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神喰らい  作者: 新殿 翔
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姫君へ捧ぐ想い


 嘘だ。


 何もかもが、嘘。


 そうでなければ……私は……。


 だって……おかしい。


 こんなの、違う。


 これは現実なんかじゃないんだ。嘘。嘘の、世界。


 そうでなければ……私は、だって……。


 あり得ないでしょう?


 許されないでしょう?


 そんなこと。


 世界を……だなんて。


 気持ちが悪い。


 吐き気がする。


 臓腑の底で、なにかがうごめくような感触


 どうしようもないくらいに、抑えが利かない。


 呼吸が荒くなる。荒くなって……それでいて、途切れ途切れ。


 涙がにじんだ。


 耐えられず、地面に手をついて、腹の中身を吐瀉する。


 咽喉が焼けるような感触。


 それが、この今の現実性を、突きつけてくる。


 嘘ではないと。


 真にあったことなのだと。


 みっともないくらいに、嗚咽する。


 自慢の髪は、吐瀉物で汚れてしまう。けれど、そんなことを気にする余裕なんてなくて……。


 そんなの……酷い。


 世界が好きだったわけではない。いや、むしろあんな私に優しくない世界、大嫌いだった。


 こんな力をもって生まれた私を認めてくれなかった世界。


 それでも……滅びろとまでは思ってはいなかった。


 それどころか、自分が消え去ってしまいたいと思っていた。


 だから、私は……自分で、自分を……。


 なのに……どうして、こうなったのだろう。


 喰らってしまった。


 私の内側からあふれ出してきた、黒い何か。


 恐ろしい、何か。


 きっと何よりも忌まわしくて、何よりも深くて、何よりも冷たい……そんな、何か。


 それが、喰らったのだ。


 世界を、どこまでも。


 一つの世界を。


 そしてそれは……私の中に、ある。


 その重さを感じる。


 重くて、重くて、重くて、重い。


 どうして。


 何度そう問う。


 けれど答えなんて出なくて……。


 嫌だ……!


 嫌だ……ぁっ!


 首を振るう。


 髪が乱れた。


 こんなものを、私は背負えない。


 どうすればいいの!?


 今ここで自分の命を絶てばいいの?


 でも、怖い。


 また、そうしてこの世界も喰らうのだろうか?


 そんなの……そんなの、無理だ。


 今ですら、心が軋んで、潰れてしまいそうなのに。


 けれど……ならば、それならば、いったいどうすればいいのか。


 教えてほしい。


 誰か。


 この私に、答えを。


 

 ――そんな時だった。



「君は、悪くはない」



 今私が一番欲しい言葉が、聞こえた。


 その声に、振り返る。


 そこに立っていたのは、黒い人影。


 全身を黒で染め上げた、それでいて肌は異様なくらいに白い、男の人。


 一見すれば、それはまるで幽鬼のようにすら見えた。



「貴方は……誰?」

「悪いのは、この世界」



 私の問いかけなど聞こえなかったように、彼は言葉を続けた。



「悪いのは、こんな力を君に押し付けた、この世界」



 ――え?


 この世界が……押し、付けた 


 それって、どういう……?


