終わりの始まりの始まり
「……」
ずっと、目を閉じていた。
心を落ちつける。
そうしなければ、内で狂うものを押さえられそうになかったから。
でも……もう随分落ち着いた。
どれほどそうしていたか。
日の温もりが現れ、消える感覚は、七度ほどあった。
つまり、七日もの間、私はここにいたのだろう。
……。
と、空を飛ぶ影を見つける。
「バアル……」
細く、そして鋭いバアルの鳴き声。
「……ヘスは、もういいのよ」
――そう、もう、そんなことはどうでもいい。
貴方にとっても、ヘスよりも、復讐の方が大切でしょう?
バアルは、肯定するように鳴いた。
――それよりも……。
「シアスには、逃げられた?」
……そう。
まあ、なんとなく、予想がついていたことだ。
ヘスをあそこでけしかけて、シアスが何もしないわけがない。
おそらくは、彼――ライスケと合流したのだろう。
「なら……行きましょう」
妙に高揚した気分。
は……なんだか、凄く気分がいい。
ふっきれた、とでも言おうか。
シアス……もう、分かったわ。
今度は、余計な感情は挟まない。
きっちり、終わりを始めましょう。
†
「古代の悪魔が、大量に?」
「ええ。その通りです」
ナワエとツィルフが、私のところにやってきてそのことを教えてくれた。
なんでも、南の方でいくつもの巨大なクレーター……古代の悪魔――原初の欠片の爪跡が見つかったというのだ。
しかも……、
「町も村もないところで?」
その爪跡があった場所は、これまでと違って人の集まらない所だけだったらしい。
これまで、欠片達は力の温存や、さらに合わせてライスケの行動を操る目などで町や村を喰らっていた。
それが、これはどういうことだろう。
意味もなく力を振るった?
「不思議と思うやろ?」
「ええ……」
ツィルフの言葉に、頷く。
こんな、わざと注意を引くような真似をして、どうするつもりなのだろう?
もしかしたら……。
一つの考えが、浮かんだ。
「これ……ライスケかもしれないわね」
「私もそれを考えました。少なくともこれまでと違うというだけでも、彼が関わっている可能性が高くなる……」
ナワエが一度口を閉じて、若干溜めてから続きを言った。
「そこで、その辺りを捜索してみたのですが……彼どころか、欠片達の影すら掴めませんでした」
「……そう」
しかし、本当に……これはどういうことなのだろう?
なにか伝えて来ているのだろうか?
……分からない。
そもそも私達はあの夜、ライスケが姿を消してからの彼の足跡を全くつかめていないのだ。果たして今、彼は一人でいるのか、あるいは欠片達といるのか、それとも他の第三者と一緒にいるのか……それすら、分からない。
そんな状態では、どうしようもない。
歯がゆい。
こんなことならば……最初から、ライスケを殺そうとせずに、素直に彼と協力するべきだった。
少し前の自分を、憎たらしく思う。
……そういえば。
一向に、私達が再構築される気配はない。
どうやら、世界もひとまずライスケとの協力を認めてくれた……のだろうか。
とりあえず今のところは無事というだけでも、十分だ。
さて。
これから、どうしたものかしらね……。
「まあ……他に手がかりもないのだし、ナワエが今言った辺りを、全員で探してみましょうか」
「そうですね……多勢で探せば、また違った発見があるかもしれません」
それじゃ、そうと決まれば――、
「ウィヌス」
そこに、新しい姿が現れた。
「イリア……」
「私も……いや、私達も行こう」
達、ということは……メルとヘイも?
「どうして? 連れていく理由が分からないわ」
それどころか、場合によっては足手まといにすらなりかねない。
言うと、イリアがおかしそうに笑う。
「理由ならあるだろうが。貴様、忘れたのか?」
「……?」
なにを言って……、
「貴様たちは、ライスケを殺そうとしたのだぞ? まさか本当に、貴様らのことをライスケが拒絶する可能性を少しも考えていないのか?」
「――っ」
そうだ。
忘れていたわけではないけれど、失念していた。
私達は、ライスケを……。
それでもライスケは、私達のことを恨んだりはしていないだろう。そういう性格だ。
けれど……いくら彼がそんなお人よしとは言え、本当に彼は私達を恨んでいないのだろうか?
