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神喰らい  作者: 新殿 翔
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父と娘


 王馬達が全力で引く馬車の速度は、とんでもない。


 それに加え、神々の様々な加護が王馬達やこの馬車に込められているのだ。正直、気分が悪くなるくらいの速度が出ている。


 馬車の中には、私とウィヌス。


 会話はなかった。


 別に険悪というわけではない。


 ただ……なぜだろう。


 ライスケがいないというだけで、会話する気力も沸かない。


 ……駄目だな。


 本当に、自分でも思った以上に、ライスケにやられてしまっているようだ。


 ……このままの速度でいけば、すぐに目的の場所につけるだろう。


 にしても……。


 馬車の外に視線を向ける。


 ……なんとも、恐ろしい光景だ。


 そこは、帝国と神聖領との国境上。


 そう……常闇に両国の軍隊が飲みこまれたであろう場所だ。


 文字通り、草の根一つすらない。


 まっ平らな、命の気配を感じない死の大地。


 ……これは、誰がやったのだろう、などと今はもう考えまい。


 誰であっても、それが例えライスケであったとしても、私達はライスケの味方であると決めたのだから。


 その光景を見ていて、ふと心配ごとが一つ浮かんできた。


 この惨劇によって帝国と神聖領は、互いに多くの戦力を失った。


 多分、戦争などやっている場合ではないくらいの被害が出ただろう。


 両国は、今頃必死にことの次第を究明しようとしているだろう。


 もちろん、この波紋は帝国と神聖領だけに留まるまい。


 王国にも、何かしらの形で影響が出ている筈だ。


 二国に被害が出て、王国だけ何の被害もないとなれば、それは当然、王国は微妙な目で見られるのは目に見えている。


 最悪、事実無根とはいえ、なにかしらの追及を受ける可能性すらある。


 政治とはそういう、足の引っ張り合いのようなものなのだ。馬鹿げたことではあるが。


 ソフィーや、他の兄妹達にも何かしらの負担がかかっているだろうか。


 だとしてら……まあ、運が悪かったと諦めてもらおう。


 しかし、次に合った時、愚痴を言われてしまかもしれないな。あちらから見れば、私は遊行してばかりの放蕩者だろうしな。


 まあ、その時は、こちらも愚痴をこぼしてやればいい。


 ソフィー達は、表舞台にいる。私は、裏舞台で動いているのだ。


 私だって、なかなか大変なんだぞ。



 常闇が、常闇に飲む込まれる。


 私の常闇を呑みこんだアスタルテの常闇が、巨大な波となって押し寄せてくる。


 それを、大きく横に跳んで回避。


 そこから、常闇の槍を放つ。


 アスタルテはそれを、常闇を纏わせた右腕で握りつぶした。



「無駄よ……いくら貴方が最も長く生き、欠片の力を上手く引き出せるとしても……それでも欠片一つ分の差は、埋められるようなものではない」



 彼女は、先程からその場を一歩も動いていない。


 ……余裕、ということか。


 なるほど。


 確かに、これは私では相手になりそうにない。


 ……だが、しかし。


 元より、勝とうとは思っていない。


 ただ、足止めが出来ればいいのだ。


 そうすれば……ライスケが……。



「その目……もしかして、彼がバアルを倒して戻って来ると、本当に思っているの?」

「……」



 アスタルテが、鼻で笑う。



「はっ。ありえないわ」

「何故、と聞こうか」

「そんなの当たり前じゃない。何もかもが違いすぎるもの。彼とバアルでは、間違いなくあらゆる面でバアルが勝っている」

「……ふ」



 今度は、こちらが笑う番だった。


 それに不愉快そうにアスタルテは表情を歪めた。



「……何故笑うのかしらね?」

「あらゆる面でバアルが勝っている、か……」



 確かに、生きた月日。喰らった命。経験。どれもライスケは他の欠片の誰にも劣るだろう。


 しかし……しかし、だ。


 彼が持っている、大きく、そして強いものがある。


 それは、意思。


 守ろうという……誰かを想う、意思。


 それは……彼にとって代えがたい力になるはずだ。



「ライスケは、強い」



 それは、言葉に出来る強さではないだろう。


 きっと、言葉にすればそれは、途端に嘘臭くなるものだ。


 それでも、確かにそれは、彼の内に秘められている。



「……意味が分からないわね」



 アスタルテが、片腕を上げる。


 そして――それを振り落とした。と同時、私の身体が半分ほど消し飛んだ。


 っ……。


 痛みは、当然感じる。


 けれども怪我は、すぐに再生した。


 なにをされたのか、考えて、答えはすぐに出た。


 目で追えぬ程の速度で、常闇が放たれたのだろう。それは、私の内から消えた多くの命から察しがつく。


 アスタルテに喰われたか。


 ……私ですら、目で追えない、か。


 まったく、困ったものだ。


 それを一体どうしろというのか。


 やろうと思えば、アスタルテは今すぐにでも私の全てを喰らえると言うことではないか。


 だが、何故それをしないのか。


 ……。



「ねえ、シアス」

「なんだね?」

「……どうして、裏切ったの?」



 また、その問いかけ。



「裏切った……なるほど、そうだな。確かに私は、君達を裏切った。私にとって、復讐以上に大切なものができてしまったから」

「……それは、なに?」

「歳甲斐にもない話さ」



 苦笑する。


 少しばかり、それを言うのは情けなかった。


 本当に……私などが、



「恋をした」



 そんな、今更人間らしい感情を得るなんて。



「……」



 アスタルテの、冷えた瞳。



「恋……?」

「ああ。そうだ」

「……そんなものの為に、私は、裏切られたと言うの?」

「君がそんなものと言うのであれば、私の恋はそんなもの、なのだろうさ」



 むろん、私が恋した人は決して「そんなもの」ではないがね。


 彼女の美しさは、万の言葉を連ねたところで表しきれはしない。そのくらいのものなのだ。





「――ふざけないで……っ!」




 アスタルテが、酷く荒々しい表情で叫んだ。



「貴方が、全部最初に始めたことじゃない!」



 彼女の黒い髪が、振り乱される。



「全部、全部、私は貴方に教えられたのよ!? この世界の醜さを! 復讐という、唯一の目的を!」



 そうだ。


 私が、全て彼女に教えた。


 下らぬ復讐を、彼女に強要してしまったのだ。


 そしてそれは今、こんな形で彼女や、他の存在を苦しめている。


 だから私は……アスタルテと向き合わねばならなかった。



「それなのに、どうして!? 私に全てを教えた、父のような貴方が、どうして!」



 父……。


 そう呼ばれて、思いのほか、心が揺さぶられた。


 ……そうか。


 そのように思っているとは、思ってももなかった。



「私は、父などという器ではないよ」



 所詮は、手にした力に振り回されてばかりの、愚かな人間だったのだ。



「それでも、私を父と呼んでくれるのならば……止めなくてはならない。アスタルテ。君が――娘が道を過とうとしているのならば、止めるのが、私の役目だろう」

「ふ、ざけるなっ!」



 右肩が吹き飛ぶ。


 そして左脚、脇腹、首、腹と、身体がアスタルテの常闇に貫かれ、内にあるものが奪われていく。


 避ける、なんてことは出来ない。


 ただ、奪われ、そして再生するのを繰り返す。



「っ……」



 どうにかそれを回避しようと試みながら。私は空を見上げる。


 黒と黒が、そこでも衝突している。


 ……ライスケも、戦っている。


 あの気弱な少年が……幼い少年が……優しい少年が。


 ならば私も、負けてはいられない。


 常闇を、放つ。


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