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神喰らい  作者: 新殿 翔
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六つの世界



「ティレ、シアス……?」



 目の前の光景が、すぐには理解できなかった。


 ティレシアスの身体が、常闇の杭に貫かれている。


 不意に。


 その瞳と、視線が交わる。


 ――ぁ。


 それで、分かってしまった。


 今、確かに俺は受け取ったのだ。


 ティレシアスの意思を。


 それはつまり、ティレシアスが……。


 待て。


 待ってくれ。


 駄目だ。


 いなくならないでくれ。


 一緒に戦うんだろう?


 負けるつもりはないって、言ったじゃないか。


 なのに……嫌だ。



「ティレシアス――!」



 手を伸ばす。


 常闇に貫かれたところから徐々に、ティレシアスの身体が崩れていく。


 それはまるで、中身のない、泥人形が崩れるかのよう。


 しかし、それなのに……ティレシアスは……笑って、いた。


 ひどく穏やかな笑みを口元に浮かべ、こちらを見ている。


 ふざけんなよ。


 残りの事全部俺に、押し付けるのかよ……!


 そんなの……そんなの、酷いだろう!?


 ティレシアス。お前だって、一緒に……。


 けれどそんな俺の思いなんて知らぬと。


 ティレシアスの身体はなくなり、そしてその顔にまで崩壊が及ぶ。



「いくな!」



 そして――喰われる。



 ティレシアスさんの身体が、崩れていく。


 ……なに、これ。


 ティレシアスさんがいきなり出て来て、それで、常闇に貫かれて……。


 ……消えてしまう。


 そう直感した。


 このまま、ティレシアスさんがいなくなってしまう。


 そんな……。



「駄目……消えないで」



 本当に小さな声で、言う。



「ティレシアスさん……!」



 名前を呼んだ、刹那。


 ティレシアスさんが、私を見た。


 ――ありがとう。


 何故だが、そんな声が聞こえた気がして……、



「ぁ……」



 ティレシアスさんが、いなくなる。



 ――……。


 拳を握りしめる。


 涙が出そうで……けれど、泣くわけにはいかなかった。


 呆然とした様子で地面に膝をついたメルから離れ、木々の向こう側を睨む。



「――これで、三つ。あとは、貴方が持つ二つの欠片を奪い取れば、原初が再誕する」



 現れる、アスタルテの姿。



「喰らうわ、貴方の全てを」



 凄絶な笑みを浮かべ、彼女が告げた。



「俺は、お前には負けない……!」

「言い目ね。初めて貴方を見つけた時とはまるで違う……その目に宿るのは、怒り、かしら?」

「違う」



 即座に断言する。



「へえ……ならシアスは、貴方にとってはその程度の存在だった、ということかしらね」

「それも、違う」



 ティレシアスは、俺にとって、もう十分すぎるくらいに、大きな存在だ。


 それでも、怒りはない。


 俺とティレシアスが会った、言われた言葉がある。


 きっとあいつは、こういう時がくることを、どこかで知っていたのかもしれない。



「憎しみに呑みこまれてはいけない。その時、憎しみは君自身をも喰らい尽す。ティレシアスは俺にそう言ったんだ。だから俺は……怒りは、抱かない。絶対に」

「……ふん」



 アスタルテが、つまらなそうな目をした。



「本当に、これまでとはまるで違うのね……貴方、忌々しいくらいよ」



 次の瞬間。


 アスタルテの常闇が、俺に襲いかかってきた。


 それを、横に避ける。


 欠片を三つ喰らったアスタルテに正面から挑むのは無茶だ。


 とりあえず……皆を巻きこまないところまで遠くへ――。


 そこまで考えたところに、声が飛んできた。



「ライスケ。わたし達の事は気にするな!」



 イリアだ。



「思いっきりやれ」



 思いっきりって……そんなの……。



「もしわたし達を巻きこむなら、お前がわたし達を守った上でそいつを倒せ! そのくらい、もちろん出来るだろう?」



 ……は。


 なんて、無理難題を押し付けてくれるんだ。そんな、自分のことでもない癖に、自信満々に。


 好き勝手なことを……ったく。


 苦笑が零れた。



「あら、余裕ね?」