 尋ねる前に、彼が、片手を私へと差し伸べてきた。



「同胞よ。君にこの手をとって欲しい」



 その手は、とても暖かそうで……同時に、とても冷たそうだった。


 きっとその手をとったら、後には戻れない。


 わかっていて……でもその甘美な誘惑を振り払うには、私はあまりにも弱すぎて……。


 気づけば私はその手を……、



「共に、この世界に復讐を果たそう」



 その手を、握り締めていた。


 ああ……。


 それも、いいかもしれない。



 常闇が、私の身体を喰らう。


 すでに、私の内にある命は、その多くをアスタルテに喰われていた。


 今やこの拳は大陸一つの重みにも及ばず、この身は星の一つもあれば用意に打ち砕けてしまうだろう。


 それは、世界一つ――加え、私から多くの命を奪ったアスタルテの力の前では、あまりに脆弱。


 それでも、退くわけにはいかない。



「アスタルテ。君は、この世界に復讐をして、それでどうするつもりなのだ?」

「なら聞き返すは、シアス。貴方はこんな世界を救って、それからどうするつもりなの!?」



 すでに質問に答えるということすらない。


 互いの思想のぶつかり合い。


 言葉など、飾り以下のものでしかない。


 ならば……もうこれ以上無駄なことはしまい。


 常闇を振るう。


 それはいとも簡単に、アスタルテの常闇に食い尽くされてしまい、さらにそのまま、彼女の常闇が私の身体を半分をえぐる。


 傷自体はすぐに治るとはいえ、さすがにこれ以上命を奪われるのは避けなければならない。


 もう、私自身の命……そして原初の欠片に、届かれてしまう。


 それだけは、絶対に許されない。


 ここで私が耐えなくては……ライスケが、来るまで。


 それに、これは私の罪。


 目の前にいる彼女の狂気は、私の大罪の一つ。


 思い返せば、それははっきりとする。


 あの少女が、今、こうして狂気に犯され全てを――本当の意味での全てを、常闇の底へと沈めようとしている。


 そんなことは、させられない。


 私の罪であるのならば、私が償わねばならない。


 彼女の道を、彼女ごと、打ち砕く。


 最低、だろう。


 私には、彼女を倒すこと以外で、彼女を止める術を持たない。


 そこまで彼女を導いてしまったのも、やはり自分。


 ……本当に、どうしようもないのだな。私は。


 許して欲しい、とは言うまい。


 ただ、これだけは言わせて欲しい。


 アスタルテ。



 君は、悪くない。


 悪いのは……私だから。


 君の罪の全てを、私に喰らわせて欲しい。



 この願いを、押し通さなくては……。


 その意思に、不思議と、身体が軽くなった気がした。


 ゆこう。


 彼女を、喰らうために。


 常闇を振り絞る。


 そして、放った。


 アスタルテの常闇に、私の常闇ははじかれる。


 入れ替わりのように彼女の常闇が私を襲う。


 それを、身を低くし、回避した。


 私の後を追う軌道で、大地に常闇の牙が深淵を刻む。


 我ながら、よくよけられるものだと感心する。


 この調子で攻撃に転じることができればいいのだが……そう甘くもない。


 私の反撃は、ことごとくアスタルテの常闇に防がれてしまう。


 どうすればいいのか……。



「ちょこまかと……いい加減、貴方は私に喰われろ!」



 目の前に、常闇が突き立つ。


 そしてその常闇から、私に無数の常闇の棘が伸びてきた。


 大きく後ろに跳んで、その先端の届く範囲から外れる。


 背後に広がっていた森の木々の隙間に潜り込んだ。


 それを、常闇が追撃してくる。


 身をひねって、その常闇を回避した。


 そして――見てしまう。


 その常闇の行く先。


 そこに立つ人の姿を。


 その人は、ライスケに抱き締められていた。


 我が姫君。


 彼女に、常闇が迫る。


 ライスケもそれに気づいたようだが……駄目だ。


 間に合わない。


 どうする――?


 思考は刹那。


 身体は動いていた。


 飛び出す。


 そして――思ったよりも、軽い衝撃。


 胸の真ん中を、貫かれていた。


 ……は。


 致命的、か……・


 なんとなく、それがわかった。


 突き刺さった常闇から、奪い喰われていく。


 ここまで、か。


 ああ……しかし、大丈夫か……。


 ライスケを見る。


 その腕の中にいるのは、我が姫君。


 そしてほかにも、多くの彼の仲間が、いた。


 ……これが、彼の絆。


 きっと、彼だけが持つ、力。


 それを信じてみようと、思った。


 押し付けるようで、少しばかり申し訳ないが……まあ、彼のことだ。


 許してくれるだろう。


 なにせ、お人よし、だからな。


 ……最後に彼女を見る。


 私に、その感情を教えてくれた、愛おしいの姫君。


 貴方を、慕っていました……。





 ――ありがとう。


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