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神喰らい  作者: 新殿 翔
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守る為の闇

 常闇が舞い散る。


 俺の、そしてバアルの身体は、常にどこかが消失しているような、そんな戦い。


 喰らい、喰らわれ、また喰らい……そうしているうちに、徐々に意識がぼんやりとしてきた。


 これが感情が、薄れていくということなのだろうか。


 なら……もっと。


 いっそ、まっさらになってしまえ。


 感情の全てを賭してでも、目の前の暗闇を、俺のこの暗闇で――。


 そう思えば、また常闇は俺の感情を喰らい、その勢いを強くする。


 対するバアルの小さな瞳からも、徐々に理性の光が喪われていた。


 バアルもまた、俺と同じように、自分を常闇に食わせているのだろう。


 自分を喰らい、自分の力が増す。そんな、どんな摂理からも外れた矛盾。


 視界から、色が無くなっていた。


 白黒の世界。


 音も感じない。


 震えるくらいに静かな世界。


 肌に触れる何もかもを感じることが出来ない。


 自分すら認識できないような虚ろな世界。


 そんな世界で、俺とバアルは互いを喰らい合った。


 千の命を喰らわれれば、万の命を喰らい。


 万の命を食われれば、億の命を喰らった。


 このまま、消えてしまいそうな、そんな錯覚。


 ……怖い。


 泣き出したいくらいに、みっともなく声をあげて絶叫してしまいたいくらいに、怖い。


 そしてその、怖いという感情すら、常闇は喰らって行く。


 けれどそれでも、未だ常闇にも侵せない感情がある。


 ――守る。


 守るんだ。


 守りたいんだ。


 守って見せる。


 それだけあれば、十分。


 誰を、だとか。どうやって、だとか。どうして、だとか。


 そういうのも、いらない。


 結果さえ出せれば、もう……俺は満足だから。


 だから、バアル。


 お前は、ここで……、



「俺に、喰われろぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!」



 巨大な常闇の渦が、俺の身体から溢れだす。


 そして、バアルに襲いかかった。


 バアルもまた常闇を吹き出し、それに抵抗してみせる。


 どちらが優勢というわけでもない。不気味なくらいに平行線な戦い。


 駄目だ。


 こんなんじゃ、駄目なんだ。


 焦り。


 それもまた常闇に喰われ、力に変わる。


 俺の常闇が、バアルの片翼を抉る。


 バアルの常闇が、俺の脇腹を抉る。


 そのままの状態で、互いに常闇を更に叩きつける。


 常闇で切り、裂き、貫き、潰し……時に腕が落ち、胴が千切れ、顔面に巨大な空孔が開き、肉体がただの肉になり下がる。


 それでも、戦うのを止めない。


 その中で。


 バアルの放った常闇の塊が、俺を捕らえる。


 俺は常闇によって、その常闇を受け止め――しかしその衝撃に、そのまま地面まで一気に落下した。


 俺の落下によって、地面が盛大に砕ける。



「――っ」



 再度空に飛び立ちバアルに攻撃しようとして――俺は、気付いた。


 そこに、懐かしい気配があることに。


 感情が、色が、音が、感覚が、湧き出てくる。


 なにより先に来たのは……動揺。



「どうして……」



 声が震えた。



「どうして……ここに、いるんだ……」



 あったのは、一台の馬車。


 その馬車を引くのは、見間違いもしない。二頭の王馬。


 その御者座から、飛び出す姿がある。


 御者座に座ったままこちらを呆れたように見る姿が在る。


 馬車の周りに立ついくつもの姿がある。


 馬車の中から出て来た姿がある。



「ライスケさん……!」



 メルが、俺に飛びついてきた。



 そこにたどり着いて……空を見上げた。


 そこにあったのは、とてもではないけれど……信じられない光景だった。


 空に、巨大な黒が広がっていた。


 夜の闇ではない。


 それよりもなお深く、悲しい、暗闇。


 常闇。


 二つの闇がぶつかりあって、その度に世界が震えた。


 片方の闇を従えるのは、黒い鳥。


 そしてもう片方の闇を従えるのは……あの人。


 ライスケさんの姿が、そこにはあった。


 どこか虚ろで、それでいて必死の形相で、常闇を振るう。


 胸が締めつけられた。


 なんて……。


 なんて、悲しそうなんだろう。


 無性にライスケさんの今の姿に、涙が出てきそうになった。



「ライスケさん……」



 あのライスケさんが、戦っている。


 優しいライスケさんが。


 それが……ひどく悲しい。


 ライスケさんには、戦って欲しくない。


 ましてや、あんな顔で……。


 ようやく、こんな近くまでこれたのに……それなのに、どうしてだろう。


 ライスケさんのことを、遠くに感じてしまった。


 ――空で、漆黒が暴れ狂う。


 その中で、ライスケさんに常闇の塊が襲いかかった。


 っ……!


 ライスケさん……っ!


 その身体が、すごい勢いで地面に落ちる。


 普通なら、きっと即死してしまうくらいの落下速度。


 けれどライスケさんは落ちた場所で、すぐに身体を起こしていた。


 と……その双眸が、こちらを向いた。


 ライスケさんの瞳に、動揺が生まれる。そうして、その顔が、私の知っているライスケさんに、戻った気がした。


 それが……とても嬉しくて。



「ライスケさん……!」



 私は、飛び出していた。



 メルが、抱きついてくる。


 それを、驚きながらも、受け止めた。



「どうして……」



 なんで、ここに……いるんだ……。



「どうして、とはまた、分かり切ったことを聞くものだな」



 イリアが俺に歩みよって来た。


 そして、にやりとその口元に笑みを浮かべる。



「探しに来たからに決まっているだろう。貴様をな」



 ……俺を……?