少しだけ、そんな不安が、こびりつくようにあった。
正直、彼が絶対に私達に協力してくれるか、と問われれば、それに迷わず頷くことは出来ない。
……どうしてだろう。
私は……すっかり、見つけることさえ出来ればライスケが協力してくれる、という前提でことを進めていた。
彼を、信じている?
は……自分の思考に嫌気がさした。
信じているなら、元から殺そうだなんて想わないでしょうに……。
ただ単に、ライスケの甘さに感化されただけだろう。
まあ……感化されるほど彼の近くにいた、というのは認めるけれど。
「……それで、だからってどうして貴方達を連れて行かなくてはいけないの?」
「決まっているだろう。私達がいれば、ライスケが貴様を拒絶したとしても、説得してやれる。それは、他に誰にも出来ない役目だろう? もちろん、ウィヌス。貴様にもな」
「……」
なんだか、妙に悔しかった。
「ああ、ちなみに、あれこれを責めているわけではないぞ? 貴様を責める権利を持っているのは、ライスケだからな」
「分かっているわよ、そんなこと……」
――仕方ない。
溜息を、ひとつこぼす。
「さっさと行くわよ。遅れないようにしなさい」
「ああ。置いて行かれないように気をつけよう」
にやり、と。イリアが笑った。
†
ライスケさんが見つかるかもしれない。
そう、イリアさんが言った。
「本当ですかっ!?」
「ああ。だからそんな前に出るな。顔がくっつきそうだ」
言われて、自分がイリアさんにすごく近づいていたことに気付く。
「あ……す、すみません!」
慌てて離れた。
「ふん、まあ、それくらいメルがライスケを想っているということだろう」
「お、想ってるって……そ、そんなこと……!」
「ないのか?」
「う……」
言葉につまる。
「ふむ。ないのなら、これで競争相手は一人脱落するわけか」
「……え?」
あれ。イリアさん、今なんて……。
それって、つまり――。
「い、イリア、さん?」
「ん、なんだ?」
「もしかして……イリアさんって……」
「ああ」
イリアさんが、頷く。
「ライスケには、嫌い……の反対の感情を抱いているが?」
あっさりと、そしてどこか捻くれた言い方で、イリアさんが告げる。
言葉を失った。
「ど、どうして……」
「こういったことに理由などあるものか。まあ、いつの間にか目で追っていたのさ」
……冗談じゃ……ない、よね?
イリアさんは、こんな冗談は言わないだろう。
だから、やっぱり本当なんだ……。
「わ、私だってライスケさんのこと、大好きです!」
自分でも意識しないうちに、そんなことを口走っていた。
……っ!?
って……私、なにを言って……!?
顔にたっぷりと熱が溜まる。
なんだかここでこう言っておかないと、イリアさんに負けたような気がして……で、でも、だからってなにやってるんだろ私!
見ると、イリアさんが愉快そうに肩を震わせていた。
「まあ、お手柔らかに頼むよ」
行って、イリアさんは身を翻した。
「それじゃあ、すぐに準備をしてくれ。出掛けるからな」
「え……あ……はい」
唐突に話題が終わって、困惑する。
扉を開けて、イリアさんが部屋の外に出――る前に、肩越しにこちらを見た。
「そうそう。そういえば、ウィヌスもかなり怪しいぞ。メルも、ウィヌスにライスケを攫われんように目を光らせておけ」
へ――?
タイトルを決める才能は重要だ、とどこかで聞いた覚えがあります。それは、タイトルが文章のはじめにくるから、とかそんな理由だったかな?
……作者、タイトル決める才能、ないんだけどどうしたらいいかな?