まといだろうな、わたし達は。
分かってはいるが……それでも、この場を去ろうとは思わない。
自意識過剰かもしれない。でも……わたし達がここにいたほうが、ライスケはきっと強くなる。そう思うから。
あいつは、そういう人間だ。
けれど……歯がゆいな。
見守ることしかできない。
なんと情けないことか。
本当ならば、加勢したい。だが、それこそ足手まといにしかならないだろう。
だから、今はただ見ていよう。
拳を握りしめる。
祈る。
ライスケ……。
勝てよ……!
負けることなんて、わたしは許さんからな。
†
ライスケさん……。
胸の前で、両手を握りしめた。
辛さも、悲しさも、絶望さえも乗り越えたライスケさんの背中を、とても大きいと感じる。
あの背中に守られているのだと思うと、なんだかすごく……温かい。
でも……やっぱり、あの人が戦う姿は嫌で……。
早く終わって欲しい。
戦いなんて、あの人には似合わない。
いつもみたいに、笑ってくれたほうが、私は嬉しい。
いつもみたいに、賑やかな皆さんを見守るあの人でいてくれたほうが、私は嬉しい。
だから、ライスケさん。
勝って。
勝って……あの日常に、戻りましょう。
待ってますから。
私は、私達は、ここで待ってますから。
†
……ライスケ。
私は、まだ分からない。
貴方とここまで来る選択をしたのが、本当に、私自身なのか。
でも、それでも、これだけは言える。
私は、貴方といることを嫌とは感じていない。
だったら、理由なんて、どうでもいいのかもしれない。
どうせ悠久を生きるこの身だもの。
貴方と旅をすることにくらい、理由はなくていいわよね。
ねえ、ライスケ。
神だなんだと言っているけれど、私も所詮は、一つの意識よ。
人となにも変わらない。
今回のことで、それがよく分かった。
迷うことも、戸惑うこともあるのだと、知った。
そして…………。
ライスケ。
また、旅をしましょう。
この戦いが、終わったら――また。