「――……」

「なにを呆けた顔をしている」

「……いや……だって……」



 だって、そんなこと言われたら……。


 ……残酷なくらいに、嬉しく感じてしまうじゃないか。


 近くにいたい、と。


 そう思ってしまうじゃないか。


 俺が……俺みたいなのが、こいつらの側にいちゃ、駄目なのに……。



「やめてくれ。俺は――」

「おっと」



 イリアが、俺を指さす。



「それ以上は口にするなよ? わたし達は、そんな言葉が聞きたくてここに来たわけではないのだ。ただ、これだけは教えてやる」



 そしてイリアが口にした言葉は、まるで甘い毒のようだった。



「貴様がどんな存在であろうと気にしない」

「そうです! ライスケさんは、ライスケさんです!」

「ったく、そんなこといちいち気にするなよな」



 イリアに、メルと、それにヘイも頷いてくれる。


 ……。


 なん、なんだよ……。


 どうして、ここで、そんなこと……。


 そんなこと言われたら……甘えたく、なるじゃないか。


 戻りたいって、思ってしまうじゃないか。


 俺は……全部、なにもかもを、終わらせよって……そう考えてたのに。そんな考えが、ぐちゃぐちゃにされてしまう。




「ライスケ」




 びくり、と。


 少しだけ、肩が震えた。


 その声に、視線を向ける。


 俺がその声を聞き間違えるわけもない。


 それは――ウィヌスの声だ。


 視線を向けた先にあるのは当然のように、ウィヌスの姿。



「ウィヌス……」



 彼女の名前を口にする。


 ……そして。




「――悪かったわね」




 その言葉に、本当に、心の底から泣きたくなった。


 だってそれは……ウィヌスが、もう俺を……。



「いやー、ワイらも謝るで。この間は悪かったなあ」

「今更都合がいいと言われればその通りですが、許していただければ幸いです」



 ツィルフとナワエが、それにこの場にいる他の神々が、俺に頭を下げてくる。


 ……ああ、もう……駄目になりそうだ。



「――いいさ」



 返せたのは、それだけ。


 それで、精一杯だった。


 それ以上口を開いたら、なんだか……自分が弱くなりそうだったから。



「やっぱり……貴方はお人よしだわ」



 ウィヌスが言う。



「……そうかな」



 そう、なのかもしれない。


 でもだったら、俺はお人よしでいい。


 うん。


 ……お人よしでよかったと、言える。


 ――と。


 空から、強大な気配。


 仰ぎ見て、咄嗟に俺は、巨大な常闇の盾を作り出す。


 バアルの常闇が空から降り注いできた。


 それが僅か足りとも、誰にも届かぬようにと、俺の常闇がそれを受け止めた。



「っ……」



 まずい……!


 守る範囲が、広くて……常闇の厚さが足りない……。


 このままじゃ……っ。


 ――いや。


 そんなことは、許されない。


 ここで挫けるなんて、絶対に駄目だ。



「ライスケさん……」



 メルが、心配そうに俺のことを見上げている。


 ……皆の前で、格好悪いところは、見せられないな。


 ――守りたい。


 メルも、イリアも、ヘイも、ウィヌスも、ここにいる全員を、守りたい。


 その感情が、とめどなく込み上げて来て……。


 それが、常闇に注がれる。


 頼む……。


 常闇の底に、その思いを届ける。


 守りたいんだ。


 だから……力を貸してほしい。


 今だけでいいから。


 俺のこと、恨んでいるだろうけれど。


 貴方達を喰らってしまった俺の事を恨んで、憎んでいるだろうけれど。


 それでも、頼むよ。


 力を、貸してくれ……。


 皆を守る力を……俺に……!


 


 ――――――――。――――――――。――――――――。




「あ……」



 次の瞬間。


 俺の常闇が、膨れ上がる。


 暴走……ではない。


 まるで枷が外れたかのように、常闇の質量が一気に増大する。


 そして俺の常闇はバアルの常闇を圧し返し……そのまま、バアルを包みこんだ。


 そのまま……バアルが、俺の常闇に喰い尽された。


 巨大なものが、俺の内側に流れ込んでくる。


 それは命の奔流であり……また、原初の欠片の一つ。


 俺の欠片とバアルの欠片。


 二つが、混ざり合う。


 身体の芯に熱が生まれた。



「……っ」



 その熱に、少しだけ身体を折る。


 そんな、刹那の出来ごとだった。


 木々の隙間から、暗闇が伸びてくる。


 あれは――常闇!?


 その軌道は、明らかに俺に向かっていた。


 防ぐ為に常闇を放とうとするが、圧倒的に出だしが遅い。間に合わない。


 俺だけならば、避けることは、そう難しくない。


 けれど、それじゃあ……目の前にいるメルはどうする。


 見捨てることなんて、出来るわけがない。


 でも、このままじゃ……!




 そして。




 常闇が、捉えた。






 俺とメルの前に飛び出した……ティレシアスの身体を。




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