 と、俺の右腕をアスタルテの常闇が喰らっていった。


 メルの小さな悲鳴が聞こえた。


 右腕はすぐ再生するが、それでも彼女を怖がらせてしまったらしい。



「そんなやつの攻撃になんて当たるなよ!」



 ヘイも、すごいことを言ってくる。


 ……主も主なら、あいつもあいつだ。



「ライスケさん!」



 すると、メルの大きな声。



「っ、負けないでください!」



 ……。


 なんだよ。


 そんなこと言われたらさ……。


 百倍でも千倍でも、頑張れてしまうじゃないか……。



「う、ぉ、ぉおおおおおおおおおおお!」



 雄叫びをあげて、常闇を放つ。


 不思議なことに、常闇に注ぎ込む俺の感情は、絶え間なく次から次に溢れて来ていた。



「……まだ、力加減に慣れないわね」



 そう言いながらも、アスタルテは完璧の俺の常闇を、自らの常闇で防いだ。


 すかさず反撃がくる。


 右からきた常闇を屈んで避けると、今度は上から常闇が振り下ろされ、それを避けようとするが、僅かに肩のあたりが抉られる。


 さらに、胴体や脚の一部までも抉られた。


 ――やっぱり、欠片一つ分の差が大きい……!


 それに俺は、戦闘者としては素人に毛が生えたようなもの。


 何百年もの経験を重ねて来たアスタルテにその点で勝てるわけがない。


 だったら、どうすればいいのか。


 アスタルテに勝つ為に……俺には何が出来る?



「ライスケ!」



 ウィヌスが俺の名前を呼ぶ。



「聞きなさい!」

「ツィルフドーグ=グィ=ネルフタルファ!」

「ナワエルトレナ=シュレインクル=オールディー!」



 それに次いで、ツィルフとナワエが、おそらく真名であろう名前を叫ぶ。


 ……あれ?


 神の真名って……確か、普通は教えちゃいけないものなんじゃ――。


 そんな俺を置いてけぼりにして、この場にいる神々が次々に真名を叫ぶ。


 音が重なりあい、どれがどの名前なのかすら分からない。


 それでも、確かにその名前の一つ一つが俺の中に刻まれていくのが分かった。


 一体これは……、



「どういうつもり?」



 俺の疑問を、アスタルテが代弁した。



「簡単なことよ」



 ウィヌスが、笑う。



「状況的に、どうやらそっちの方が有利みたいだけれどね……だったらライスケがもう一段階強くなれば……どうかしら?」

「……どういうこと?」



 俺にも分からない。


 ウィヌスの唇が、鋭利に歪む。



「今ライスケは、神の全ての真名を知った。神々は、世界を支える世界の柱。その真名全てを識った者に与えられる加護がある……それが、世界の完全加護」

「完全加護?」

「ええ。名前の通り、世界の全てが、この世界を支える存在を識ったライスケに力を与える」



 世界の全て……って。


 それは、つまり……俺が、世界三つ分の力を手に入れると言う、こと?



「……ふぅん。そんなことが出来るなんてね。でも、貴方達は馬鹿?」

「あら、どうしてかしら?」

「今、ここには私もいるのよ? その私にまで名前を全て教えるだなんて……それでは、私にまで加護が与えられて、結局彼はなんの優位にも立たなくなる」

「馬鹿はそっちよ」



 ウィヌスの言葉に、アスタルテが眉をひそめる。



「いつ私が自分の真名を明かしたかしら?」



 ……あ。


 そうだ。


 ウィヌスは今、真名を口にしなかった。


 そして……俺は、



「そして、ライスケは……、」



 ウィヌスの真名を……、



「私の真名を……識っている」



 ウィヌスの真名を識っている。


 それは、初めて彼女に会った時、この世界に来た時のこと。


 ウィヌスの真名。それは――。




 ウィヌスヴェルフェム=アルトエヴラーデ=オブリシェード。




 それが、ウィヌスの真名。


 とくん、と。


 胸の奥で何かが震えた。



「さあ、ライスケ」



 それを、なんと言うのか。


 俺は知っている。


 世界。


 けれど、決してそれは、冷たい渦などではない。


 温かな、太陽のような……。



「やってやりなさい」

「――ああ!」



 三つの世界を抱いて。


 俺は、アスタルテへと飛び出した。


やっとウィヌスの名前を最初に出したときのフラグを回収できた!

遠かった!

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